Neetel Inside 文芸新都
表紙

Sweet Spot!
17th.Match 《暗い夜の帳の中で》

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「わ、だいぶこの前来た時と景色変わってる。あれからそんなに経ってないけど、恵ちゃんお部屋模様替えしたんだ」
「そうみたいですね。まあ模様替えが半分趣味みたいな人ですから」
 恵姉の部屋に入ってすぐ見せた先輩のリアクションは、想像していたとおりのものだった。あの人の部屋が3ヶ月以上そのままの配置を保ったことなど片手で数える位しかない。おかげ様で自室の壁の向こう側から家具を動かす音がほぼ日常的に聞こえてくることにもすっかり慣れてしまっている。
「前来た時も思ったんだけど、恵ちゃんの部屋ってすごく綺麗だよね。さっぱりしてて、全てのものがきちんと整頓されてて。私の部屋と取り替えたいもの」
「模様替えをする一番のメリットは、部屋の全てを満遍なく使いこなすことらしいです。埃を溜める暇を与えないから自然と部屋が綺麗な状態をキープできるんですって。いつだったか誇らしげに語られました」
 それにしたってその時々の恵姉の感情で部屋全体が左右されるなんて家具もたまったものではないだろう、と自分の部屋が汚いことへの指摘を受けた際に無理やり皮肉ってやった過去話を思い出して話のついでに付け加えたら、それがどうにも笑いのツボに入ってしまわれたようで、途端に先輩は吹き出してしまった。
「もうそろそろいいんじゃないですかね。笑いすぎです」
「あはは……はー。ご、ごめんね。あー面白いね、二人とも」
「そうですか? 結構俺普通の話だったと思うんですけど」
「二人の掛け合いを想像したら笑えちゃって」
 さいですか。でもさ、そんなにお腹を抱えることでもなかろう。俺の声に出さないささいなつぶやきをよそに、それからしばらく先輩は胸に手を当てあがってしまった息を整えていた。電気をつけていない暗い部屋で先輩の少し荒い息遣いを隣に感じて、俺は少しだけ心臓の鼓動が早まったことに気づいていた。愚かにも。
「ふう。よし、功一くん。ベランダ、出よっか」
「はい」
 落ち着きを取り戻した先輩にいつもの口調で声をかけられて、何でもない振りをしながら返事をする。窓を開けて外履きのスリッパに履き替えようとかがんでいる背中を見ながら、俺は覚悟を決めた。
 先輩に告白されてからというもの、俺はどこかふわふわした状態になっている。恵姉や希さんには普段と変わりないよう努めて振舞ってきたけれど、最近は妙に気持ちが苦しい。
 自分がどうすればいいのか気持ちの整理の付かない日々が辛かった。でも、今日でそれも終わる。ここで答えを出す。
「よかった、見えた。ね、功一くん。星が綺麗だよ」
 屈託ない笑顔でこちらに話しかける先輩を見ながら俺はやりきれなくなった。夜空に輝く数多の星のように晴れやかな彼女のその表情を、じきに曇らせて、あるいは涙色へと染めてしまうかもしれないのだから。


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「恵、ちょっと恵ったら!」
 肩を乱暴に揺さぶられて私は失っていた意識を取り戻した。浅い眩暈を抱えているあたり、とても質の悪い眠りだったことに疑いの余地はなさそうだ。うつ伏せになってどっかりテーブルへと倒れてしまっていた上体を捻り起こすと、哀れにも不自然に掛かった私の体重を受けつづけていたせいで、直前に勉強していた数学の問題集がノートもろとも可哀想な具合に折れ曲がっていた。
 いつの間に眠ってしまったのだろう。これでは注意していた自分がミイラじゃないか。
「いづみ……今何時かな。ごめ、結構寝ちゃってたかも、私」
「ううん、あたしも寝てたし。たぶん30分くらいだと思うんだけど、それより」
「ん……うん、それより?」
 いづみはそれきり口をつぐむと、さっきまで私の両の肩にあった腕を正面で組みなおして目配せしたが、私はその仕草が何を伝えようとしているかを理解できなかった。濃い霧がかかったようにぼんやりとして重たいままの頭では、上手に思考を巡らせられない。欠伸がまとわりついて離れようとしない。
「恵、何か気づかない? 今」
「待って、ちょっと待って」
 眠気を醒まそうと思い、私はいづみの言葉を遮るととりあえず両の頬をいっぱいに叩いてみた。敢えて加減をしなかったことでかなり痛かったし妙な声も出てしまったが、十分だ。視界も思考もずっとクリアになっていく。
「目、覚めた?」
「うん。ごめんね。で、話の続きは? いまいちわかんない」
 首を傾げると、いづみはテーブルの向かいでおもむろに正座して、部屋の状況を確認してみて、といつもの語勢より一段と落ち着いた様子で続けた。
 どういうことなんだろう。特に何も変わらないように私の目には映る。整理し切れていない勉強机、バラバラに本や雑誌の詰まった小さな本棚、教科書の散乱したテーブル、とお菓子の包み紙。まさかと思ってぐるりと壁を見渡してみたけれど、所狭しと並ぶ功お気に入りのポスターに黒いやつは張り付いていなかった。
「何も変わっていないじゃない。いつもどおり、ちゃんと功の部屋してるよ」
「うん、部屋はね。じゃあ、さっきまであんたの隣に座っていた人は?」
「ひと? ……あっ」
 言われて、やっと。
 二人が。
「さあやと功が」
「正解」
 答えると同時に指をさされ、まだ薄いもやのかかっていた私の脳裏にこないだの情景が浮かびあがってくる。放課後の図書室、二人の時間。
 『告白されたよ、冗談だけど』
 あの時、確かに功はそう言ったはずだ。それは単に私を驚かせてからかいたかっただけであって、私自身偶然にも見てしまったあの日の二人の間にはさして特別な出来事も何も無かったのだ、とそう思っていた。だから金曜日に私が見たことはいづみにも誰にも話していない。なぜなら話すまでも無い“ささいな事”だったのだから。
 でも、それは違うのかもしれない。現に二人は今ここにいないのだ。私が勝手に納得していただけで、やはりあの時から二人の間で何かが走り始めていたのかもしれない。そしてあの事を二人が“隠していたいから黙っている”のだとしたら――。
 ああ、やっぱり面倒臭い事になっちゃったのかな。
「いつから部屋を出たのか、どうして出たのか。ねえ、恵。これすぐに突き止める? それともゆっくり突き止める?」
 私の考えがまとまりかけるタイミングをまるで待っていたみたいに、いづみがさっきまでと同じ調子で静かに切り出したのだった。 


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