Neetel Inside 文芸新都
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「おフロお先でしたー。おお、シェフがいるぞ。はかどってるかね? 順調かね?」
 恵姉と入れ違いに入浴組がダイニングへと入ってくる。当然ながらふたりともまだ髪が乾ききっていないご様子。頑張って無表情を心がけたが、肩までしかない恵姉とは一味違うふたりのロングの濡れ髪に、少しだけ胸の鼓動が早まった気がした。
「ええ。がんばって炒めてますよ」
「ふうん。えらいえらい」
「うわ、感情こもってねー」
「そんなことないって」
 頑張ってる? やっとるか? はかどっとる? 順調かえ?
 寺岡先輩はほぼ毎回俺を見るたびこうした声かけをする。そろそろ『あなたはまるで年に数回会うか会わないかの親戚のおじさまおばさま方ですか』とでも問おうか、などと思う今日このごろだ。
「功一くん、わっち超ノドが乾いたでありんす。何かおいしい飲み物はないナリか?」
「ないナリって……ありますよ、多分冷蔵庫にオレンジジュースが」
「あったー」
 鍋の具材に注視しながら答えるが早いが、ささっと冷蔵庫のドアを開けて先輩はお目当ての清涼飲料水を右手に取り高々と宙に向かって掲げた。はは、相変わらず気持ちいいくらいの遠慮の無さでござんす。
 でもそれが先輩のいい所なんだよな。あっさりして裏表の無いところが。
「知ってたくせに。いつも希さんがオレンジジュースを切らさず買い置きしておくこと」
「えへっ。あ、清夏ちゃんも飲むでしょ?」
「私は後でいいでーす」
 草原先輩も遠慮せず飲んでください、と言おうとして顔を上げると、もはや冷蔵庫付近には誰もいなかった。どうやらふたりともリビングにいった様だ。パジャマ姿に気もそぞろになってしまった自分を落ち着かせようと、頬をぺちぺち叩く。と、突然左隣に気配を感じた。
 両手を頬にくっつけたまま恐る恐る気配の先へと振り向けば、そこには艶やかな黒髪をしたたらせた草原先輩が立っておいででした。首に黄色のタオルをかけ、さっきまで恵姉の使っていた包丁を手にお持ちで。虚を衝かれて、一気に全身ごとごりごり凝り固まってしまう。
「せ、先輩? 何を……」
「何って、私も手伝うの。サラダ作るから」
「え? あ、いいえ。俺やるんで。先輩も寺岡先輩とリビングで休んでいてください。ここは俺が」
「ううん、やります。私も料理大好きなの。やらせて?」
 と、何か非常にいやら……いや、なんでもない。積極的な先輩の姿を目の当たりにして、思わずコクコクと首肯してしまった。そうして、炒まりきって飴色になった野菜を木べらで撫ぜながら、30センチ程の距離で並んだ現状を俺は必死に受け入れようと意識を集中させていった。  

       

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