Neetel Inside 文芸新都
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Sweet Spot!
13th.Match game2 《刺激戦》

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 いよいよその時が来た。
 ベスト8を決める3回戦に快勝して、チームのボルテージを自分たちの力で最高の状態に引き上げて挑むは、聳え立つ真っ黒き6人衆。
「では、これから星和対名治商業の試合を始めます。礼!」
「「「おねがい――『『『ううぇらっっしゃーーーっす!!!!』』』」」」
 聞いての通り、それなんて不良校である。俺たちも日に焼けてはいるが、彼らはまるで普段学校の授業を全部テニスに充てていたかの様な黒さだ。間違いなく6月の肌ではない。
 先輩たちに試合前に言われたのが『熱くなりすぎるな』の一言だった。アドバイスの真意を掴めないまま俺は曖昧に首肯するしかなかったのだが、主審の合図でネット前に駆け寄り整列した瞬間、その意味を十二分に把握できた。茶髪・ピアス・タトゥー・ルーズな身なり。
 かなり堂々とスポーツマンシップに反している。
 挨拶が終わり顔を上げると、相手の1人が俺を見ていた。何だろうと思っていると、いきなりニヤっとヤニだらけになった汚い歯を向けられた。
 明らかに侮蔑の意の籠った、人を小馬鹿にする類の微笑み。
 これから対戦する相手にそんな行動を取るのは、はっきり言って失礼だと思った。テニスに限った話じゃないが、対戦相手に敬意を表するのがスポーツのあるべき姿じゃないだろうか。敵意を持たれるのは一向に構わないけれども、それを表に出すのはルール違反だ。
 キッと睨むと、そいつは更に面白がって舌をペロッと出し、ベンチに戻っていった。
「なっ――。」
「おーい渡瀬ちゃん、ちゃっちゃとアップしに行くぞー。」
「あ、はい!」
 あの野郎は絶対に許せない。これまでの試合で俺を一番怒らせたのはヨコだったけど、ヨコが威嚇や挑発をするのはゲームの中だけであって、守るべきルールはちゃんと守っている。
 あんなモラルのかけらもない態度を取る愚か者は、徹底的に叩き潰してやらなければ気が済まない。
「え? 渡瀬ちゃんの正面に並んでた茶髪のヤツ?」
「はい。パーマがかかってて、右目の上にクロスした傷があって、それで左利きの……。」
「あーあーアイツかー。」
 広場について遠打をしながら、声を張り上げて宮奥さんに尋ねる。茶髪と聞いて一体どの茶髪かと判断しかねていた宮奥さんは、俺が外見を見たまんま並べると首を傾げて見上げていた空からぱっと視線をこちらに戻した。
「そいつは2年の向井っつーヤツで、有名なワルだよ。喧嘩っ早くて他校の3年を殴ったり後輩をイビったり他にも色々問題起こしちゃってて、向こうの監督も困ってるみたいね。」
「そーなんですか……。」
 かなり容易にイメージできる。あの面は人を見下しこそすれ、尊敬なんか絶対しない顔だ。
「ただテニスの腕はかなりのモンだぜ。左利きってだけでも厄介だってのに、天才的なセンスをもってやがるかんねー。相手の裏をかくのが妙に上手いんだよ。ちなみに去年シングルスでインハイ出てるしね。」
 団体のレギュラーも1年から掴んでいて、結果だけは残しているから少々の非行も目を瞑らざるを得ない、ってトコだろうと先輩は続けた。確かに実績だけ見れば優秀そのものだ。
 でもスポーツマンとしてはチンカスじゃないか。それに大体俺に何の文句があるってんだ?
「んが!」
 思い切りボールを打ち上げてえもいわれぬ憤りを消しにかかると、高く舞い上がったボールは先輩の頭上を大きく越えて、奥で練習する他の選手の場所まで転がっていってしまった。
「わー! すんませーん!」
「よかよか! タイガーも真っ青だねこの飛距離は!」
 畜生、何故こんなにイライラしなきゃならないんだ。
 先輩が他校の輪に入ってボールを捕っている様子をぼんやり見ていると、メールが届いた。

