6th.Match game2 《ストップ・ザ・トップ》

 俺たちの試合は第3ゲームに入ろうとしていた。
 
 春日に先にゲームを奪われたが、続く2ゲーム目を取り返してゲームカウントは1-1。
 やはり強い。前衛(推定190センチ)と後衛(推定150センチ)のデコボココンビ。
 あのね、アンタが前に来るとコースが無え! 邪魔!! つか化学部とかバスケ部にしとけっての!
 俺は相手の前衛を集中的に狙い、バックラインに貼り付けさせて前に出てこられなくすることで試合のペースをつかもうと考えていた。ところが、後衛のチビすけが信じられないコートカバーリングで前衛に打ったボールまで拾ってしまって、ノッポに悠々ネット前を制圧されてしまったのだ。
 で、コイツがまたシジマール先生もビックリの半端なく長いリーチをしておいでで、サイドライン・バックラインギリギリを狙わないとボールに届いてしまう。それなんて壁、だ。
 ……これだけ聞いていると、こっちの勝ち目は到底無さそうに感じるよね? 
 でもどんな相手にも多かれ少なかれウィークポイントがある。俺は試合前に行う相手の後衛との乱打でヒントを貰っていた。
 確かに後衛のコートカバーリングはすごい。それは認める。でも、特別脅威を覚えたわけでは無かった。その小さな身体故力勝負ではこちらが勝っていたからだ。ボールが軽い、とでも言うのか。
 乱打をしながら、俺は自滅しない限り後衛勝負では負けないと感じた。また前衛同士の乱打も合間に見ていたが、これまた圧倒的に宮奥さんが打ち勝っていた。先輩が元々ストロークに自信を持っていることもあるが、それに加えて前衛は極端に痩せていて、動きがとても緩慢だったのだ。
 しかし、その事で油断したのもまた事実。ゲームが始まってノッポがネット前に到着した途端、急にノッポの動きは変わった。相変わらず緩慢な動きではあるが、俺の打つ方向があらかじめ判っているみたいに動いてくる。打球体勢に入った途端、それまで空いていた筈のコースにパッと現れる。センスがある、と言うのが一番しっくりくる感じだ。ただ、やや荒削りと言うか、イージーなミスが多いことが救いだった。
 1ゲーム目こそ落としはしたが、2ゲーム目になるとそういった相手の弱い部分も見えてきて、落ち着いて自分のプレーが出来てきた。
「1本先手ぇー!! さぁ、こーい!」
 俺のサーブで始まるこのゲーム、相手のチビすけが大きな声を出して気合を入れている。
 1本先手とは、その字の通り相手より常に先にポイントをとって相手にプレッシャーを与えて、優位に試合を進めようとする意識のことだ。
 よーし、ちょいと試してみるか。
 俺はちょっと試してみたいプレーがあった。チビすけの動きを逆手に取るとでも言おうか。
「うりゃ!」
 俺はファーストサーブをコース重視でやや力を弱めて打ち、右利きのチビすけにバックハンドで打たせるため、サービスエリアの右寄りを狙った。
 ボールは俺の想定通りにチビすけのバックハンド側へ。
 チビすけはそれをバックハンドで打たず、強引に回り込みフォアハンドで打ち返してきた。
「やっぱり! 計画通り!」
 俺はコート中央まで引っ張り出されたチビすけを見て、予定通りコート左奥へ思い切り深くクロスに打ち返した。
 バックハンドで返球していたら余裕で追いつけるコース。だが、俺はここまでの試合で何度かチビすけが無理して回り込んでフォアで打つのを見ていた。
 アイツ、実はバックハンドが得意じゃないんじゃ……。そう思いサーブで試してみたのだ。
 チビすけも必死に追いかけたが、ボールは見事に左側奥に決まった。
 うしゃ、イメージぴったし!
「「「「ナイスコースだ!!!」」」」
 ベンチが盛り上がる。
 くーっ、超キモチいいっ!!!
