6th.Match game3 《クロスゲーム》

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 永野さんのサーブで、星和にとっての大一番が幕を開けた。
 相手のペアは去年のインターハイで個人戦ベスト16に入った強豪だ。私はあのペアがその当時から既にレギュラーで団体戦に出場していたことを覚えている。前衛の存在感がすごくあって、観客を魅了するプレーを連発していたからだ。
 私たちもベンチの後ろに集まって、男子と一緒に試合を応援していた。観客席は王者の仕上がりを一目見ようと大勢の人達が集まっていて、ポイントが動くたびに大きな歓声があがる。私たちはキャプテンペアに勇気を与えようと思い切り声を張り上げて応援した。
 この試合は、本当に手に汗握る白熱した試合展開となった。
 第1ゲームから、いきなり相手の激しい攻めに遭う。ファーストサーブが失敗しセカンドサーブになると、向こうはほぼ強打でレシーブしてきて主導権をとろうとしてきた。前衛もガンガン前に出てプレッシャーを掛けて来る。永野さんも岩崎さんもひたすら粘って反撃のチャンスを待っていたが、押し切られて結局2-4で落としてしまった。その後、勢いに乗った相手ペアは続く第2、第3ゲームと連取して、先輩たちは後が無くなった。
 でも、先輩たちは決して諦めた訳では無かった。その後の3ゲームをいずれもデュースまで粘って勝ち取り、ファイナルゲームまで持ち込んだのである。それまでずっと粘りのテニスをしていたことで、相手もスコア以上に精神的に追い込まれていたようだ。第4ゲーム以降は、相手の後衛が要所で勝ちを意識して一本で決めようと打ち急いでミスを重ねて、浮き足立ってくれたのが大きかった。やはりテニスはメンタルな部分の安定がプレーを支えていることを再認識する流れとなった。
 ファイナルゲーム前の短いインターバル、ベンチでは最後の給水をしている両人に坂下先生の指導が行われている。
「よし、よく追いついたよ2人とも。でも、まだ並んだだけ。今までのことはスパッと忘れなさい。これからが始まりよ。」
「「はい!」」
「相手が強いのはよぉーくわかったでしょ? だから、とにかく相手がイヤになるくらい粘ること! 永野くんは良く打ててるから、このまま相手の後衛と根比べしなさい。先にミスしたほうが負けよ。岩崎くんは力まないことね。肩に力が入っちゃっていつもなら捕れるボールをミスしてるから、毎日の練習をイメージしなさい。平常心よ!」
 先生は2人にアドバイスした後、組んでいた腕を解くと向こう側の観客席を指差して2人を振り向かせて、
「ここまでの展開であの観客の半分は星和の応援に回ってるわ。あの人たちに星和の1番手はこんなに強いんだぞって魅せつけてやりな!」
 とエールを飛ばし、2人の背中をぽんっと押して舞台へ送り出したのだった。
 ファイナルゲームは、ひと時も目が離せない緊迫したシーソーゲームになった。1ポイントごとに観客もベンチもどっと盛り上がる。相手ペアはポイントを獲るたびに雄叫びに近い声を上げて喜びを爆発させ、こちらの士気を下げようとしてきた。技術も一級だが、そういった駆け引きも周到だ。
 けど先輩たちも負けずに追いすがる。相手の打ち込みに永野さんのボールが甘くなり、それを見た相手の後衛が岩崎さんに前衛アタックを仕掛けた。唸りを上げるかのような高速の打球が岩崎さんを襲ったが、先輩はそれに怯むことなくボレーしてみせ、私たちは勿論のこと、観客の度肝を抜かせた。
 そして、カウント5-5で迎えた相手の後衛のサーブを永野さんが今日一番のレシーブで魅せた。決して弱いサーブではなかったが、見事にセンターに返球。これまでカンペキな連携をみせていた相手の2人がお見合いしてしまうほどぴったり2人の間に返球したのだ。
「よっしゃあぁぁっ!!!!」
 いつもクールであまり喋らない永野さんが、大きな声を出してガッツポーズを見せた。この試合で初めて相手をリードしたポイントで、マッチポイント。私たちは大きく湧き上がった。ゲンキくんたちはもう飛び回っている。私は隣で一緒に応援しているいづみの手をさっきからずっと握り締めたまま、訪れたクライマックスを見つめていた。
 相手の前衛が必死に声を出して元気付けようとしているが、追い込まれた後衛は完全に自分を見失っているようだった。心なしかラケットを持つ手が震えているようにも見える。そのまま、岩崎さんに向かってサーブを打つ。ファーストサーブをゆるく打って置きにいったがフォルト。そして、セカンドサーブもエリアをやや越えて、ダブルフォルト。先輩たちの渾身の粘りが実ってこの試合を制した。
「「「「ありがとうございました。」」」」
 激闘を終えてベンチに戻ってきた2人にみんなは駆け寄って祝福した。先輩たちはかなり疲労していたが、私たちよりもずっと落ち着いていた。
「みんな、ありがとう。でも喜ぶのは勝ってからにしよう。鬼木に江副、勝ちを意識するのは勝ってからにしろよ。これであちらさんは200パー本気でくるから、しっかり喰らいついてけ! 後ろには渡瀬たちもいる。あの場はかなりアウェイに感じるけど、みんないるから安心してやってこい!」
 キャプテンのゲキに、2人は緊張しつつも覚悟を決めた面持ちで頷く。
 城西対星和の試合は、1番手を星和が取ったことで更なる盛り上がりを見せていた。

