12th.Match 《オラクル・パニック・フットボール》

「ふぅ……キタコレ文句無し!」 
 総体を前日に控えた最後の調整の末、ついに俺は自分の打球に確固たる自信を持てるところまでの状態に辿り着けたのだった。
 新しいガットを攻略し蹂躙するという難事をいとも容易く為し得たことに、自分自身かなり驚いた。オーバーワークとも言える練習量をこなしたこともこの結果に結び付く過程の中で重要なファクターになっている筈だが、やはり何と言ってもガットから拒絶反応を受けなかったことに尽きるだろう。
 試合形式の練習でも違和感無くボールをコントロールできていたし、ファーストサーブの成功率もぐっと上がった。もう伊達様サマサマだ。
「よーし、練習終わるぞー! みんな集合してくれー!」
 いつものようにキャプテンが集合を掛ける。キャプテンの声は広い練習場一杯に響き渡り、すぐに全員が先輩のもとに集まった。
 キャプテンはみんなが集まったことを確認すると、一呼吸置いて連絡事項を切り出した。
「お疲れ。では早速本題に入るぞ。明日は7時に星和コートに集合する。今日は早く寝るようにな。夜更かしは禁物だ。それから……。」
 この締めの言葉も、もうすぐ聞けなくなってしまうんだよな。
 キャプテンたち3年生にとって、これが最後の大会となる。勝ち進めばインターハイに行けるけど負ければ即引退、という非常に非情で解りやすい条件つきだ。
「…………、まあこんな所か。先生、何か他にありますか?」
 一通り話し終えたキャプテンが坂下先生の顔を伺うと、先生は静かに首を横に振った。
「ううん、ないよ。ほーんと岩崎くんは良いキャプテンだわ。先生の言いたかったコトも全部話しちゃうんだもんなー。もうなーんにも連絡事項なくなっちゃった。」
 おどけて喋る先生に、俺たちは思わず笑ってしまった。先生は俺たちを見ながら穏やかな表情を浮かべていたが、徐に真剣なカオに変わるとゆっくり口を開いた。
「ま、明日からの総体は3年生にとっての集大成なんだから、各自悔いの残らない試合にしなさい。まだ受験モードに入りたくないんだったら、勝ち進めばいいだけの話。アンタたちにはそれを選択できるだけの力があるからね。ここまで練習を見てきた先生が言うんだ、明日は胸を張って自信を持ってぶつかっていきな! オッケーイ??」
「「「「オッケーイ!!!!!」」」」
「よし! 先生からは以上。じゃあキャプテン、バシッと締めてちょうだい。」
 先生に締めを振られて、キャプテンはパンと拳を手のひらにぶつけると、今日一番の大きな声でみんなに向かって叫んだ。
「じゃあ、これで練習は終わりだ! 全員解散!!」
「「「「ありがとうございましたーっ!!!!」」」」
 
 コート整備が終わり、道具直しジャンケンに見事負け残った俺とゲンキが用具室から部室に戻ると、まだ岩崎さんと永野さんのキャプテンペアが部室に残っていた。何となくだがこれから帰るところというよりは、むしろ2人で誰かを待っていたという感じがしないでもない。
 何か明日の打ち合わせでも練っているのだろうか?
 俺は挨拶もそこそこに、とっとと帰宅するべく汗ばんだウェアを脱ぎ捨てにかかった。
 が、簡単には帰れそうにもないキャプテンの一言が俺の背中にグサリと刺さったのだ。
「おい渡瀬。着替えながらでもいいからちょっと俺の話を聞け。」
「え? は、はい。」
「なーに、用件は単純だ。俺たちはお前を――――。」
 

 次期副キャプテンに推薦しようと思っているが、何か異存はないか?


