Neetel Inside 文芸新都
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イキルコト
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「人には死へ向かう願望がある。何故だか分かるか? 自分というものの可能性を閉ざす事で、絶望しない為にだ。絶望しない為に、希望から逃れる為に、死へと向かう」
 完全な闇に等しい空間。仄かに存在するモノ達の輪郭を浮かび上がらせている。
 声の主はその中で全く存在を見せず、しかしそう遠くない位置に立っているようだった。
「それは相反しながら繰り返される葛藤」
 その声は低く、確かな存在感を放っていた。
「可能性を閉ざす事で、可能性を広げようとして手の届かなかったその時を、仕方なかったと思おうとしている。人は、死を求めている」
 一方的に語りかけられる言葉に、僕はただ打ちのめされていた。






     

 学校の帰り道。
「最近さー、作曲してんだ」
 凄いだろうと自慢する風でもなく、ただ嬉しそうに目の前の友人が言った。
 それを僕は横目で見ながら生返事を返し、家に帰った後、何をしようかと考えている。
 曲の話なんて、大した興味を持てなかったし、適当に聞き流していく。
「な! お前さ、絵描けたよな?」
「え? ああ」
 暫く続いた曲の話から、唐突に僕の話になった。
 描ける事は描ける。だけど、しばらく描いていないから大分鈍っているかも知れない。
「一緒にゲームつくらねぇ? 俺曲で、お前絵で、後は適当に話考えてさ」
 興味はある。面白そうだ。
「うーん……めんどくさいなぁ」
 僕の思いとは裏腹の言葉が口から飛び出す。
 正直、自信が無い。
 暫く描いていなかったという事もあるけれど、それ以上に僕の絵は上手い部類には入らないというのが大きい。
「そっか~」
 どこか力無い間延びした声をあげながら、友人はゆっくりと空を見上げた。



 後日、ゲーム製作が順調だと聞いた。
 シナリオだけ見せてもらった。思いの外その内容は良く、完成すれば金を取れるのではという程に感じた。
 シナリオを書いたのは友人だった。
 彼の作った曲も素晴らしく、天は彼に二物も三物も与えてしまったのだと思う。
 そんな彼に答えるように、あるいは類は共を呼ぶという事なのだろうか。僕よりも段違いに絵の上手い人が、幾つも幾つも短期間の間に絵をあげてきているようだ。たった数日しか経っていないというのに、ラフが10枚以上ある。

 僕が描かなくて、良かった。

     

 僕は、子供の頃、漫画家になろうと夢見ていた。
 ワクワクする漫画、悲しくなる漫画、考えされる漫画、勇気を与える漫画。沢山の漫画を見て、自分もそういう作品を書きたいと思ったのだ。
 小さい頃は、そりゃあもう、沢山絵の練習をした。
 ノートに漫画をいっぱい描いて、友達に見せて回ったりもした。
 やがて僕の真似をして漫画を描き始める子が増えた。
 僕は漫画ブームの火付け役として、その中心に居た。
 なのに、持てはやされるのは僕の漫画じゃ無かった。

 沢山、練習したのだ。
 多く漫画を読んで、どんなのが楽しいか研究したのだ。
 それなのに、僕の方が絵が下手だった。
 僕の方が物語が稚拙だった。
 つまらなかった。
 そうして、すぐに気付いた。
 漫画ブームが沸き起こったのも、これくらいは自分にだって描けると思う子が多かったからだと。



 面白い漫画で誰かを笑わせたいだとか、切ない漫画で誰かを感動させたいだとか、そんな志も無い彼らの漫画に、僕の漫画は負けてしまった。
 才能が無いのだと、そう思った。
 絵が下手でも物語で見せる奴も居れば、絵も話も、両方良い奴も居た。
 文字ばかりだったけど、ところどころ大コマを使って丁寧に描き、絵を早く描けない欠点を上手く補った奴も居た。
 どれもこれも違う個性。
 だけど、僕にはそんな個性も無く、ただ、絵が下手で、話がつまらなかった。
 才能が無いのだと、そう、確信してしまったのだ。




 それでも絵は描き続けた。
 夢はかすれて消えそうになっていたけれど、そんな事は関係無く、絵を描く事が習慣になっていたのだ。
 描いていれば上手くはなる。
 ネットでそういう絵を発表してみようと思い立ち、ホームページを作った。
 ずっと描き続けていた事もあって、常連さんが三人も出来た。
 嬉しくなって僕は、絵を描いた。
 だけど、いつの間にか僕は一人になっていた。
 少しづつ書き込みが減っていき、ついに、常連だった人達は掲示板に書き込まなくなっていた。