「やるじゃん渡瀬ちゃん! ひょっとしておチビくんが回り込むのわかってた?」
「なんとなくです。でも、これで一段とやりやすくなるかもですね!」
 俺がそう含みを持たせて答えると、宮奥さんも俺の意図にすぐに気づいたらしく、
「うん、わかった。そんじゃとことん意識させちゃおう!」
 と、ニヤっと笑って答えた。

 そこからは、一気に形成が傾いた。
 やはりチビすけはバックハンドを不得意にしていて、俺の執拗なバックハンド狙いは見事に成功。返球が甘くなった所を宮奥さんがしっかり決める、という理想的なポイントの獲り方が出来るようになったのである。
 チビすけの悪戦苦闘ぶりを見て、ノッポは俺がチビすけのバックハンドに打てないようにポジションを中央よりに変えてきたが、今度はそれまでノッポがいた前衛側のコースが空いて、俺は思い切ってストレート打ちが出来るようになった。
 こうなると前衛は左右どちらもケアしなければならなくなり、返球に対する反応が遅れる。そうしてボールに入るタイミングが1テンポ遅くなり、ミスに繋がり易くなってしまう。
 正に俺の考えた通りのゲーム展開だった。
「ゲームカウント4-1で、渡瀬・宮奥ペアの勝ちです。」
「「ありがとうございました。」」
 試合後、コートを出て俺がベンチに戻ろうとしていると、チビすけが俺に声を掛けてきた。
「オイ! アンタ、いつ気づいた?」
「え? バックのことか? 違和感感じたのは最初の乱打の時かな。フットワークいいなと思ったんだけど、ちょっと気になってさ。」
「ちぇ、上手くごまかしたつもりだったのにな。」
 チビすけはバレたか、と舌打ちして悔しがっている。
「でもホントにフットワークいいよな。それに前衛は脅威だった。コース無ぇし! 反則だっての。」
「カナメの武器だからな。でもカナメは体力なさ過ぎなんだよ! ありゃ総体までにみっちり鍛えてもらわないとダメだな。」
 以前の俺みたいだ。
 どこにボールが飛んでくるか判ってるのに届かない、あの悔しさったら無かったもんなー。
「でも、オマエやるな。休憩の時応援席見たら城西とか名治商の連中が見てたぞ。」
「マジ? うわ、なんかもう全てを見透かされたかも……コエーな。」
「お、そろそろ2番手か。じゃ、個人戦でもし当たったらオテヤワラカにな。」
 もっぺん狙って来い、絶対にさっきより上手く回り込んでやっからよ!
 俺にはベンチに下がっていくチビすけの背中がそう言っているようにしか聞こえなかったのだった。

 結局次の試合はキャプテンたちがストレート勝ちし、俺たちの3回戦進出が決まった。
 対戦相手は言うまでもなく第1シード。
「次が1番のヤマ場よ。相手は去年も優勝している名門だけど、名前負けだけはするな! コートで自分をしっかり表現しなさい! 中途半端なプレーしてちゃ、あっという間に流れ持ってかれちゃうからね!!」
 先生のアツいゲキが飛ぶ。
「応援組も、城西戦は声を枯らして応援するって言ってんだから、試合出てないヤツの分まで頑張らなきゃだよ、わかった!!??」
「「「ハイっ!!!!」」」
「オッケー、じゃ試合までもう少しあるから、アップして身体を冷やさないように。以上!」
「「「ありがとうございましたー!!!」」」
 次が正念場だ。相手がどんなに強くても、常に冷静に、クレバーに行こう。
 絶対に付け入る隙があるはずだし、それを逃しちゃダメだ。
 俺は昂ぶる気持ちを抑えようとして、静かにハチマキを握り締めた。


「ファーストサーブはトス・構え・インパクトまでの一連の流れを崩さないようにするコトが大切だから……やっぱいつも通りに掛け声はチャー・シュー・メーン! で行くかなぁ……。いや、相手が相手だし、ここはあえての悪・即・斬ーん! とか……。待てよ、いっそのこと征服的な意味も踏まえてチン・ギス―――。」
「渡瀬くーん!」
「はぁん?」