「異存って……えっ! ちょ、ええっ!?」
 待て、今、何て言った!?
「うぇえええっ!?」
 驚いて先輩たちの方に振り向いたのは俺だけではなかった。隣では仰天顔のいがぐりパンツ野郎がその表情同様みっともない姿を晒している。
「俺としてはお前にキャプテンを任せても何ら不満はないんだが、流石に1年に任せるのは酷だろうと思ってな。だから副キャプテン任命はまあ俺と永野なりの配慮だ。」
 わーい優しい配慮だこと……って副キャプテンでも十分酷だっつの!
「俺には無理ですって! 自分の事だけでも精一杯なのに、皆をまとめる立場なんて務まるワケないっスよ! 第1まだ入部して日も浅いのに2年生を差し置いて副キャプなんて……。」
 シャツに片腕を通したままの中途半端な格好で、俺は必死に先輩方の申し出を拒否した。前述の内容は紛れもなく俺の本心そのものだったのだが、他にも断りたい理由がいくつかないことも……ないワケで。
 要は、そう言った類の肩書きには必ず面倒臭げな雑務的事項が付随されているものなのだ。
 副主将などと言うしちめんどくさい称号が与えられるということは、即ち月に1度行われる部長会議への参加を強制されるうえにその他もろもろの雑事を請け負わされるという、語れば語るほどに悲劇な現実を背負い込まざるを得ない状況へ陥るコトを示唆している。
 畢竟、純粋に練習に打ち込めなくなってしまうであろうコトは最早火を見るより明らか。
 そんな余計とも言える用件をこなしたり詰まらない会議で愛想良く振舞うなどというコトに時間を割かれるなんて、まっぴら御免被らせていただきたい!
 ……だがしかし。逆接2乗2人前。
 俺のかように浅はかな脳内思考ルーチンを、2人の先輩方はあっさり看破していた。
「そう面倒臭そうなツラすんなって。ま、否定はしないがなww。でもな、お前を選んだのにはちゃんと理由があんだよ。」
 永野さんはそう言うと、俺の目を一層強く見据えた。その真剣な面持ちに、思わずいがぐりと共にぐい、と唾を飲み込む。
「毎日の練習態度やテニスへの情熱は往々にして見て取れる。自分の事に全力で打ち込みたいっつー気持ちもな。だからこそ、だからこそお前には裏方をやって欲しいんだよ。」
「だからこそ、ですか??」
「ああ。常に全体の空気を見ながら思い通りに皆を練習させるのは苦難の連続だぜ。怠けたり意見したり反抗したりする奴だって出てくる。そういう奴の意見に耳を傾けて充実した部活にしていくことで、それがひいては試合の場面で突発的なアクシデントに屈しない強靭な精神力を持つ事に繋がっていくんだよ。」
「えっ……。」
 常に周りを見るコトで、流れを読む力や相手のより細かいトコロに目がいくようになる。自分の世界に入ってただ練習しているだけでは駄目。先輩たちの言葉は、すうっと俺の心に刻み込まれていった。全く考え付きもしない部分の指摘だった。
「いいじゃん! コーイチ、やってみろよ! お前の弱点が治るかもしんねーぞ!」
 ゲンキもすっかり俺の副キャプテン就任案承認派に回っている。
「まあ、今すぐに結論を出す必要は無いぞ。渡瀬なりに考えておいてくれ。長居させて悪かったな。明日は頑張ろうな。それから、2人とも早く寝るんだぞ。」
 キャプテンは最後にそう締めくくると、永野さんと一緒に部室を後にした。
 うーむ、しかし面倒なんだよなぁ……。
 とりあえずは先延ばしにする方向に決めると、俺は再び着替えに戻ったのだった。

