Neetel Inside 文芸新都
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Sweet Spot!
9th.Match 《やまとなでしこの乱》

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 湯けむり騒動で恵姉と無事和睦に成功した翌日から、しばらく星和市上空には低気圧が居座り雨の日が続いた。畢竟するに、じとっと纏わり付く湿気に耐えながらの屋内練習が続いたのは言うまでもないってコト。
 ソフトテニスはサッカーと違って、雨天決行とはいかないスポーツだ。コートに水たまりが出来るくらいに降られると、もはや使用不可能。休みになるか屋内練習に変更となる。
 そんな訳で、体育館での素振り・筋トレ、校舎の階段ダッシュ、視聴覚室での真理子先生によるテニス講義などがここ何日かの練習メニューだった。ボールを打たない部活は俺にとって本当につまらないものだった訳だが、ゲンキと愉快な仲間達で構成されているエロ軍団には非常においしいイベントだったようだ。以下に理由を述べる。
 ・女子と合同での筋トレ。……柔軟しているのを見ているだけで幸せなんだと。
 ・同階段ダッシュ。……いろいろ揺れるんだと。
 ・同テニス講義。……暗い部屋ですし詰めになってるのがすごく……いいんだと。
 このように、全く節操のない連中であることをご理解頂けるはずだ。軍団の中には宮奥さんや鬼木さんもいたので表立っては言えないけども。
「今日も、雨か。フウ、だるい、なっ……。」
「昨日予報見たけど、今週いっぱいは降り続くみたいだぞ。時期的にはそろそろだしな。」
 隣で俺より明らかに余裕の表情で腹筋をしながら、本日限定星高お天気キャスターはそう予報した。
 つまりは、梅雨の走り。
 毎年ご苦労様だ。しとしとと一月の間涙を零して、夏の高気圧の気を惹くだけ惹いてさっと逃げる。ホント、罪なヤツである。
 筋トレが終わると、キャプテンが男子全員を集めた。
「えー、お疲れ様。最近まともに打てなくてみんな大分ストレスを溜めていると思うが、土日は何とか晴れるみたいだからもう少しの辛抱だ。で、ここからが本題だが、3年にとっては最後の試合になる県総体がいよいよ迫ってきた。ついては恒例のランキング戦を出来れば週末に行いたいと……。」
 最後の試合。まだ少ししか先輩たちと一緒に練習していないのに、もうそんな時期だ。
 宮奥さんとペアを組むのもあとわずか。市長杯で迷惑を掛けてしまった分、取り返したいと思う気持ちはとても強い。その為にも、ランキング戦で降格しないコトが最重要至上命題だ。
「……、という訳でこの休みを使って一気に行いたいが、雨天の場合は平日を使って隔日で試合を行う予定だ。みんな、何か意見はあるか?」
 キャプテンが最後に尋ねたが、みんなその旨で納得しているようだ。沈黙がその証。
「よし、では各時そのつもりで。じゃあ今日は解散!」
「「「「ありがとうございました!!」」」」
 あいさつが終わって俺が頭を上げると、大半の人たちが駆け足で体育館を後にして行く。
「ん? みんなどうしたんだ?」
「…………おそらく視聴覚室イベントだろうな。」
「えっ!?」
 ぼそり、と一言呟いたキャプテンは俺の脇を通り抜けてすたすたと去っていく。そっか、女子は今頃真理子先生の講義中……、否! むしろキャプテンがイベントとか言う方が俺にとっては『イベント』だ。意外にフランキーなお方なのかもしれない。しかしながら振り返って見た先輩の背中は、何も訊いてくれるなと言わんばかりのオーラを漂わせていらっしゃる。うーむ、ミステリアス。
 体育館の時計は5時過ぎを差していた。このまま帰っても良かったのだが、外を見ると雨脚がかなり強まっていた。今帰れば傘の有無に関係なく確実にずぶ濡れコースだ。
「しゃあない、マンガでも読むか。」
 俺は小止みになるまで図書室で時間をつぶす事に決め、体育館を後にしたのだった。

 
 ガララ……。
 あまり馴染みのない場所に行く時、俺は普段の3割緊張増しモードになる。参考までに、ちょいと怯えた小動物をイメージしてほしい。おそるおそる辺りを見回し、周囲に獰猛な敵がいないかしつこく確認するだろう? 恵姉に言わせれば、俺はそんな動きをしてるんだと。
 でも、図書室はそんな俺を温かく迎え入れてくれた。わーい、閑散。
 とりあえずマンガでも読もうと思い、俺は周りに誰も座っていないスペースをいとも簡単に見つけて確保した後、席についてカバンを開け、さっきゲンキから借りたマンガの新刊を取り出した。図書室でマンガかよ、と手厳しい批評を受けること請け合いかもだが、運動後に活字を見ると異様に眠くなってしまう俺には今はこれが限界だ。
 そしていつものように帯と表紙をひっぺがす。つけているままだと読む時に邪魔に感じて集中できないからだ。でも、読む度に元に戻して帯は絶対捨てずに取っておくのもこれまたマイポリシー。これってA型の性質のひとつなのだろうか? それとも俺だけか?
 そうしてバスケットマンガの世界に浸っていた俺は、すぐに眠ってしまったのだった。さっきの訂正します、運動後はやっぱ無理。