   『いえーい☆』

 お、やったじゃん。
 
 宮奥さんはそのまま他校の女子となにやら談笑を始めてしまっている。俺は広場を飛び出して、ひとまずコートへ向かうことにした。

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 2日目の切符を手にしてコート上でつかの間の喜びに涙していた私たちは、気持ちを切り替えるとすぐに男子の試合が行われている6番コートへと足を運んだ。
 まだインターハイに行けると決まったわけではない。それでも、前回悔しい負けを喫した昂徳高を相手にリベンジを果たしてのベスト4進出はやっぱり嬉しくて泣けた。
 まだ震えの収まらない右手に勝利の余韻が残っている。前回と全く同じオーダーで挑み、同じ相手と今度も3番手で相対することとなった。
 心に余裕を持つことができた。市長杯では周りの声が全く聞こえなくなり自分を保てなくなった終盤だったけれど、今日は最後まで集中していた。みんなの応援が自分のプレーの勢いとなってポイントに現れるのを、しっかり肌と頭で感じられた。
 コート裏で応援している男子たちと合流すると、キャプテンペアの試合が丁度終了した所だった。既にスコアボードがゼロに戻っていて勝敗を確認できなかったが、ベンチ前では坂下先生からのアドバイスが行われていて、先輩たちは時折笑顔を見せながら話を聞いている。どうやら勝った様子だ。
「1番手勝ったみたいね、恵。」
「うん。このまま鬼木さんたちも続いてくれないかなぁ。」
「だいじょ『余裕で勝ってくれるっての!』」
「「え!?」」
 いづみと私が声の主へと振り向くと、いつの間にか私たちの真後ろに功が来ていた。
「功一くん!」
「お疲れ様でした! 寺岡先輩マジでカッコよかったです。」
「ありがと♪ 惚れるなよ☆」
「…………、オホン!」
 恵姉の、あっぴーる↑↑
「あー、恵姉の試合までは見られなかったけど、勝ったんだろ? やれば出来んじゃん!」
「うっさい! って言うか功ももうすぐ試合でしょ? こんなトコにいちゃ駄目じゃない!」
「心配すんなって。きっと俺の出番は無いよ、良い意味でね。」
 コートを見ながら全てお見通しだとばかりに達観の表情を湛えたバカがひとり。
「はあ?? アンタ何様なのよ! とっととあっち行け――!!」
「あれ? 目が赤いけどひょっとして泣いた!? いくらなんでも気がはやいんじゃ……。」
「バカ! そんなワケ無いでしょ! いいからアップしろ!!!」
 しばらく私の顔を覗き込んでいた功だったが、慌てて目をこすりしっしっと両手で追いやると、ポケットに入れていた右手を出してこちらに向かって拳を差し出してきた。
「功もしっかりね。」
「おう。」
 腕を伸ばす。私の拳と重なると、コツンと良い音がした。
 それで気が済んだのか、功はくるりと背を向けると広場の方へまた走って行く。
「まったく……。」 
 会話が終わっていづみのほうに向き直ると、いづみはニヤニヤしていた。
「ふぅーん。へぇーっ。」
「な、なによ?」
「んにゃ別にぃー。ほうほうと思ってね。」
「ほうほう???」
 腕組みをしたまま、親友はずっと妙に何かを湛えた笑いを私に向けつづけていたのでした。

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 押し気味に進めていたけれど、終盤でひっくり返された。
 2番手の試合を惜しくも落としてしまい、決着は俺たちへと委ねられた。ガックリ肩を落として悔しがる鬼木さんを宮奥さんは宥めると、俺の瞳を睨みつけるように見据えた。
「緊張は?」
「適度に。」
「もう一度言うぞ。熱くなりすぎるな。自分のプレーを出し切ることだけ考えろ、いいな!」
「了解です。」
「よし、行こう。あちらさんも出て来たぞ。」
 ネットの向こうに、舌をべろべろと出してはほくそ笑む向井の姿がある。まるでこれから俺たちを料理するのが楽しくて仕方ないかのようだ。
 でも、そう簡単には捌かせない。
「これより渡瀬・宮奥ペア対向井・相沢ペアの試合を始めます。礼!」
「おねが『ちゅっす』ます!」
 あ、挨拶もろくに出来ないのかこいつらは……!
 顔を見るのも嫌だったので、俺は視線を合わせないよう相手に背を向けて後衛のポジションに着こうとした。だが、背後から漏れてくる次の声を無視することは……出来なかった。
「ヘボはさっさと負けて帰れよ、なあ?」
「なんだと!!」
 さすがに我慢できず振り返ると、それを待っていたかのように向井は唾を吐きかけてきた。慌てた審判が俺たちの間に割って入り大事にはならなかったが、両校の応援席はざわつき、不穏な空気がコート中を包みこんだ。
「集中しろ! 挑発に乗るな! ボールだけ見ろ!!!」
 見ず知らずのやつにさんざん馬鹿にされ自分を見失いかけていた俺に向かって、宮奥さんはこれまでで一番強い語勢で注意してくれた。おかげで正気に立ち返った俺は、その後のゲーム前の乱打でもさんざん向井に挑発されたものの、なんとか平静を保てたのだった。
 そうして乱打は終わり、高らかな主審の合図でいよいよゲームが始まった。
 第1ゲーム。まずサーブを打つのは相手の向井だ。
 俺は腰を低くして構える。トスが上がってラケットが振り抜かれた。
 ボールはネットにかかり、フォルト。向井はすぐにセカンドサーブの構えに入っている。
 宮奥さんにセンター打ちのサインを送って、レシーブに備える。
 ボールが来た。打ちごろだ。
「はい!」
 真ん中に飛んだレシーブを相手の前衛が打ち返す。しかし返球コースを読んだ宮奥さんがきっちりボレーし、最初のポイントを奪うことに成功した。
「よっしゃあ!!」
 完璧なボレーに応援席も一気に盛り上がる。やっぱり調子は悪くなかった。
 俺は自己の高い充実感を前に、ある意味楽観的な気持ちでゲームに入れたのだった。  

       

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