 
 夕飯を済ませて明日の準備を終えると、途端に退屈になってしまった。
 明日の水曜から2日間、俺たちは平日ながら試合のおかげで合法的? に学校を休める。皆が羨む美味しいシチュエーション。正に気分上々矢印天高し! なのだ。おまけに2日目の個人戦で勝ち進めば3日目に進めるので、土日と併せると都合5連休になる。
 すなわち黄金週間の再来ってワケだ。言わずもがなだが、狙っていくつもりである。
「しかし、暇だな。ウイ○レでもやっかな。」
 暇つぶしネタ決定。そうと決まれば、すぐ行動。
 俺は部屋を出て対戦相手の部屋の前まで行くと、軽く何度かノックを敢行した。
「恵姉今暇ー?」
 俺の問いかけを聞くや否や、ドア越しに返答が投げつけられる。
「無理。うるさい。今いいトコなの。」
 なるほど。そいつは仕方ないな、うん。
 長年の付き合いで、もう声色だけで大体彼女が何を望んでいるのかわかる。きっと恵姉は今正に佳境を迎えているであろう韓ドラの虜になっているのだろう。だから今横槍を入れんとする俺は邪魔極まりない存在であり、とっとと失せなとそう言っているのだ。
「何がオモシロイんだかねぇ。」
 ぼそりとこぼした俺の小さな呟きは、
≪ケチョンケチョンニダ! アッーーーー!!≫
 ドア越しに聞こえてくる韓国語らしき奇声によってかき消えた。
 その後、部屋に戻った俺は退屈しのぎに昔読んだマンガを押入れから引っ張り出して読み漁るコトに決めた。だが既に3周くらいは読み直し、内容も知り尽くしてしまっているのでただ単に読み直すのも詰まらない。そこで今回は、吹き出しを追うだけではなく1コマずつ効果音や擬音にも重きを置きながら読むことにした。
 じっくりじっくり読み直すと、それはそれで…十分に………楽しめ……て…………。

 俺がおよそ30分程のスウィート・ドリームワールドから現世へと強制送還されたのは、彼女が俺の部屋のドアを無骨さ満点に叩きつけたからである。
「おうい功! ねてんのかー? 返事はどーしたァ!」
「んんん、ふあーい。」
 おぼろげだった意識が徐々に覚醒していく。なんとなく頬に違和感を感じて手の甲をあてがうと、べったりとした嫌な感覚をおぼえた。
「うっわぁー……うぇっううぇ↓↓」
 机の上にもたっぷりと涎をトッピングしてしまっていた。慌ててティッシュで拭き取っていると、ドアが開いて恵姉が部屋に入ってきた。
「ちょっと、アンタ本当に寝てたの? なんか用があるって言うから来てみたら……。」
 風邪引くっての、とぶつぶつなじる彼女の瞳は、幾分腫れているようにみえる。
「ん、どした? ぼーっと見つめちゃって。なんかついてる?」
「いや、それは……感動の痕なのかなーって。」
「えっ……?」
 俺の質問の意味がわからず恵姉はたじろいだが、
「……病気で死んじゃった。」 
 目の下に指をあててサインを送るとすぐに理解して、短く呟いた。
 どうやらハッピーエンドとはいかなかったらしい。
 俺が思うに、恵姉はかなりの泣き派に分類される。映画やドラマを観るときはいつもティッシュを隣に装備し、”泣き所”への準備は万全だ。まるで泣けない俺とは大違い。
「でも良い話だったから満足したけどね。で、用件はなんなのさ?」
「いや、超絶暇だったモンだから久しぶりにウイ○レでもしたいなーって思ってさ。まだ寝るには早いし。明日に向けてテンションを高めておく意味でもここは一戦! なーんてね。」
「なんだそんなコトかw。よし、なら今からやろっか! 付き合ってあげてもいいわよ。」
「お、マジで? じゃあ覚悟しなよ。恵姉を今夜こそ血祭りにあげてやっから!」
 俺の挑発をさらっと交わし、くまさんパジャマに身を包んだ恵姉は嫌味ったらしくカウンターを見舞う。
「ふん、あんたこそボッコボコにされて明日の試合に引きずったりしないでよねー♪」
「わー言いやがった! 絶対負けん! てか勝つまでやるし!」
「ふふ♪ 袋叩きにしてやんよーww。」
 俺の顔を覗き込んで、コントローラーを握った恵姉はニヤニヤ笑っている。
 ここは敢えて言わせてもらおう!


