2nd.Match game2 《衝撃》

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「なんだなんだ? こんな所でいったい何をおっぱじめようってんだ? 何かの試写会か?」
「OHPを使っての戦術講座、かな?」
「真理子先生のスーパープレー集、とかだったり?」
「ぶはっ。それイイ! 激アツ、ならびに灼熱ーっ!」
 1年の実力テストからまだ日もそう経っていないある日の昼休み、3年生からのいきなりの臨時招集がかかり、視聴覚室に集まった1・2年たちはざわめき、色々な憶測を飛び交わせていた。
「ふぃー、危っぶね! さっきまで完璧忘れてたし。危うく会議スルーしちゃうトコだった。俺ってばナイス記憶力!!!」
 集合時間ギリギリに席についた俺に、
「おい幸田、渡瀬がまだ来てないんだよ。なんか言ってたか、会議出れないとかって?」
 と心配顔のヨコが尋ねてきた。
「いや、特に聞いてねーぞ。」
 アイツ、どうしたんかな? 冗談でも遅刻するようなキャラじゃねーぞ。五分前行動→まさかの腹痛イベント発生→実弾投下中……?
 俺がウンウン考え込んでいると、岩崎さんが教壇に立ち、意を決したように口を開いた。
「静かに! みんな揃ったようだな。時間があまりないから、早速本題に入るぞ。」
 ちょ、まだだっつーの!
「あっキャプテン。まだ渡瀬が来てないんですけど……。」
「いいんだ。」
 ヨコが尋ねたが、間髪いれずキャプテンはそれを制した。
「みんな、よく聞いてくれ。今日皆に集まってもらったのは他でもない、渡瀬功一の団体戦レギュラー入りの件についてだ。」
「なっ、ええーーっ!!!!」
 やべっ。思わず声が出ちゃったゼ。
 俺が周りを見渡すと、みんな突然の報告にびっくりして息を呑んでいる。
「驚くのも無理はないな。でも、これは先日の実力テストをみての、先生と俺たちレギュラーの総意でもある。」
 せ、先生とレギュラーの総意!? おいおいマジっすかー!! ひゃーっ☆
 おいおいコーイチさんよ、聞こえているかい? 君は今まさに大人の階段を昇るシンデレラ状態なんだよ……。
 俺の思考回路は完全に混沌としてきた。キャプテンは尚も続ける。
「多分みんなある程度あいつのセンスに気が付いていると思うが、球の力・ボールコントロール・冷静な判断力、どれをとっても十分にレギュラーレベルにある。」
 みんなは一様にカクカク頷いている。
「それだけなら、今の2年にそのレベルに近しい存在もいるのだが、あいつの最大の武器はテスト2球目のロブにみてとれる。俺は1球目のあいつの返球である程度の力を感じとれた。だから、あえて2球目は強めに球出しをした。おそらく渡瀬は打球体勢に入った時、一切幸田の動きが見えていなかっただろう。」
 ……確かに。コーイチはボール追いつくのが精一杯で、コースの選択をしている余裕は一切なかったはずだ。
 普通の奴なら、前衛に引っ掛けずに返球しやすいストレート方向に打ち返したくなるところである。
 だから、あの時俺はコート中央ネット際に動いて、ボレーに備えた。
「あの時の幸田の判断は悪くなかった。良く相手の動きを見ていたし、動きに無駄な所は一切なかったからな。でも、おそらく渡瀬は返球するほんの直前か、もしくはボールを追いかけている時点で既にそういった幸田の心理を読み取っていたのだろう。そうじゃなければバックハンドで逆クロスにロブなんて揚げられないし、まずテクニックに自信がなければ選択肢にすら入らない。」
 少しでも打球が短くなれば、相手の前衛にスマッシュボールを提供する事になってしまう。1つのプレイが戦況を大きく変えてしまうテニスにおいて、そういった行為は自殺行為と同義だ。
「俺はあの2球目で事実上、渡瀬のレギュラー入りを推薦することを決めた。アイツの戦況を読む眼、あれは星和にとって、必ず確かな力になる!」
 いつも冷静な岩崎さんが、唇を震わせて声を荒げている。俺たちは先輩の真剣な眼差しに見入っていた。自然に拳に力が入る。体の奥底から熱いものがこみ上げてくる。
「イワっち、だいじょぶか? テイク・イット・イージーね!」
「……すまん、少し落ち着こう。」
 宮奥さんの一言に、キャプテンはふーっと深呼吸をして息を整えた。
「あくまで予定だが、渡瀬には再来週の市長杯大会で団体戦に出てもらおうと思う。」
「「「「おおーっ。」」」」
「ただ、渡瀬には課題を出してそれをクリアできるか否かで出場を決めたいと考えている。」
 課題? なにをやるんだ……?
 アイツの苦手なコト……?
「克服してもらう課題とは、外周6キロ走を20分以内で走破できる体力をつけることだ。テニスを行ううえで、フットワークと持久力は欠かせない要素だ。だが、これまでのデータを見るにあいつのスタミナ不足は致命的だ。それが自分の力をフルに引き出す足枷となっている。さらに良くないことに、あいつはおそらく自身の現状の力に満足している。だから、大会直前まで渡瀬にはラケットを握らせないことにした。とことん体力を強化することでもっと自分のテニスに自信を持ってもらいたい、そう俺は考えている。」
 キャプテンはそう言うと、意見がないか尋ねた。
 みんな最初は突然の発表にただ驚くばかりだったのだが、キャプテンたちの熱い思いを感じて、最後は納得していた。
 ただそんな中、俺はまったく別の心配をしていた。
 コーイチは、本当に、本っ当に、長距離走がニガテであることを。
「こりゃあ一騒動も二騒動もありそうだぞ……。」

