Neetel Inside 文芸新都
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Sweet Spot!
13th.Match game1 《Go tight 総体 運命のshowtime》

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 枕元にある時計に目をやると、時計はセットされた時間の10分前を差していた。
 おお、なんと健やかな目覚めだこと。
 普段は時計のスヌーズ機能の力に頼って目を覚ましてもらうのが常な俺でも、テニスに関して言えばそれは全く別の話だ。昨夜はそんなでもなかったが、寝付くのも普段より遅くなる。例えるなら遠足前夜のあのウキウキ感だ。
 ……って小学生か俺は。
 ゆっくりと上半身を起こしにかかり、とにかく今日は頑張らなきゃなー、などとぼんやり考えながらカーテンを開ける。『てるてる坊主作っときなさいよー♪』などと昨日眠る前に恵姉に言われ、ガキじゃないんだからとツッコミをいれたのだが、その後密かに作って吊るしておいたのできっと良い天気のハズだ、間違いない! 
 勿論このことは彼女には秘密だ。トップシークレット。
 …………が。
「ちょwwwwwwへのへのもへじwwwww。」
 窓ガラスにかかる無数の水滴ごしに、白黒混合比およそ4対6といった具合の空がのさばっていたのだった。幸い雨は降り止んでいたが、周りの家の屋根瓦の色や道路の湿り具合からして、コートにはまだ水溜りが張っている可能性が高いことが見て取れる。
「最悪のコンディションじゃねーかよ! おまっ、仕事はどーしたぁ!」
 机の蛍光スタンドにぶら下がったてるてる坊主に視線を移すと、彼の首はがっくりとうなだれていて、まるで己の力不足を嘆いているかのように映って見えた。
 
 テニスをする上で、雨はほとんど何の得にもならない。
 
 湿ったコートをボールが跳ねるたび、ボールの表面が水で濡らされる。濡れたボールはラケットコントロールが非常に難しいのだ。おまけにコートに足をとられやすくなり踏ん張りが利かないため、いつもなら余裕を持って追いつける打球も返球が難しくなってしまうことも考えられる。つまりは実力を100%発揮出来ない危険性が著しく増してしまうってコトだ。
 まあそのおかげで番狂わせの起きる可能性が幾分上がったりするんだけど。
 
 コートへ向かっている途中の車内、流れる外の景色をぼんやり見ながら再び襲ってきた眠気に負けそうになるたびに俺は隣に座る恵姉にデコピンされていた。
「痛いっての! 恵姉のはツメが痛いんだって。頼むから中指だけ深爪してくれない?」
「嫌よそんなのみっともない。それに元々爪伸ばしてないわよ。伸ばしたくてもテニスやってちゃ伸ばせないでしょ?」
 そっかそっかそりゃそうだ……じゃあ何だろ、やっぱ撃ち方かなぁ?? 皮膚に接する角度が肝心っぽいから……。
 俺が何度もはじく動作を繰り返して恵姉のショットテクを考察していると、 
「っていうかアンタ緊張感ないわねぇー。ちゃんと眠れなかったんじゃないでしょうね?」
 呆れ顔でダメ出しされました。
「ちゃんと寝たって! 敗戦のショックでしばらく眠れなかったのは確かだけどな。」
「それは……功の実力だから仕方ない。」
「ちぇっ。あーあ、○ッティーがどフリー外してなきゃなぁ……。」
 あの電話の後、ポーズを解除するなりミドルシュートを放ったのだが、シュートゲージを溜めすぎてしまい結局”宇宙開発”に終わってしまったのだった。試合終了後のくまさんパジャマさんの勝利の舞いを指をくわえて見せられた悔しさといったら無かったぜオイ!! 
 あー、ちくしょう。
 