 絶対に負けられない戦いが、そこにはある――――。

 
 こうして幾度目かの因縁の対決が静かに幕を開けた。隣に座った恵姉は特に迷う様子もなくチームをポルトガルに決め、早速フォーメーションの微調整に取り掛かっている。
 けっ、ミーハー乙だぜ。これだから女って生きモンはよぉー……クソッ。
「さーてどこにしようか……?」
 前回の対戦は宿命の日韓戦だったのだが、恵姉率いる韓国の超攻撃的フットボールに我が渡瀬ジャパンはなす術もなく苦杯を嘗めさせられた。中村・中田・稲本・小野の4人で構成したダイヤモンドで鉄板だろう、と高をくくっていた俺の目論見に反し、黄金の中盤はあっさり崩壊。恵姉操るなべや○ん似の彼に我が最終ラインは何度も襲撃をくらってしまったのだった。
 しかし! 今回は彼より数段次元違いの変態テクを持つイケメンドリブラーが相手である。おそらく左右いずれかのサイドは彼の独壇場になってしまう危険性が高いので、やはり守備力に期待の持てるチームを選ばなくてはなるまい。
「コラ功! まだチーム選択に悩んでるの!? どーせどこ使ったって同じなんだしとっとと決めちゃいなって!」
「む、そういう言い方は非常に宜しくないぜ、恵さんよ。まるで俺がどヘボみたいに――。」
「だって事実でしょ☆」
 イエーイ♪ めーっちゃ、ムカツク!!!!!!
 でも恵姉は確かに強い。やっぱ守備と言ったら……。
「ここしかないっしょ!」
「お、アズーリか。うん、アタシに歯向かうならそれくらいじゃなきゃだねー。」
「ローマの王子様に全てを託すぜ! 勝負!!」
「ふふん、望むところよ!!」
 ホイッスルが鳴って、おなじみジョン・カ○ラさんの声で試合開始が告げられた。
 試合は序盤からポルトガルの圧倒的ポゼッションサッカーに我らイタリアが押される展開。恵姉の扱うC・○ナウドは元々の超人的なドリブル技術に更に磨きがかかり、単にプレッシャーを掛けに行っても軽くいなされてしまう。ただ、言い訳じみているとは思うが1つ説明すればこのソフトは3年程前のものでまだ○ナウドはさほど能力が反映されておらず、従って”補正”が掛けられている。要はフィー○たちポルトガルの黄金世代に今の力をもった○ナウドが加わっているようなもの。なんつーか、遮二無二卑怯な布陣ってコトさね。
 俺はすぐさまゴール前を固めてカウンターを狙う戦術に変更し、敵の猛攻を凌ぎに凌いだ。ボールを奪うと前線に残る○ッティーにボールを預け、何本か決定的なシーンも作れたのだが試合は均衡を保ったままロスタイムへ突入。このまま前半は終了かと思われた。
 しかしロスタイム終了間際のコーナーキック、ゴール前の混戦からこぼれ球を○ナウドがたたき込みポルトガルに先制を許す。そのまま前半が終了してハーフタイムに入った。
「やったねー先制点ゲット♪」
「ぐっ……。」
 ちょ、したり顔でピースすなァ!!!!
 女の子のクセに、小憎らしいほどの巧みさだ。俺よりずいぶん後からサッカーゲームの世界に飛び込んだはずなのに、今や実力は完全に逆転してしまった。サッカーゲームにおいては男女間の体力差は存在しない。やりこみ量・センス・そして……相性で勝敗が決する。
「サッカーは戦術よー。タ・ク・ティ・ク・ス☆」
「畜生…………どぅあーーーーっ!!! 戦術変更!」
 まだだ、まだあと半分ある。余裕で逆転可能だ。
 コントローラーを投げつけたくなる衝動をおさえながら、俺は選手を励ますべくロッカールームへと向かったのだった。
 ハーフタイムで先発メンバーを2枚チェンジしたものの、後半もポルトガルの容赦ない攻めが続く。こちらの意図した逆を突かれたり、ほんの小さなスペースを狙われスルーパスを通されたりと、分厚い波状攻撃にてんてこ舞いだった。何度もゴールマウスを脅かされながらもポストやクロスバーに助けられながら、必死にイタリアは1点差を保っていた。
 そのまま試合は中盤に進む。ここでサッカーの神様は、俺たちにひとつのドラマチックなシチュエーションを与えた。
 それまで獅子奮迅の大活躍を見せていたC・○ナウドにアクシデントが起こる。何でもないファールで彼は膝の靭帯を損傷し、退場を余儀なくされてしまったのだ。
「えええーっ! ちょっとなんなのよぉー!?」
「ちょっと体押しただけだったのにねえ。これは運が悪かったとしか言いようがないな。」
「そ、そんなぁー……。」
 フヒヒ、ざまぁwwwwww。
 痛みに顔を歪める画面の彼と同じように、ブラウン管越しに悲痛な面持ちで文句を垂れる若い女指揮官を横目に、俺は秘かに悪魔の笑みを浮かべた。
 攻撃の基点だった彼が抜け、互いの実力差は一気に縮まった。
 俺はここぞとばかりに最後の交代カードを使い、攻撃的なプレーヤーを投入して一気呵成に攻勢を仕掛けた。だがそこは歴戦の兵、恵姉もなかなか得点を許さないばかりか時折切れ味鋭いカウンターを見せる。試合は膠着状態の中終盤を迎えた。
 両チームともスタミナが落ちて動きが悪くなる中、シュートコースを見つけた○ッティーがミドルシュートを打つ体勢に入った、その時。


