Neetel Inside 文芸新都
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Sweet Spot!
16th.Match game2 《tha time is strong》

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「うん、じゃあ今からおいでよ。いづみにも聞いてみるから3人で……あ」
 そこまで言って口をつぐむと、恵姉はこちらをちらと見やってぼそりと続けた。
「あとね、ここにもうひとりいたわ。全く集中を欠いてるアホが。うん、そうそう図書室を仮眠室と勘違いしてたヤツよ。うん、わかった。じゃあ待ってるねー」
 何かすごく失礼な物言いをされているお方がいたような気がするぜ。いったい誰のことだろうか。図書室? 何の話だ? いや、言っておくがそれは断じて俺ではありませんよ? だって今は俺、ひたすらに怠惰に過ごす事に集中しているからね。
 ってか草原先輩までそんなことを思っていらっしゃったなんて。確かに静かな環境に思わずグースカ寝てしまった俺に救いの余地はないんだけどさ。でもそれってよくあることなのではないでしょうか! 図書室って、こう、イイんですって!
 それからしばらくふたりはキャッキャしていた。話題は誰かの罵倒に終始。残念なことに主語を聞くことが出来ず、誰のことかはわからなかった。可愛そうな誰かさん。おや、なんか目にゴミが入ったみたいだ……汁が……。
 最後、相手に見えていないのに手を数回ひらひらさせて恵姉はケータイを切った。やおら斜めに構えていた体をこちらへ向き直る。
 その気配を察知して、とっさに対面の顔へ送りつづけていた目線を教科書の公式へと落としにかかる。もう1時間前から開いたままになっている30・31ページだ。見開き左に載りましたるは黄色の蛍光ペンで四角に囲まれた太字の怪数式。横に赤ペンで「重要」と加筆されている。そのすぐ隣には、落書き。サッカーゲームで当時使っていた4-2-3-1システムと、どう見ても適材適所な配置が施されたワールド・ドリーム・メンバーズ。この顔ぶれには見覚えがある。確かこれは1ヶ月前位のものだ。当時のチーム内得点王がアンリで、司令塔のカカもよく働いてくれたんだっけかな。あのメンバー構成はチートすぎた。全勝優勝したもんな。
 随分前に学習した筈なのにまるで記憶に残っていない公式たちとは裏腹に、ゲームに関してはフォーメーションを見ただけでかつてのプレー記憶を簡単に呼び起こすことができる。この著しい我が脳内記憶容量差分はどこから生まれているのだろう。不思議だ。
 やがて役に立たない記憶だけは簡単に引っ張り出せてしまえる自分自身が情けなくなってきて、不意に先に堪えたはずの水分をまたこぼれ落としそうになる。
「ぼんやりしてないで顔をあげなさい」
 目線は公式に置いていたのにバレますた。本当に怖いです。あなたはどうして俺の思考をそうやすやすと把握できる? 
「だが断る」
「断るなっ」
「……なんだよ」
 どすの利いた声が幼気な俺の心を握りつぶしにかかってくる。観念して顔を教科書から上げると、流し目をキメたお顔には、うっすらとだがいぢわるそうな笑みが浮かんていた。心なしか楽しそうだ。いや、かなり楽しそうだ……。
「今からさあやがうちに来ます」
「そのようですね。一体何用ですか? 何やら俺も頭数に入ってたみたいだけど」
「勉強会よ」
「さよけ」
 なるほど。そいつは色々困ったことになった。現状から言うと、俺はまだ草原先輩に会う準備ができていないわけで。きっと今顔を合わせれば困ったことになる気がする。どの面下げて会えばいいんだっつー話だ。
「3人でやりなよ。俺はいい」
「え、どうしてよ」
 寺岡先輩を呼び出そうと画面に視線を向けてボタンを押していた恵姉だったが、俺がその輪に加わりたくないと聞くや、ばんっとテーブルに手をついてこちらへ身を乗り出してきた。思わず反射的に後ろへ仰け反る。ダークな微笑みは途端にお怒りの形相へ。別にそこまで髪を振り乱さなくともいいと思うぞ。
 威圧的な雰囲気に耐え切れず顔を背けると、しっかりと右手に握られたピンク色のケータイがなんだかとても息苦しそうに見えた。何というシンクロだろうね。
 どうしてもこうしてもない。やりづらいんだよ、今は。
「女が多くて息苦しいのが目に見えてるからだよ。俺はひとりでやるから恵姉たちは自分の部屋でやってください。家庭教師はまた今度でいいからさ」
「いいえ、ダメよ。申し出を拒絶します」
 ばっさり。あっさり。俺の退路は遮断されてしまった。しかし、簡単には引き下がれない。
「なんでさ。別に俺が居なくたって問題ないだろう? 2年生同士でやればいいじゃないか。俺がいてもみんなの足を引っ張るだけだし効率が悪いだけだって。折角仲良し同士集まるんだからさ、思いっきり集中して取り組んで欲しいんだよ」
 これも本心だった。成績に波のある恵姉はともかく、後の2人は学年トップクラスの成績を維持していると常々風のウワサに聞いている。なのにこんな低レベルな俺が足を引っ張って先輩たちの勉強の邪魔なんかして、それでもしも成績を落とされでもしたらそれこそ一大事だ。ここは大人しく身を引いて、ゲンキの家にでも避難するのがもっとも得策だろう。
 しかしそうは問屋が卸さなかった。相手は恵姉である。
「うるさい。ごちゃごちゃ言ってないで鉛筆握る!」
「いや、だから俺は」
「お黙り!」
 ……オーケー。これ以上の拒絶は危険、以降の問答は生死に関わると五感が告げてくる。
 こうして時折俺に与えられている筈の人権を力でねじ伏せるのが、目の前におる居候先の長女さん、星和シティに生まれしモンスターシスターである。ちなみに旦那、こいつは鉛筆じゃなくてシャープペンシルですぜとも言えず、俺は黙って問題を解く作業に戻らざるを得なくなってしまった。

       

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