Neetel Inside 文芸新都
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Sweet Spot!
Deuce1 《一方通行のファースト・コンタクト》

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 シャカシャカシャカ……。
 地元での赴任生活。私はいつものように自宅からやや離れた星和高校へと自転車を走らせていた。
 他県の高校にテニス推薦で進学して以来、実に7年振りの帰郷だ。その間、インターハイ・国体を制し、大学では実業団選手を下して全日本選手権ベスト4進出。卒業後の進路についても方々から誘いを受けたけれど、教師になりたいという夢を捨てられずこの道を進むことに決めた。
 幼少時外国で生活していたこともあり、私は今英語の教師として毎日を過ごしている。生徒たちはみなとても良い子たちで、よく職員室に遊びに来ては私を楽しませてくれる。また、思春期真っ盛りの子供たちは抱える悩みも十人十色で、私は自分の経験も交えながら相談相手になってあげている。ちょっと大げさだが、子供たちの成長を見守る立場としてよき理解者でありたい、そう思っている。
 仕事とテニスの両立はなかなかに厳しい。月に1度、ナショナルチームの合宿に顔を出させてもらっているのだが、授業と顧問に追われる毎日で自分の練習時間の確保はかなり大変になった。でも、今私は非常に充実した毎日を過ごせている。テニス部の子たちに指導するのは自分がプレーするよりも何倍も難しいけれど、上達していく姿を見ていると幸せな気持ちになって、それが自分のチカラになっているのだ。
「よしっ、今日も頑張りましょっかね!! 真理子ファイト! オーッ!」
 自転車を止めて、私は大きく伸びをして職員室に向かった。



「岩崎くん今の! 今の動きを忘れないで! ナイスボレー!」
「ハイ!」
「こら宮奥くん! 女子コートばっか見てない! はい、集中して!」
「あいよーっ。あ、先生髪切りました? ショート似合ってますよー。」
「え、ホント!? やっぱり美容院変えて正解……って、何言ってんの!」
「あっはは!」
「まったく。3年生が抜けてこれから引っ張っていくのはアンタたちなんだから! もっと自覚を持ってちょうだい!」
 3年生が抜けて、世代交代を迎えた星和テニス部。しかし男子は既に2年生がレギュラーを奪取していたので、とりあえず戦力的なダウンはなさそうだ。新キャプテンになった岩崎くんは態度で示すリーダーらしいところがあって、とても頼りになる。ただマネージャーが引退してしまって、副キャプテンの永野くんと雑用もこなしている為、テニスに集中し切れていないところが気がかりだ。
「とりあえずは有能なアシスタントが必要ね……。あてっ!」
 男子の練習を見ながら考え込んでいると、女子コートの方から転がってきたボールが私の足に当たった。拾い上げてボールが来た方に顔を向けると、最近急に伸びてきた1年生コンビのかたっぽがはにかみながらこっちに走ってきた。
「センセ、大丈夫ですか? もう、恵がバカみたいに飛ばして大変でー……。」
「すいませーん!!!」
 いづみちゃんが苦笑いまじりに言うと、コートの向こうから神崎さんが何度かペコっと頭を下げた。
 2人は近いうちにレギュラーになると思う。練習態度もいいし、何よりテニスが好きだという熱い気持ちが見ていて感じられる。見ていて応援したくなる子たちだ。
「それでいいのよ。後衛は飛ばしてナンボよ! ネットに引っ掛けるよりアウトになるほうがよっぽどマシだしね。だからもっとどんどん打ち合えッ!!」
「はぁーい。」
 コートを取り巻く小気味の良い打球音に耳を傾けながら、今日も私は幸せな気持ちに包まれていた。

