Neetel Inside 文芸新都
表紙

夏、過ぎ去ってから
『1st prologue』

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「以上が、全世界にリアルタイムで流された、君の試験結果だよ。後半はどうにも予想外で、スペクタクルなものとなってしまったけどね」
 曲線を描く壁面に映されたものを見て、俺は、ぎしりと自分の頬が軋む音を聞いた。
 金属で造られた部屋だからだろう、妙に反響していた自分の声を思い出し、歯を食いしばる。……コイツ等は、最初から娯楽映画のように俺の行動を見ていたんだ。怒ってもいい、怒ってもいいんだ俺は。
「まあ、自分を俯瞰して観るというのはあまり気分の良いものじゃないからね、気を悪くしたのなら謝るよ。だけど、これで僕の言うことが本当だってこと、理解してくれたかな」
「十分に理解出来たよ、お前等の性格の悪さがな。そんなことをして、本当に俺が協力するとでも?」
「……するさ、君は」
 コツコツと、恒次郎が無機質なテーブルを指で叩く。遅れて、叩いた場所から半透明の映像が現れた。あくまで平面的なそれは、俺から見れば鏡に映したように見えている。
 それに気付いたんだろう、恒次郎がテーブルに置かれたままの指を撫でるように動かすと、映像が反転する。……映されているのは、ただの数字に見えた。0と1が忙しなく動いていて、いくら肉体の年齢が重ねているとは言え知識が高校生程度の俺では、理解出来そうにない。
「これがどうやったら俺が協力することに繋がるんだ」
「慌てないでよ、武田智和。……君はこの数字が、人の全てだと言われたら信じるかい?」
 すぐには応えず、数字を見つめる。別に離れて見たら人影が浮かび上がるだとか、そういうものではない。つまり言葉通りの意味で、これが人間だと恒次郎は言っている。……いくら見続けたところで何かが見えるわけでもなく、俺は数字から目を離して、こめかみを押さえながら恒次郎に応えた。
「信じるさ。俺“達”にしてみれば、お前等は神に等しい存在だからな。人をデータとして扱っていたんだ、これくらい普通なんだろう」
「物分りが良くて助かるよ。君は順応性が高いね」
「お褒めに預かり光栄、と言いたいところだがな。まだ、俺はこれを見ても協力する気にはなれないぞ?」
「ああ。これはね、“杉林心”の記憶情報体《メモリア》なんだよ。そして、僕達の手には“佐藤啓太”、“三島早紀”の記憶情報体《メモリア》も残っている」
「……何が言いたい」
 動揺が悟られないように、感情を押し殺して聞く。今は記憶結合空間《ネット》内じゃあないからな、考えていることを読まれる心配は無い。だが、コイツ等に対しては気を許すなと内藤が言っていた。弱みを握られるのは避けたい。
 恒次郎はそんな俺を見て持ち前の童顔を生かした爽やかな笑みを浮かべると、歪んだ唇から答えを言い放つ。
「君が僕達の利益になるようなら、彼らと会わせてやってもいい。もちろん、アメミットの奴等に回収された記憶情報体《メモリア》――“本堂恵”についても、僕達が何とかしよう」
「その程度で――」
「――僕達の理想が完遂された暁には、君に記憶結合空間《ネット》の一つを渡してあげるよ。それは君のテストが遂行された場所だ。この意味が、わかるよね?」
 椅子が宙に浮いているからだろうか、俺は形容しがたい浮遊感を覚える。……決して気持ちのいいものじゃない。俺の置かれている状況は、まるで枝に突き刺さる速贄のようなものだ。誰かに助けてもらわなければ、死を迎えるだけ。事実、俺はコイツ等の力が無ければ死ぬだろう。結局のところ、俺は速贄でありながら百舌に協力するしかないんだ。
 半分脅されているような状況に歯がゆい気持ちを感じながら、俺は沈黙を保ちつつ頷き、肯定の意を伝えた。
「嬉しいよ、君が協力してくれて。……君にとってこの世界はまだまだ慣れないだろうからね、活動するに当たって馴染みのある者を傍に置いてあげよう」
「……一つ、教えてくれないか」
「なんだい?」
 薄暗かった部屋が自動的に明るくなり、そろそろ帰る流れを感じた時、俺は無駄と思いながらも恒次郎に質問をする。
「お前等の言う“協力”とやらを失敗した場合、俺はどうなるんだ? ……いや、みんなはどうなる」
「――君が死んで、彼らは消える。それだけのことだよ」
 大方、予想通りの答えだった。コイツ等が人を人と思わないということを、身をもって知っていたからな。笑顔を向ける恒次郎に悪態の一つでもつこうとも思ったが、そうしたところで何の意味も無い。
 帰れと言われたわけじゃないが、俺は椅子から立ち上がると、恒次郎に背を向けて部屋から出ようとする。……後ろから声が聞こえることは無い。だが、沈黙の中に念を押すようなものを感じて、俺は足を速めた。
 体がギシギシと軋む音を聞きながら、恒次郎が言ったことを思い出す。
 “君は僕達の所有物だ。身の振り方に気をつけることだね”
 俺を“こんな”にした張本人だと聞いて、誇張でもなんでもなく、殺してやろうかと思った。けど、無理だった。なんだかんだと否定していても、俺はあの日々に戻れるのならば戻りたいと思っている。一時的な怒りに惑わされて、その機会を永遠に失うのは嫌だった。
 やってやるさ。ここは現実であって、現実じゃない。俺にとっての現実は、アイツ等にとって仮想的なものでも、唯一つの現実なんだ。だから、今は我慢してやる。
 部屋から出た俺を迎えたのは、巨大なガラスの向こうに広がる荒廃した世界と一人の少女。……何度見ても、この光景は信じられないな。これだけの技術力を持っていながら、俺達の時代で言うSFの範疇から抜け出せないでいるのだから。
「それで、決めたのか? 武田智和」
「……ああ。お前等が納得するまで、協力してやるよ」
「そう、か。君がそう決めたのならば、私も協力しよう。どの道、社長は私や内藤を君の補佐に回すつもりだったらしいからな」
 かちゃり、と。少女が足を動かす度に金属音が廊下に鳴り響く。俺はそれを聞きながら、この先に待ち受けているのだろう非現実を思い浮かべ、少女に向けて苦笑を浮かべながら応えた。
「一応、感謝しとくぞ」



『1st prologue』.End

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