   ≪♪アナタ追って出雲崎ィ~、かなしみーのォ、日本海ィ~♪≫
 

 ……恵姉のケータイが唸りを上げた。なんつー着ウタだよまったく。
「ハイもしもし。お! さあやか☆ どしたーん??」
 どうやら相手は草原先輩のようだ。恵姉は時折ケタケタ笑い声を出して、電話口で笑顔を見せている。ただ待っているのも暇なので、会話に華を咲かせる女性陣をほっぽり俺は再びフォーメーションと攻撃意識の確認をすることにした。
「うん……そうなの臭いよねぇーアレ……あは、ホントに?……うん…あ、うん明日から試合だよー。うん、うん……え? 今? うん、隣にいるよ。かわろっか?? ちょっと、功!」
「あん?」
「さあや。ほら早く。」
「え? 俺?」
 早くって……いったい何をしゃべりゃいいんだよオイ。
 恵姉に急かされ、俺は1度咳払いをして渡されたケータイを耳に当てた。
「替わりました、渡瀬です。こんばんはです。」
「ふふ、こんばんはー。なんか電話だと声が違って聞こえるね。」
「え、そうですか?」
「うん。なんかシブいww。」
「ちょ、ええっ!?」
 意表をつく形容に俺が驚きの声を上げるや、先輩は笑い出してしまった。
「あっははは……。あーおっかしーww。」
「笑いすぎっすよ! なんかへこむなー。」
「ごめんごめんw。そうだ、明日から試合なんだよね? 頑張ってね! 応援してる!」
「ありがとうございます。じゃあ図書館に試合の結果を報告しに行かなきゃですね。」
「えっ、ホント!?」
「いい結果が出たらですけどww。」
「あはは。待ってまーす。」
「はい。じゃあ恵姉と替わりますね。」
 受話器から耳を離そうとすると、口調をやや強張らせた先輩は俺を引きとめた。
「あ、渡瀬くんちょっと待って!」  
「ん? なんか言い足りなかったっすかー??」
「あの……。えっと……。」
「??」
 ここでまさかの沈黙へ。受話器の先で口ごもる先輩の声ともつかない声を聞きながら、俺は意識を耳に集中させ続けていた。
「どうしたの? 功?」
 恵姉も俺の様子に気づいたのか、怪訝な表情を浮かべている。いや、俺にもよくワカンネーよおお。
 しばらくすると、先輩は思い切ったように一段と強い口調で告げた。
「か、必ず図書館に来てね!! それだけ。じゃあねっ!!」
「? はい、了解です。おやすみなさいです。」
 

 

 はい、通話終了。