 壁打ち場でやっとこさ自分のスペースを獲得して、壁に書かれた白帯に向かってファーストサーブの練習をしていると、コートの方向から俺の名前を呼ぶ耳慣れた声が聞こえた。
 跳ね返ってきたボールをラケットのフレームでくいっと面に載せて持ち上げ、声のした方向に顔を向けると、これから試合を控えてイキり立った連中でごった返している中、マネージャーは『ひゃ!』とか『きゃっ!』とか声を上げ、かなりの悪戦苦闘ぶりを披露しながらこっちにやってきた。
「あーもうっ! ちょっと道を空けるくらい出来るでしょうに! 私のことなんてお構い無しにラケット振り回すからめっちゃ怖かったよぉー。」
 マネージャーはこの人達のモラルを疑うわ、と腕を組んでポニーテールを振り乱しプリプリおかんむりだ。でも、皆はこんなに小さくて美人のマネージャーの怒っている顔や仕草を見ても、全然怒られてる気がしないと思う。
 むしろ逆効果的に萌えるんじゃないだろうか、いや萌える。
「ん、どうしたの? もう試合?」
「ううんまだ。城西戦を迎えての渡瀬君の精神状態をチェックしておかなきゃなーってね。」
 マネージャーは首を心持ち傾げ、いかがかな? とばかりに上目で俺の顔をじっと覗き込んでいる。
 うん、ちょっと距離が近いから離れようか。正にこの状況が俺の精神状態を揺さぶっているからね。
「まあ、ぼちぼちだね。いくら名門って言っても戦ってみないことには相手の力なんてわかんないし。だから、結構平気っちゃ平気かもねー……。」
 俺は試合とは別の意味で平静を装ってそう言いながら、ラケットを2人の間に持ってきて乱れたガットを直すことで”適正”な距離を保ち、この何かデンジャーな状況を打開しようと試みた。
 が、直そうと右手の人差し指をガットに当てた途端、俺は同時に手のひらで掴んでいたボールを不覚にも落としてしまった。
「やばっ!」
 瞬間、俺の身体を猛烈な勢いで焦りの感情が駆け抜けた。
 この群集の中でボールを落としたり、壁打ちでヘマしてあさっての方向に跳ね返らせてしまったりしてその場から離れるということは、イコールその居場所を失うということを意味している。後からやってきて順番待ちをしている連中は、下手をうったバカを尻目にあら可哀想、と同情するほどお人好しではないのだ。彼らの精神状況を端的に言うと、『こっちももうすぐ試合だから一球でも多く打ちてーんだよ! 可及的速やかに消えろ! もしくはとっととミスれカス!!』だ、間違いない。
 早くあいつを助けなきゃ、プギャーエンドになっちまう!!
 幸いボールの転がり方はおとなしいもので、すぐしゃがめば安全に捕球できる様相を呈している。俺は慌てず急げ的な精神状態でかがんで捕球体勢に入った。
「「ゴッチン♪」」
 痛い。何だこのおデコ上部の痛みは? 思わず目をつぶって額を抑えてしまったが、すぐに我に返り目を開けた。しかし既にボールは忽然と姿を消しており、代わって傍に足が見えた。
「ヴぁ!!??」
 ワケが判らずそのまま視線をゆっくりあげると、マネージャーが激しくウィンクしたまま体育座りをしている。
「ちょ、なにしてんの!? な、なぜにウィンクで体育座り?」
「ボール!!!! 落としたから拾おうとしゃがんだら渡瀬君がすごい勢いで上から降ってきたの!」
 マネージャーの手には確かにマイボールがある。しかもよく見ればマネージャーはウィンクでもなんでもなく、ぶつけたほうの頭を抑えて痛がっていたのだ。
「うわ、ごめん! ボール落として何かめちゃくちゃ焦って、全然回り見えてなくて……。やっべ、腫れたりしたらどうしよう! 傷になったら……わわっ、やば!!??」
 俺はしばらく我を忘れてしまったようだ。気がつくと、座ったままマネージャーは大笑いしていた。
「あっはは! 渡瀬君動き面白すぎ~。あーオナカ痛いよもう笑わせないでーあはは……!」
 うわ、ヒイヒイ言ってるよ……。激しく当たってアタマおかしくなっちゃったのかなぁ?