「あのー、もう図書室閉めたいんですけど……。」
 肩をトントンされ、ゴチでオーナーに高額な食事代を請求されるときの格好で眠りについてしまっていた俺は目を覚ました。知らない内に下校時刻になっていたらしく、まばらに読書していた人影もなくなっている。
「すみません、すぐに出ますから……。」
 相変わらず頭はまだボケッとしていて体も休息を求め続けていたが、迷惑をかけてはいけないと思いがばっと立ち上がる。が、すぐに立ちくらみが襲ってきた。
「うわ、やべ……。」
「だ、だいじょぶですか?」
 体を支えてもらい、何とか無事に立つことに成功。あー情けねぇ。
「すみません、迷惑かけてしまって。」
「いえ。なんだか疲れてるみたいですね。」
 そう言ってふふっと笑った女の子の顔を見て、俺は妙にドキドキしてしまったのだった。整った顔立ちに、優しい笑み。さらさらの黒髪は腰の辺りまで伸びている。月並みな表現しか出来ない自分が何とも忌々しいが、ここで”美しい”と言わずにどこで言うよ?
「確か1年の渡瀬くんだよね?」
「はい……えっ? あの、どうして俺の名前……?」
「有名よ? よく一緒に登校してるって。」
 やばい、何かやばい。
「いえ、それは多分人違いだと思いますよ? 一緒に通っているのは多分神崎先輩のファンの誰かなんじゃないかと……。」
 早く撤退しようと思い、裸のマンガに服を着せながらしれっと誤魔化す。だが、寝ぼけ頭の俺はこの時点で既に重大なミスを犯していたことに気づいてもいなかったのだ。
「ふふ……。」
「何か可笑しかったですか?」
 笑われて若干カチンときた俺が語気を強めると、女の子はブンブンと手を振って否定した。
「ごめん、怒った?」
「いえ、別に。」
「ふふ。だって、私一言も『神崎さんと一緒に』なんて言ってないし。」
「??…………!!」
 しまった! と口をパカッと開けた俺を見て、女の子はぷっと吹き出した。
「恵ちゃんと同じクラスの草原清夏。カマかけしたりしてごめんね。ウワサの渡瀬くんがまさか図書室で寝てるなんて思わなくって。」
「なんだ、恵姉と同じクラスだったんですか……。」
 訊けばとんだ杞憂だった。クラスも同じで委員会役員同士。話題にならないわけがない。
「それにしたって渡瀬くん、恵ちゃんと違って悲しいまでに演技力無いね。嘘つけない性格でしょ? 気をつけないとみんなに知れ渡っちゃうわよ。」
「はい、精進します……。」
 見事なまでにグサリと痛いところを衝かれてしまったのだった。
 図書室を出て窓に目をやると、まだ降り止まないものの幾分雨脚は弱くなっていた。とりあえずずぶ濡れは回避できそうだ。
「じゃあ、私は鍵を返しにいくからここで。また暇があったら図書室に来てね。大体カウンターに座ってるからさ。」
「はい、そうします。」
 またねー、と走りながら草原先輩は何度か振り返ってこっちに手を振った。途中で突っかかって転びそうになったのが、落ち着いたキャラに合わず少し笑えた。
 


 まあ、そんな穏やかな気持ちもそう長くは続かなかったんだぜ!
 梅雨の走り、昇降口、靴箱にて。
「パクられた……。」
 傘が、ねぇーーーっ!!!

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「えっ!? 昨日図書室に?」
 朝、席に着くなり私は思わず大きな声で訊き返してしまった。
「うん。下校時刻のお知らせが鳴って、閉めようと思って窓の鍵をチェックしてたの。いつもはそれが合図になって皆帰ってくれるんだけど、昨日はチェックが終わってもひとり男の子が残ってたのよ。」
「で、それが功だったってこと?」
「そう。もう熟睡! いや、爆睡かなっww 声かけても全然起きないの。何回か肩を叩いてやっと起きてくれたんだけど、顔見て驚いちゃった! 渡瀬くんなんだもん。」
「でも、功が図書室にねぇー……。アイツ普段は全然本なんて読まない方なんだけど。」
 私の疑念はさあやの次のひとことでいとも容易く氷解しました。
「ふふ、マンガ広げて寝てましたー。」
「マンガ!? あんのバカはまったく……。」
 昨日はズブ濡れで帰ってきて、しばらく『クソ、カサ、クソ、カサ……!』言ってたし。試合近いってのに風邪引かなくて良かったよ、ホント。
 ……って、まあ馬鹿だから(ry。
「雨宿りしてたのかもね。昨日は結構降ってたし。」
 そう言うなりさあやはクスクスと笑い出してしまった。うん、まったくの置いてけぼりの私はいったいどうすればよぉーござんしょ♪
「オーイ、さあやどーしたぁ。ウチを置いていかんといてー。」
「ごめん、思い出し吹き出し。だって渡瀬くん、私が神崎さんって言った途端急に挙動不審になっちゃうんだもん。やっべぇ! ってそのまんま顔に出ちゃってて面白くって。」
「ハァ?? アタシ?」
 状況がさっぱり掴めない私に、ひとしきり笑い終えたさあやは昨日の騒動? を順を追って説明してくれた。
「ふむ、大根っぷりが露呈された、と。まあ良くも悪くも判りやすいヤツだからね。」
「でも、素直で優しい性格が手に取るように伝わってきたなー。それにからかい甲斐があって楽しかった。また図書室に来てくれないかなっ。」
 前方の図書委員はテルテルぼうず逆さまにでもしよっかな♪ と笑っております。
 功はみんなにどう見られているんだろう。家でのいつもの功とは違うんだろうか。さゆりもさあやも私の知らない功の一面を知ってたりするのかな…………ん、なんだ私!? 
「……ふん、どーでもええわい!」
「んん?」
 不意に口をついて出た私の言葉に、さあやはびっくりしている。
 ……かく溢した当の自分にもちょいとびっくりしましたが。
 私はなんでもないとだけ言って笑い、訝しがるさあやをはぐらかしたのだった。



 ……功は弟だし。うん、ただのおとうと。   

       

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