 星和コートに到着した俺の瞳に飛び込んできた光景は、予想通りのものだった。
「ほら功、行くわよ! 向こうの3番コート。みんな集まってるみたい。」
「うぇーい……。」
 各コートにそれぞれの学校のジャージやウェア姿の男女が散らばり、地べたに這いつくばっていた。何も知らない一般人が眺めれば、おかしな宗教の信者達がせっせと信仰に熱を入れているかのような誤解を招きかねない行動だろうと思う。
 ずばり言うと、コートに張った水たまりを野球のベース程度の面積のスポンジで吸い上げているのだ。一見したところそこまで大きな水たまりがある訳でもなく、しかも人工芝のコートで水はけは良いのでさほど時間を割かれる心配もなさそうなのだが、それでもあまりやりたい作業とは言えなかった。なんせ朝っぱらだ。
 恵姉と別れて男子の集合場所に荷物を置きに行くと、ブルーシートに座って荷物の整理をしているマネージャーの姿があった。
「あ、渡瀬くんおはよー。昨日はちゃんと眠れましたか??」
「寝たってば。恵姉と同じコト言うなっての!」
「あっははw。あ、荷物はテキトーにその辺りに置いてていいよ。私が見とくから渡瀬くんもコートに向かってくださいね。」
「了解。じゃあラケットは任せた!」
「ハイッ♪」
 ぺしっ。
 こっちに向かってカッコ良さを微塵も感じさせない愛くるしい敬礼を見せるマネージャー。
 そのあまりの不似合いなジェスチャーに俺が思わずふきだすと、それを見たマネージャーは顔を真っ赤にして照れてしまった。やらなきゃよかったとばかりにうつむき加減のポニーテールさんを前に最早完全にツボに入ってしまった俺は、ニヤけてぜんぜん笑いが押し殺せないままみんなが作業している3番コートへと足を運んだのだった。
「ゲンキおつー。」
 しゃがんでちっちゃく丸まっただんごむs……もとい、ゲンキは俺の声に気づくとこちらに向き直った。その額にはうっすらと汗をにじませている。
「ようよう遅いぞコーイチぃ。こちとらもう30分以上は地べた這いずり回ってんぞコラ。」
「そいつはご苦労なコトで。あとでジュースでもおごってやろか?」
「けっ、ジュースくらいじゃ俺の気持ちは動かねーよ。あのなぁ、俺のココロはなぁ――。」
 こちらに向かってゲンキが心の重さ? とやらを演説しようかとしているところに、荷物を置きに行っていた恵姉が合流した。
「ゲンキくんおっはよー。さっきキャプテンが言ってたんだけど、一番乗りでコート整備してたんだってね! 偉い! コイツに爪の垢煎じて飲ませたいくらい。後でジュースでも奢ったげよっか?」 
「まーじっすか!!?? イェーイみなぎってきたァーっ!!!!」
 ……オイ、この反応格差はなんだ? 言ってる事は同じだろう? 
 わかりやすく軽くないか、ココロ。
 
 コート整備は20分ほどで終わった。まだ少し湿ってはいるが、何とかプレー出来そうだ。
 集合地点に戻ると、ちょうど各校顧問同士の試合前のミーティングを終えて先生が戻ってきたところだった。
 先生から対戦表を渡されて皆で覗き込むと、星和の文字を第2シード付近にて見つけた。前回対戦した城西は優勝したので勿論第1シード。第2シードは準優勝した名治商業だった。市長杯決勝ではストレートで敗れているものの、どちらも接戦だったらしく危険な相手であることは間違いなさそうだ。
「見ての通り、順当に勝ち進めばベスト4を懸けて名治商と争うコトになりそうね。実力的には互角だから、気持ちで引いたほうが負けよ。でもまずはベスト8まで勝ち上がるコトだけを考えなさい。各自ウォームアップをしっかりやって体を冷やさないようにする事。いい?」
「「「「はい!!!」」」」
 2日目に進める条件は、ベスト4に残るコトだ。勝ち進んだ場合、明日はその4チームでリーグ戦を行う。そこで1位になったチームにインターハイ行きの切符が、2位のチームに地区大会の切符が渡されるってワケだ。
「うん、まずはベスト4に入らなきゃだな……!」
 心の中で想っていたことが、知らず知らずのうちに声に出てしまっていたらしい。俺が脳内決意を固くした後再び先生の方に顔を戻すと、先生をはじめ男子部みんなが俺の顔を凝視していると言う、かなりに恥ずかしい場況になっていた。
「えっ!!?? な、なんすか???」
「「「「まずはベスト4にはいらなきゃだなぁwwww。」」」」
「うぇ!? ちょ、やめてくださいってー!」
 一同、大爆笑である。こちとら顔から爆炎噴射だってのに。
 みんなが笑い転げている中、先生はその様子を柔らかな表情で眺めていた。
「渡瀬くんのおかげでみんなの緊張も少しは解れたみたいね。よし、アンタたち! 今日ベスト4入り出来たら帰りにみんなに焼肉おごっちゃる!!」
「「「「おおっ!!!!!」」」」
 もう全員顔色がマックスにキラキラだ。焼肉食べ放題権をゲットした今、試合に出る者とそうでない者の間に横たわる見えない壁も一気に取り払われた。
「おい、頑張れよ! 声が枯れるまで応援すっから!」
「キツくなったら後ろを見ろよ。お前らは一人じゃないんだからな!!」
 みんながレギュラーを盛り上げている。今や星和の心はひとつになった!!
「オッケイ、みんな今日は試合に応援に暴れまくってちょうだい!!! じゃあキャプテン、今日の抱負を頼むわ。」
 坂下先生からのアシストを受け、岩崎さんは眼鏡のポジションを中指で整えると、いつものように声高らかに宣言した。
「よーし、みんな! 今日ここに観に来た観客を全員星和ファンにしてやろうぜ! 俺たちのテニスを魅せつけてやろう!」
「「「「っしゃあ!!!!」」」」
 こうして高校最初の県総体がその幕を開けたのだった。

       

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