☆☆

「おぉマリちゃん! 相変わらず可愛いのぉー。向こうでも活躍は耳にしとったよ。こっちで学校の先生やってるんだってなぁ。」
「お久しぶりです。今は星和高でお世話になっています。」
「何、星和? 城西や田村女子じゃないのかね? キミなら融通利いただろうに。」 
「いえ、地元ならどこでも良かったんです。子供たちに教えられればそれだけで私は……。」
「ん、そうか。いや、まあ何はともあれお帰り、だな! で、今度一杯飲みにでも、ねぇ。」
 ちっ、ジジイ。胸ばっか見てんじゃねーよ! バレバレだっつーの!
 この日、私は県の中学総体が行われている星和コートに呼ばれ、試合を観に来ていた。役員はみな顔なじみの先生方で、本部に着いた私は”手厚い”歓迎を受けたのだった。
 それにしても、臭う。タバコ・ポマード・華麗な臭い。本部は既にカオス・フレーバー環境が整っていて、さっきからえずきそうになるのを私は必死にこらえていた。
「大丈夫か? 顔色が優れんようだが……。」
「いえ、大した事ないです。あ、ちょっとコートの近くで子供たちを観てきても宜しいでしょうか?」
「ああ、好きにしてくれて構わないよ。ギャラリーの中にはキミのサインをねだってくる者もいるだろうから、しっかり答えてやるといいだろう。」
「3番では優勝候補の南城西がやっとるから観るといいぞ。」
 ヤニだらけの歯を見せて、ニヤニヤと笑い合う役員のお偉方先生たち。
 ……オエッ。
 私はその場から逃げるように運営本部を飛び出した。
 
 本部を出て周りをぐるりと見回すと、無垢な少年少女たちが必死にボールを追いかけ回している。伸び盛りの子供たちはいつだってキラキラしている。
「3番コート3番コート、と……。おっ、ここか。」
 コートをのぞくと団体戦が行われていて、ゲームが始まったばかりのところだった。優勝候補の南城西の1番手を見ると、先生方のおっしゃる通りひと目で実力の程が窺えた。真っ黒く日焼けした肌に、鍛えられた足腰。強豪校にありがちなオーラがにじみ出ていた。
 だが、試合が始まってから私の目は相手のペアに釘付けになった。
「すごい、なぁー……。」
 強豪を相手にしても、全く悲壮感や焦燥感を感じさせない堂々たるプレー振り。本当に試合を心から楽しんでいる様子がコート越しに伝わってくる。
 後衛のラケットが美しい軌道を描く。フォームに全く無駄なところはなく、見事なまでの安定感だ。それに連動して絶妙なポジションを取る前衛もまた素晴らしい。2人の高い戦術理解と連携が見て取れた。
 しかし試合は終盤スタミナが切れて動きの鈍った後衛がミスを重ね、ファイナルゲームの末敗れて前評判通りの結果となった。
「すまん、ゲンキ。先に2ゲーム取って油断したわ。もっと集中してれば勝てたのに……。」
「ドンマイコーイチ! 俺たち良くやったって。後は後ろの応援にまわって、運を天に任せようや!」
 落ち込む後衛を前衛が明るくフォローしている。
「星和北中、か。あーあ、来年ウチに来てくれないかなぁー……。」
 私なら、きっと後衛のコをもっといっぱい走らせる。スタミナさえ付けさせれば、この子はきっとインターハイを目指せる逸材になるだろう。これだけのセンスを持っているのにこのまま埋もれさせるのは惜しい。前衛のコはストロークがやや力不足だから、たくさん打ち込ませて……。
 コーイチくんにゲンキくん、か。
 私は2番手の試合を眺めながら、溢れる才能を持つ2人の事ばかりを考えていたのだった。

☆☆☆

 それから数ヵ月後。
 私は新入部員の顔ぶれに心底驚くとともに、何か運命的なモノについて考えさせられることになる。

「渡瀬功一です! 後衛やってました! よろしくお願いします!」
「幸田元気! 前衛ッス! 燃えてます! 頑張りマッスル!!」

 

 ……巡り合わせてくれた神様に感謝、かな。 

       

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