 色々、あった。
 荒らしが僕の掲示板を荒らしていったり、訪問客と喧嘩をしてしまったり。
 やがて、絵を描くのは、またただの趣味になった。
 気付いたからだ。
 僕の絵が上手いから彼らは来るんじゃなく、誰かと触れ合いたいから彼らは来るんだと。
 だから、僕が絵を頑張って描いても、彼らにとってどうでも良いことなんだと。
 そして、気付くと高校受験がすぐ目の前で、それまでまともに勉強してなかった僕は必死で勉強を始める事になった。

 僕は絵を描かなくなった。

     

 暫くの時間が過ぎて、ゲームが完成したと友人から報告が来た。
 シナリオも良い、絵も良い、音楽も、背景さえしっかりと描かれている。
 とても素人の作った物だとは思えない。
 とても、僕なんかが辿り着ける領域じゃない。
 やはり、でしゃばって描くだなんて言わなくて良かった。
 この作品は本当に良い。金だって取れるだろう。
 僕が描いたんじゃ、金どころの話じゃない。

 高校に入って、ただオンラインゲームだけを楽しみに生活する日々が続いた。
 たまに描く絵も、見れたものじゃなくなった。
 学力も低下したし、まともに食事をとらなくなったせいか体重もかなり減った。
 でも、それでいいと思った。
 収まるべきところに収まっていくんだろうと思った。
 例えば、将来宇宙飛行士になると言っていた小学生が普通のサラリーマンになっていくように、僕も何かになるのだと思う。
 それならば、とりあえず卒業さえ出来れば良い、そう思ったのだ。

 そんなある日の夜の事だった。



 暗い部屋の中に、ぼんやりとした光が広がっている。僕のパソコンの画面が放つ光だ。
 画面には手を振っているキャラクターが描かれ、僕は少しにやけながら、今行くとキーボードに打ち込んだ。
 画面に向かって笑っている自分が少し気色悪くもあるが、しかしいつの間にか気にならなくなってしまった。

 ずっと、ずっと、ゲームの中で狩りを続けていた。
 一人減り、また一人減り、画面の中には僕のキャラクターとモンスターだけが残った。
 いつもの事だ。いつもの事だが、ふとした時に孤独を感じる事もあった。
 寂しいというのとは違う。
 ただ『独り』だと、痛感した。
 だが、それでいいと、少しづつ感じはじめていた。
 感覚が鈍化していくのが分かった。



 突然、モニターが消えた。
 辺りは真っ暗になり、パソコンも停止した。
 ブレーカーが落ちたという事はありえない。もう家族は寝てしまって、電気を使っているのは僕だけだからだ。
 考えられるのはパソコンが止まってしまった事だ。それなら画面も連動して消えてしまう。
 再起動させるべくスイッチをカチカチと押してみたが、反応が無かった。
「嘘だろ……壊れたのかよ」
 独り言、の筈だった。
 だが、静かに答える穏やかな声が部屋に響く。

「いや、少し私の話を聞いてもらおうと思ってね」

     

 その声には、聞き覚えがあった。
 そいつはいつもいつも僕に語り掛けてくるお節介だ。
 決まって、僕の意識が朦朧としている時に現れる。
 つまり、眠っている時に。
 これは、夢だ。

 長ったらしい、意味の分からない話をしている。
 いつもの事だ。
 彼の言う事は、意味が分からない。
 支離滅裂な夢というのはよくあるが、彼の場合は言う事が僕にとっては支離滅裂なのである。
 しかしその日は不思議と、何かの意味をなしているように感じた。
 そして耳を傾けているうちに、それが僕の事を言っているのだと、気付いた。

「人は死を求めている――生を求めるが故に」
 一方的に語りかけられる言葉に、僕はただ打ちのめされていた。 



「ようやく気付いたか。ならば私の問いに答えてみよ」
 彼の言う事が、彼の真意が、何故か分かった。
 完全に僕という意識の外に存在していた彼が、まるで僕自身かのように理解出来た。
「生きるとは?」
「自分を残す事」
「死ぬとは?」
「可能性を閉ざす事」
「即ち?」
 その言葉は質問の形態を取っていなかった。しかし、彼が何を聞こうとしているのかは分かった。
「生きるとは自分の可能性を広げる事。死ぬとは他人への影響を残さない事」
 自分でも驚く程に、すらすらと言葉が出てくる。
 まるで、そう喋るように教え込まれているかのようだ。

