Neetel Inside 文芸新都
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コスモスの名付け親
#8 我ら報復のために集いて -序- 

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「入谷君、これ」
教室への帰路の途中、委員長が俺に渡そうとしてきたのは、鍵だった。
俺があの部屋の机に残してきた、コスモスの鍵。
「別に・・持ってこなくてもよかったんだが」
あの部屋の出入りは、極力避けようと思っていた矢先。
「駄目だよ!」
委員長は俄かに、声を荒げた。
「お姉さんの・・・形見なんじゃないの・・?」
「・・・」
思ったよりも深入りされていることについて、議論の余地がある。
「誰から聞いた?」
「あ」
委員長は、俺の反応を窺うように、引け目に言う。
「えっと、黒峰さん・・・」
あの女・・。そしてこの女も・・・。
世の中思い通りにいかないことばかりだ。だからこんな窮地に立たされているわけだが。
「あいつにはもう関わるなよ。いいか、これは警告じゃない。命令だ」
「うん・・。でも、あの部屋で言われたんだよ」
委員長が足を止める。
「何を?」
「その鍵は・・入谷君の鍵は・・ちょっと特別なんだって」
俺も併せて足を止める。
「特別?何だよ・・それ」
「なんか・・わからないことだらけだよね。いっぱい、色んなことがあってさ。
 コスモスのことも・・・入谷君の、お姉さんのことも・・・」
俺がコスモスに入った理由には、もちろん姉さんのこともある。
今の委員長の話を聞いてみて、前々から抱いていた疑念に、余計に拍車がかかってしまった。
姉さんが、コスモスと何らかの関わりを持っていたという可能性。
それをコスモス側からあぶり出せないかと考えていた。蓋然性は乏しい。そう信じたいが。
わかることは、黒峰の言うことにむやみに耳を貸す必要は無い、それだけだった。
「入谷君はさ・・・」
「ん?」
委員長は、動こうとしない。そうなると、俺もなぜか動けない。
「依頼を受けたら・・どうするの?」
少々核心をついてきた。屋上を出てからここまでは、考えないようにしていたこと。
俺が焦燥感に煽られていた理由は、コスモスに対してどんな計画を立てるにしろ、
「最初の依頼」を受ける前に、構想だけは練っておきたかったから。
依頼を受けた時に、できるだけあいつらにさとられず、
裁きなんかに肩入れしないで済むよう、スムーズに動くため。
俺だってあんな表明をしたたてまえ、機関のいいなりになるつもりは無かったし、
あいつらの歪んだ正義に付き合うつもりも、さらさら無かった。
そう、あいつらに共鳴したわけじゃないというのは、自明のことなのだ。
要するにこれが、俺の謀反の最初の口火。
最初の依頼を受けた時、その時から戦いは始まるだろうという、予感はしていた。
「可能な限り・・穏便にするさ。いつまでも拒否していたり、脱退するようであれば、
 おそらく“おしおき”だな。逃げ道はないんだろ。推し量るに、そういう連中だ」
当たり障りの無いように、そう答えた。
「可能な限り」というのが、どこまでの幅を持つのか、俺にもわからない。
「・・・・」
「わかったよ・・その鍵は俺が持っておく」
「・・・・・」
委員長は俺の呼びかけに応じない。
「委員長?」
俺の声は虚しく響く。だが、「道理で」と、そう思った。
彼女の視線を追うと、
「・・・・」
辿り着いた先に、相川が立っている。
「・・・・」
相川も、委員長も、互いに見つめ合って、動こうとしなかった。
重みを持った、それでいて粘着質な磁場が、不可思議なやり方で、二人を縛りつけていた。
「委員長、行くぞ」
「・・・」
俺は動こうとしない委員長の腕を無理やり取って、その場を去ろうとする。
ここに留まっていたって、彼女にとって何も良いことなんかない、そう判断した。
そうやって、相川の側を通りすぎて、教室に入ろうとした瞬間だった。
「!」
何かに気付いたような素振りを見せた相川が、咄嗟にこちらを振り向く。
「ちょっと待ちなさいよ!」
俺にはそれに構う意向は無かったが、委員長の足が硬直してしまう。
「・・・・」
相川は、じとりと視線を動かした後で
「・・・何でもないわ」
どこかへ立ち去っていった。
「・・・」
委員長は、その後ろ姿を眺めたあと、何を思ったのか、
「行こうか、入谷君」
無邪気に、笑った。
「・・・ああ」
痛々しいまでに、沈んだ感情を引きずった、そんな笑みだった。