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「おい、そろそろ終わるぞ。先生が呼んでっぞ!」
 広場でアップし続けて体もかなり動かした頃、ゲンキが俺たちを呼びに来た。
「宮奥さん、体ほぐれましたか?」
「もうバッチリさ! もうちょっとアップしてたらメルトダウンしそうだったもんよー。」
 俺の問いかけに宮奥さんは笑って答える。先輩はいつだってこんな調子で俺たちを笑わせてくれる。
「あ、そうだ宮奥さんに1個聞きたいことがあったんですよ。」
「ん? なんじゃらホイ? スリーサイズと体重以外ならいいぞ。」
「またそんなベタな女の子みたいなコトを……違いますよ、ほら、先輩って名前呼ぶとき○○っちって呼ぶじゃないですか? イワっちとかさゆりっちとかゲンキっちとかって。でも、どうして俺はちゃん付けなんですか? 若干どころじゃなく恥ずかしいんですけど……。」
 俺の問いかけに、良くぞ聞いてくれたとばかりに宮奥さんは頷いて答えた。
「あのね、要は短く省略して言いたかったのさ。それにやっぱ愛称は大事だろ? 岩下なら頭を取ってイワっちね。で、良いのが思いつかない時は名前に”っち”つけて呼ぶ、これマイポリシーね。」
 何というマイポリシー。
「で、キミよ。ワタっち、ワタっち、ワタっち……、ほら、ダメでしょしっくり来ない!」
 ポケモンみたい、ね……。はい、何か判りました……。
「だから、次なる手なワケ。こういちっち、こういちっち、こういっち……、うん、却下!」
 うん、セルビア・モンテネグロ周辺乙。
「だから、これはもうデフォルトしかないかなって。自分より先輩以外はデフォルトったら男女問わず”ちゃん”しかないでしょ。これ常考っ!」
 そ、そうなのか? 聞けば、某バスケマンガの主人公に激しくインスパイヤされているらしい。ってか別に短くなってないぞ? いいのか?
 俺の意見など華麗にスルーされるだけなので、宮奥イズムは継承させて頂くことにしようとかしないとかそんなのどうだって良いな。うん、そんなの本編に関係ねぇ! やっべ、痛いな俺脳……。
「よし、コート入ったら気持ち切り替えようか。余計なコトは考えず、ただボールに集中するだけ。」
 広場を出る直前、宮奥さんは通常モードを戦闘モードに切り替えるかのように口調を変えて言った。いつも思うが、先輩のこの気持ちの切り替え方はすごい。本当に体のどこかにスイッチが入っているみたいだ。試合に入ると、目つきから口調から仕草まで180度変わる。怖いくらいに集中していて、でも入れ込みすぎているわけじゃない、そんな自分の世界を持っているんじゃないかと俺は思う。
 俺にはそんな世界は無いが、試合していると時々『どこに打てばいいかカラダが打つ前にアタマでわかっている』かのような奇妙な感覚に陥ることはある。周りの景色は色褪せてスロー・モーションに感じて、相手の空いてるスペースがくっきり大きく見える。そこに打ちさえすればいいのだ。全てがそのスポット1点に向かっている。後はただ身を任せていれば良いだけだ。
 ……ただその感覚は一過性のもので持続力に乏しく、すぐに現実に戻されてしまうのだが。
 俺たちがベンチに戻ったのと時を同じくして、2番手の試合が終了した。鬼木さんたちは粘って善戦したが2-4で敗れ、俺たち3番手の出番となったのだ。
「すまん、負けちまった。後は頼む……!」
「任せろ。」
 落ち込む2人に宮奥さんは静かに声を掛けると、
「星和の力を魅せつけてやろう!」
 そう言って右手を差し出した。俺がガッチリ握手すると、
「相手さんが出てきたから、アンタたちも行きな。ムードは最高潮、どちらに風が吹くかをみんな固唾を呑んで待ってるわ。思いっ切り暴れておいで!!!」
 先生が俺たちの背中をバチッと叩いて闘魂を注入してくれた。
 やるしかない。俺はもう一度、ハチマキをきつく締め直してコートに入った。

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 ベンチに帰って来た功一くんは、私が今まで見たことの無い顔をしていた。
 グリップの調子を確かめるように何度もクルクルとラケットを回しては握り締め、それからガットの張りを確かめるように左手のひらにポンポンと当てていた功一くんは、宮奥さんと握手してコートに入った。その瞳には対戦相手の顔しか映っていないように見え、私たちや周りの雑音は一切耳に入ってこないと言った感じで試合前の相手とのラリーに入っている。
「功一くん、すごく集中しているみたいね。恵の顔なんて見向きもしなかったしね。」
 私がそう言っても、恵はうんともすんとも言わずラリーをする功一くんの後姿をじっと見ている。
「恵、今どんな顔してるか言ってあげようか? アンタ今―――。」
「いづみ、静かに。今は試合に集中よ!」
 恵は私の声を制し、これから始まるゲームに見入っている。
 アンタ、意識してないと思うけど功一くんを弟として見ているんじゃない。気になってるヒトを見てるひとりのかわいいオンナの子の顔になってるよ。
「はぁーっ……、ま、いっか!」
「え? 何よ? さっきからうるさいぞいづみっ。」
「ゴメンゴメン何でもないわよ、お姉ちゃんっ!」
「?」
 ま、ゆっくり気づいてった方が面白いかな♪
 私は神崎さんと渡瀬くんを交互に眺めては、2人のこれからの展開を考えて笑っていたのでした。