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「失礼しまーす。」
 2人で部室に入ると、岩崎さんと宮奥さんが座っていた。
 俺たちがそのままピシッと並んで立っていると、
「まあまあお2人さん。そこにかけちゃってよ。」
 と宮奥さんが柔和な笑みを浮かべて席につくよう促した。
 席に着くと、岩崎さんは左手中指の腹で黒縁の高級そうな眼鏡をクイッと持ち上げて、
「……単刀直入に言おう。」
 と切り出した。
「渡瀬、俺たちはお前を2週間後に行われる星和市長杯大会で、団体戦のスタメンに起用したいと思っている。」
「はあ…………は、はい!?」 
 瞬間、俺の体中をじん、と電流が駆け抜けた。
 俺が団体戦に出る……? ええっと、これってつまりレギュラー入りってこと、だよな。
「……。」
「オーイどうしたー? 口が開いたまま黙っちゃって。やったじゃん!」
「え? あっ、すみません宮奥さん。いや、何というかその、突然だったのでちょっと混乱してしまって……。その、すみません。」
「別にお前が謝る事はないじゃないか。」
「あっはいそうですよね、すみません。あっ……!」 
 俺が慌てている横で、マネージャーはクスクス笑っている。
「で、でも俺まだ1年だし、まだ全体練習に参加させてもらって少ししか経っていません。選ばれたことはすごくうれしいんですけど、俺にはまだレギュラーなんて早いんじゃ……。」
「ノー、プロブレム! 渡瀬くんならきっとやれるわ!」
 俺の言葉を遮るようにドアの向こう側から声が聞こえてきたので驚いて視線を移すと、ノブが回って坂下先生が入ってきた。
「ごめんねー、練習見に来られなくて。今日は臨時の職員会議があったの。さっきさゆりちゃんからメール貰って、駆けつけたってワケ。で、少し前からドアに張りついて耳当てて聞いててさ。いい流れで話に乗っかるチャンスをうかがってたのよー。」
 第3者からしたらとっても危ない人に見えることこの上なかったろうに。
「真理子先生、そんなことしなくても普通に入ってくればいいじゃないですか。」
「あら、だってそれじゃおもしろくないでしょ? こう、ちょっと待ったぁ!!! ってなマンガみたいなタイミングで登場するのがいいんじゃない! まったく、全然わかってないわねぇー岩崎くんは。無駄にカタいんだからー。」
「……すみません、自分の勉強不足でした。意識改革を前向きに検討します。」
 キャプテンはため息混じりにそう言うと、やれやれといった感じで首をすくめた。
 ふーん、坂下先生って結構コドモっぽいところもあるんだなー。授業中とは大違いだ。なんか意外だなー……。
 などと、余計な妄想モードに発展しそうになっている俺に先生は、
「冗談はここまでにして、本題に入りましょっか。岩崎くん、続けて。」
 と、いつの間にスイッチが切り替わったのか、真剣な顔で話の先を促した。