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 それから、相川は姿を見せなかった。委員長もどこに行ったのだろうか。
教室は騒がしかった。それまで失った分を取り戻すかのように。
「今度は二年だってよ!とうとう同学年だぜ。プールで水飲んで気絶してたってよ!」
「マジかよ!やっべーな。気をつけねーとな!ギャハハ」
騒ぎの中には、コスモスの話題もあった。話をしている連中は、阿呆みたいに笑っている。
こっちは他人事じゃないんだよ、耳障りな有象無象ども。
そういう依頼をするような、危険思想を持つ奴がいるってことだろ・・。
「そうだよ、気をつけとけよ。相川みてぇにならねーようにさ!ハハッ」
本当に・・耳障りな話だな・・。
オマエらそれで・・日常を取り戻せたとでも思ってるのかよ・・・。
救いようがないな。救う気もないが。
そう思って、なんとはなしに、目線を逸らすと、雪村と目が合った。
お互いに、複雑な意図は無かったはずだ。なんとはなしに、目が合った。
よかったんじゃないのか・・オマエは?いじめは・・止んだようだし。
どう思っているかは、知らないが。

放課後になって、例の部屋を訪ねることにした。
委員長から託されたものだ。使わねば彼女が報われない。おそらく・・俺も。
中にいたのは、黒峰と・・
「あらっ。おはよーっ、京ちん」
「今はとうに午後ですよ。その挨拶は不適切じゃないですか?」
フォローをいれた・・もう一人。
「ああ、鍵は閉めておいてください。一応、秘密主義ですので」
そいつにそう指示されて、俺は鍵を閉める。
黒峰は、珍しく飴をくわえていなかった。それはきっと、現状が彼女にとって、
飴をくわえるまでもなく、異様なほど「楽しい」ということ。
この男がそうさせているのか。不穏の極みだ。
「ほら、この人がさ、さっき話した京ちんよ。自己紹介よ、霧野ちん」
「そうでしたか」
霧野と呼ばれたその男は、こちらに歩み寄って、手を差し出してきた。
「2-Eの霧野です。霧野戒(かい)といいます。よろしく」
握手を求めているのだろうか。
その手は白く透きとおっており、容姿も中性的で、清潔な表情を浮かべている。
どうしてこんな機関に身を置いているのか、見当がつかない。
誠実で洗練された人物。それが第一印象だったが、すぐに変化するだろう。
どことなく、食えない感じだ。
「その手には応えられないな」
俺は吐き捨てるように告げた。
「こっちはあんたらとよろしくやるつもりは、毛ほどもない」
「・・・おや」
霧野は、手を引っ込めた。
「それは・・ふむ・・残念ですね」
黒峰が身を乗り出してくる。
「あはっ。そうそう。だってそうよね。京ちんはコスモスを潰すんだもんね」
この女、本当に・・事態をややこしくすることしか考えていないんだな。
「・・・おや」
霧野は顎に手を当てて、困ったような素振りを見せる・・
「それは、面白そうですね」
・・という描写には語弊があったようだ。
「それ、本当に実行に移すんでしたら、僕にも一枚噛ませてくださいよ」
コスモスには、何を考えているのか読めない輩が多いな。
「最近は骨のない依頼ばかりでしてね。僕もアゲハさんも退屈してたんですよ」
「えーっ?あたしはそれなりに楽しんでるわよ」
だろうな。その腐りきった思考回路でな。
それが腐敗しているという点は、今の発言から察するに、霧野も同様か。
いや、まだ「この男」を見極めるには早いか・・。
「不良とかの制裁も・・・あんたらには退屈ってわけか」
俺は、わざと大きな音をたてて、椅子に腰掛けた。