「絶望をしない為、沢山の事から逃げてきた」
「お前が生きるとは?」
「可能性を閉ざせば、自分に期待する事は無い。挫折も無い。希望が無ければ絶望も無い」
「今すべき事は?」
「だが、死へ向かう事の恐怖は消えなかった。ふとした時に思い出す孤独の恐怖は消えなかった」
「戦う事は?」
「目を背けなければ分かる」
「本当に恐ろしい事は?」
「緩慢なる死を、甘受する事。看過して、戦わない事」
「もう眠っている必要は無い」
「僕は描く」
「そして生きるのだ」
「挫折や希望が打ち砕かれる事より、ここで全てを捨ててしまう事の方が、恐ろしい」
「お前は、いや、僕は、それに気付いた」

「僕は描く。それが、僕が生きる為にすべき事」

 目覚めた時、ゆっくりと動く熱帯魚の姿が画面に映されていた。
 画面焼けを防止する為のスクリーンセーバー。
 眠っていた時間はほんの僅か。
 けれど、凄く長い時間眠っていたように、すっきりとした目覚めだった。
 僕はゲームを再開する事も無く、暫く使っていなかった鉛筆をすぐさま削り始めた。

     

「よ」
「ん、おはよ」
 いつもの朝。いつもの挨拶。友人の様子にも変わりは無い。
「なぁ、この前作ったゲームだけどさ」
「あ、プレイしたよ。めっちゃ面白かった」
「まじで! そっかぁ」
 それっきり、会話が途切れた。
 何かを思い悩んでいるように、どこともなくきょろきょろと視線を走らせている。
「ゲームが、どうかした?」
「んー? いや、俺は納得いってないんだよ」
 意外な言葉だった。
 少なくとも僕は、あの物語で感動した。
 音楽も絵も、そしてシナリオも、お互いがお互いを引き立てあって滅多に見ないクオリティの作品に仕上がっている。
 僕だったらあれだけの作品を作れば満足してしまう。
 上達する彼と、上達しない僕の違いなのかも知れない。
 そんな風に思っている僕に、予想外の言葉が突きつけられた。
 今日の友人は意外な事ばかり言う。
「お前の絵が良かったな、ってさ」
「え?」
「なんていうかさ、キャラのイメージと全然合わないんだよ」
 そう言われてみれば、確かにテキスト中にある特徴をちゃんと描かれていないところはあった。
 絵が上手いんだからと気にはしていなかったけど、シナリオを書いたこいつは気になるのだろう。
「お前に絵描いてもらおうと思ってシナリオ書いてたから、余計なのかも知れないけどな」
「そっか」

 頭に拳をあてて不満気な顔を浮かべている彼を見て、確かに変わっていく僕を感じた。
 僕は、変わっていく。
「じゃあ、じゃあさ……今度のゲームは、僕に描かせてよ」
「おー? やる気になったか」
「うん」



 その夜、久し振りに沢山の落書きをして、久し振りついでにホームページにこれをアップしようと思った。
 久し振りに見たホームページには、全く人は来ていなかった。
 今日は一人、昨日は二人人来ている。とはいえ、大抵こういうのはただの通りすがりだ。
 案の定、掲示板を覗いても誰も書き込んでいない。
 ただただ、ずっと下まで続く良く分からないアドレスの書かれた投稿ばかり。スパムメールのようなものだろう。
 ページを送って、送って、ずっと続くアドレスしか書かれていない投稿を見ているうちに、そうしている事が馬鹿らしくなってきた。
 どうせ、誰も書き込んでなんていやしないのだ。
 そう思った。
 だが、そんな事は無かった。

 二週間前に、常連の一人が書き込んでいる。
 それに対して、もう一人の常連がレスをしている。
 更にさかのぼると、また書き込み。
 受験が終わったなら、また絵を頑張って欲しいと書き込まれていた。
 どうやら彼は、僕が一年以上も受験勉強で忙しかったと思っているようだ。
 実際には、二ヶ月程度しか受験勉強なんてしていなかったのに。
 いや、そんな事はどうでも良いか。
 僕の絵が求められている。
 僕を欲している。
 僕が彼らに影響を与えている。
 それが――あるいはとても些細な事かも知れないそれが――ここ一年の中で一番……いや、友人が僕の絵が良かったと言ってくれたその二番目に、嬉しかった。
 すぐさま、掲示板の一番上に新規投稿の形でレスをして、新しく描いた一枚の絵をホームページにアップした。
 その絵は、正確には二コマで構成された漫画だった。



 最初に戻ろうと思った。
 ホームページを作った時よりも、漫画ブームの中心となっていた時よりも、もっと前に。
 漫画を描いて沢山の人に感動を与えたいと思っていた、あの時に戻ろうと思った。

 これは、そこに繋がる最初の二コマ。
 誰が見てもなんとも思わないような変哲の無いそれに、僕の人生が詰まっているんだ。

       

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Neetsha