 夕食を食べた後、俺はすぐに部屋に入った。
 あの後話が終わって俺たちが部室から出ると、ロストボールを探し終えたゲンキたちが立っていた。ゲンキたちは既に俺のことについて話を聞かされていて、課題頑張れよ、とエールを送ってくれた。
 だがそれは俺にとってあまりに厳しい条件だった。
 あの外周コースを20分以内で走れるのは1年ではゲンキと上野だけだ。課題を克服するためには、今の自分のベストタイムを7分以上縮めなくてはならないことになる。
「あと10日かー。一体何をすればそんな短期間で早く走れるようになるのかな……。」
 大会の日程から考えて、”試験”は10日後に行うことが決まった。チャンスは1回。そのタイムで出場させるか決める、ということになった。
 その間のトレーニングはすべてマネージャーと2人で行う。
「それまでラケットは握れない、か。」
 仮に試験がうまくいったとしても、そこから短時間で感覚をもどさなければならない。でも今は早く走れるようになることだけを考えなくては。
 自分を助けられるのは自分だけ、というキャプテンの話した言葉の重さを俺は感じていた。
 今までの俺は自分の不得意なことは誰かに頼ってうまくやり過ごすことばかり考えていた。長距離が苦手なのはそういう体質だから仕方がない、大事な試合を勝ちきれないのは運が悪いせい、と自分の弱点に正面から向き合おうとしていなかった。だからこれは今の自分に与えられた、試練なんだ―――。 
 その時、携帯電話の着信音が鳴った。
 ウィンドウにはついさっき番号を交換した人の名前が表示されている。
「はい、渡瀬です。」
「うん、知ってます。」
 マネージャーはそう言うと受話器越しに笑った。
「明日のことで電話したんだけど、いま時間大丈夫だった?」
「構わないよ。課題のことだよな?」
「うん、当たり。早速なんだけど、明日の朝から走ります。だから、明日は6時に部室に集合しましょう。」
「わかった。6時な。」
「うん。遅刻しないようにね! あと、早く寝てください。明日から私特製地獄の特別トレーニングですから。マネージャー命令です!」
「了解。ごめんな、迷惑かけちまって。ホントは1人で頑張らなきゃいけないのに……。」
「何言ってるんですか! 私はマネージャーです。みんなを支えてこそのマネージャーですから!」
 俺が謝ると、マネージャーは怒ったように言った。
「ありがとう。俺、先輩たちの期待に応えられるよう真剣に頑張るから。」
「うん。私もしっかりサポートできるように頑張るね。」
「おう。じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
 そう言って、通話は終了した。

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 コンコン。
 夜、私は借りていたマンガを返しに功の部屋に向かった。
 しかし返事がない。
 あれ? アイツいつもはまだ起きてる時間なんだけど……。
 そう思って、私がもう1度ノックしようとすると、ドアが開いた。
「やっぱノックだったか。恵姉、どうしたの?」
「うん、こないだ貸してくれたマンガを返しにね。ひょっとして功もう寝てた?」
「いや、電話してた。ノックっぽい音が聞こえたから開けてみたんだよね。」
「正解。って電話もう大丈夫? 待たせてるの?」
「いや、丁度終わったところだから。」
 功はそう言うと私からマンガを受け取り、パラパラとページをめくった。
「今日は男子遅かったのね。」
「ああ、ちょっと話し合いがあったからね。あ、恵姉は1人で帰ったの?」
「ううん、いづみと一緒だったよ。功も一緒にと思ったけど、部室の前でゲンキくんたちにアイツ遅くなりますよって言われてさ。」
「そっか。良かった、待たせてたら悪いなあって思ってたから。」
 私は本に目を落とす功の様子が変だとすぐに気がついた。この顔は何かに悩んだ時に見せる顔だ。
「ねえ功、アンタ何かあったの?」
 私が尋ねると、マンガを眺めていた功はびっくりしたように顔を上げた。
「えっ!? いや、別に何もないって。」
「嘘! 何か隠してるでしょ。悩んでます、って顔に書いてあるもの!」
 功は私の言葉にしばらく俯いて黙り込んでいたが、やがてマンガをぱたりと閉じると、
「俺、レギュラーになれるかもしれないんだ……。」
 と、顔を上げて言った。

 再来週行われる大会のレギュラーに抜擢されたけれど出場する為には設定された時間内に走らなくちゃいけない、か……。
 湯船に浸かりながら、私はさっき聞かされた功への課題について考えていた。
 功はよく『テニスに長距離は関係ない、テニスとは使う筋肉が違う』なんて言っていたが、やっぱり自分の持久力不足をウィークポイントだと思っていたようだ。
 それから、課題が終わるまで私にはこの事を黙っておくつもりだったらしい。レギュラー獲ったぜ、と後で自慢して私をびっくりさせてやりたかったんだ、と功は笑っていたが、多分私に余計な心配を掛けさせたくなかったのだろう。功はいつも変なところで気を遣うのだ。
 ―――今回の課題は弱点から目を背けていた今までの弱い自分を変えるいい機会なんだ。
 功は最後に、やれるだけ頑張ってみると言っていた。
 私には応援することしか出来ないけど、アイツがやる気になった以上は全力でサポートしなくては。だって、私は功のお姉ちゃんなんだから!
 私は両の拳をぎゅっと握り締めて、人知れずお風呂場で誓ったのだった。