霧野は、壁によりかかったままで、否定するような仕草をとる。
「ああ、それは違いますよ」
「・・・違う?」
「ええ」
そして、ゆっくりと体を起こす。
「ここ最近のバイオレントな類のものは、僕もアゲハさんも関与していません。
 きっと機関の他の方ですよ」
成程・・一人や二人に依頼が集中するわけでもないか。
「他の方といっても、僕が知っているのは・・アゲハさんも含めて三、四人ですかね。
 機関全体で何人いるのかも、把握できていませんしね。あっ、今一人増えましたね。
 入谷君も入れれば」
「そうねぇ・・あたしもそれぐらいかしらねぇ」
機関の構成員にしても、持っている情報はそこまで多くないのか。
内側にも不透明な機関なら、放っておいても空中分解しそうだが・・そうはいかないな。
「この機関は・・いつからあるんだ?」
「そうねぇ・・わかんない」
オマエはもう黙っていろ黒峰。
「そうですね・・」
霧野が一呼吸おく。
「入谷君は機関に入られたばかりなんでしたね。
 掟なども含めて、僕の持っている情報を提供して差し上げましょうか」
それは、決して悪い話ではないが・・・
「いやですね。裏なんかありませんよ」
「“ぎぶあんどていく”よね!京ちん!」
「・・・おや」
霧野も椅子に掛けてきた。
「難しい言葉を知ってますね、アゲハさん」
黒峰はそれを揶揄と受け取っていないのか、俺に向かって話し始めた。
「まずね、京ちん。コスモスから抜けると、“おしおき”なのよねぇ」
やはりか。だが・・
「黒峰。俺に釘を刺す必要なんかない。退く気は皆無だ」
黒峰は、一旦つまらなそうな顔をして、続けた。
「それとね、この機関のことは、原則として他言無用なのよね」
「それが本当なら、その掟はザルだな。俺にベラベラ喋ってた奴が、目の前にいる」
黒峰はまた、つまらなそうな顔をして、続けた。
そういえばコイツ・・コイツに対する“おしおき”はどうなったのだろうか。
やはり掟はザルか。
「あと・・それとね、そう!依頼をこなした後は、その場所にスペアの鍵を置いていくの。
 この前の黒板みたいにね。まあ、それは依頼が来た時に説明・・・」

ガラッ!

鍵は・・閉まっていたはずだ。
にもかかわらず、部屋の戸が唐突に開いて、黒峰の声を殺した。
と同時に、俺の心臓がドクンと鼓動を打った。
落ち着け、冷静になれ。事態は、深刻だ。
しかし・・・それでも・・・
まだ・・「それ」までには・・時間があると思っていたのに・・・。
「・・説明・・・すればいいわねって思っていたんだけど・・」
この部屋に来れる人物は、俺が間違っていなければ・・二種類いる。
「どうやら、アゲハさん。今説明する必要がありそうですよ」
コスモスのメンバーと・・
「おめでとう、京ちん。初仕事よ」
依頼人・・・。
「見つけたわよ・・入谷・・・」
その声に気付いて、すぐさまそちらに振り向く。
「そうか・・そういうことだったのね・・やっぱり」
そして再び、心臓がドクンと波打つ。
何で、何でオマエがここを知っているんだ・・
「ふざけんてんじゃないわよ・・向井も・・あんたも・・」
何で・・ここに入れるんだ・・
「クラスの連中も・・」
何で・・・
「みんなまとめて・・・ぶっ壊してやるわよっっ!!」

そのヒステリックな怒号は、まるで警報を告げるサイレンのようで。
俺の平静を乱していくには、十分だった。
なぜなら、全くの、想定の範囲、外。
俺の「最初の依頼人」は・・・
相川、その人だったからだ。


       

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Neetsha