 今度は俺が捨てられた子犬みたく哀れな表情にでも見えたのだろうか、その後もマネージャーはしばらくお腹を抱えて笑い続けていた。
「あー……、笑ったら頭痛いのなんかどうでも良くなっちゃったー。はーっ……。フフ、さっきの渡瀬君……しばらくは思い出すだけで吹いちゃうなぁ。あのアタフタっぷりはなかなか素人には真似できないよー。」
「そ、そんなに慌ててたかな俺? いや、だって顔ケガとかしてたら大変だし。マネージャーに何しやがった! って皆に撲殺されるって!」
「あは、撲殺? それはないってー。」
 マネージャーはゆるくツッコミながら立ち上がると、俺にボールを手渡した。
 いや、きっと殺されます。良かった、目立った外傷はないみたいだ。
「さっきの慌てっぷりはしっかり脳内メモリーに保護かけて永久保存しとくね。」
「いえ左様な醜態は早急に消去することをお勧めします!」
「イヤでーす。」
 マネージャーはあっかんべーをしながらそう言うと俺の精神解析も済んだのか、
「後でまた呼びに来るから。頑張ってね、皆でベンチから応援するよーっ!」
 と、セーラー服の汚れを叩いて落としながらまた人ごみを掻き分けて戻っていった。
 やっぱりマネージャーはすごいな、と思う。小さなことだが、こうした気配りを忘れない。おそらく他の先輩のところにもああして顔を出して、精神的に追い込まれてないか見て回ったのだろう。
「よし、もうひと頑張りしますか!」
 俺はまたサーブ練習に戻ろうとして、周りの空気の著しい変化に気づいた。
 えー、端的に言うと、『畜生、そのイベント羨ましすぎるぞ』だ、間違いない。

「これから、城西対星和の試合を行います。礼!」
「「「お願いします!!!」」」
 いよいよベスト8を懸けた試合が始まった。正々堂々行こうということで、オーダーは1番手がキャプテンペア、2番手が鬼木さんペア、俺は3番手に決まった。相手もどうやら実力順のオーダーのようだ。
 コート周辺は第1シードの偵察にきたほかの有力校の面々に、第1シードの応援団および父兄の皆様方で溢れかえっている。いわば星和の完全アウェイといった感じだ。
 俺は試合開始と同時にまたアップをするべく宮奥さんと一緒にコートを離れた。試合を見たい気もするが、俺たちの目的は勝つことだ。だから少しでも良いコンディションを作らなければならない。
「ボレーの練習でもしますか?」
「ん、そうね……。じゃ、広場にいこか!」
「はい!」
 俺たちはコートの傍にある多目的広場に向かった。ここは普段は野球の試合もするそうで、かなり広い公園だ。当然他校の連中もここを使うわけだが、俺たちの練習スペースもすぐに確保できた。
「じゃ、行きます!」
「オケイカマンベイベ!!」
 強いボールを打っても、宮奥さんは高い成功率で的確にボールを芯で捕らえる。しっかりとスイートスポットにヒットしたボールは小気味のいい音を立てて俺の元に返ってくる。
「いい調子ですね! じゃ、次は離れて思い切り遠打しましょうか!」
「オウ!!!」
 ボレー練習が一息つくと、俺と宮奥さんは思い切り打って相手にワンバウンドで渡る距離を作って大きくボールを打ち出す遠打をすることにした。遠打は乱打とは異なり、一球ごとに相手のボールを止めて、また打ち出すもので、ラリーをするわけではない。これは試合で緊張して腕が縮こまってしまうことを防ぐことと、思い切りラケットを振ることで肩を作るという2つの効果が期待できるものだ。通常は後衛同士で行うのだが、宮奥さんのストローク力と肩の強さは後衛に匹敵するので問題は無かった。
「相変わらず渡瀬ちゃんはボールを良く飛ばすなー。」
「宮奥さんの飛距離も十分すごいですよー!」
 2人でボールをぶっ放しながら、雑談を交わした。
 俺はこの練習がかなり好きだ。ボールを思い切り遠くに飛ばすためには、打ち上げる角度とボールをいかに芯で捕らえるかがポイントになる。それを追求することはすなわち実戦で相手のコートにボールをどれだけバックラインの深いところに返せるかに繋がってくるからだ。まあ、単純にボールを遠くに飛ばすのが楽しいっていうのもあるんだけど。
「うりゃ!」
 2人してラケットをブンブン振り回していると、広場にゲンキがダッシュしてやってきた。
「どうした? 試合はどうなってる?」
 駆け寄って尋ねると、息を整えたゲンキは、
「キャプテンたちすごいぜ、何度もピンチ凌いでこれからファイナルゲームだぞ!!」
 と、最高級の笑みを浮かべて言った。
 マジでいけるかもしれない。俺たちまで試合を回してほしい。
「ありがとうゲンキっち。また状況報告を頼むな! 渡瀬ちゃん、また体作ろう! 絶対に俺たちまで回ってくるって!!」
「はいっ!!」
 俺の胸はどんどん高鳴っていた。