Neetel Inside 文芸新都
表紙

Sweet Spot!
1st.Match game1 《神崎一家と渡瀬功一》

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 俺の朝に気持ちの良い目覚めはない。
「おっはよう! ほらほら起きてー遅刻すっぞー。」
 ほーら始まったぞ。シカトシカト。
「おいっ! ムシか! 起きろー。」
「……あーはいはいおきてますよーもうばっちりおきたからあっちいってくれぇー。」
「目ぇつぶってても説得力ねーよ! ほらっ功! 起きろっての!」
 ゆっさゆっさゆっさゆっさ……ってあーもうどんだけぇー。く、首がヤバイっつの!
「ちょ! 痛いって! わーったから! もうバッチリ起きてますから!」
「よしっ! おはよーう♪ もうご飯できてっぞー! 早く下に降りてきなー。」
 ガチャっ! 
 バンっ!
 とんとんとんとん……。
 あー、疲れる。はい、皆様毎日こんな感じです。
「ジ、ジリリ……。」
 お、申し訳なさそうに目覚まし鳴った。
 こいついっつも役に立たないんだよねー。オマエもつらいよな、仕事とられてさ。

 俺、渡瀬功一には1コ上の姉ちゃんがいる。名前は恵(めぐみ)。
 2人姉弟の4人家族だ。あと犬のメイ(♀)。マルチーズ……の雑種。
 俺もこの春から高校生になった。希望に燃える高校1年生!
 ……なのに。
「ふあぁー、眠いっ。春眠なんたら! つか朝課外とかマジKY過ぎだろー。」
 進学校の悲しきサダメに俺がブチブチと嘆きつつ階段を降りていると、徐々に味噌汁のいい香りが鼻腔を刺激してきた。
 やっぱ朝は和食だよなー。あとご飯にはタマゴか海苔っきゃねー……。
 おっと、感慨に浸っている時間はないんだった。
「おはようございまーす。」
 リビングに着くと、テーブルの上はすでに朝食の準備が整っていた。
「おはよう、功ちゃん。じゃあ頂きましょうか。」
「「いっただっきまーす。」」
 俺の左隣には恵姉で、向かいには母親の希さん。父親の猛さんはまだ眠っている。
 うらやましい。ああうらやましい。
「うーん、これこれ。朝の味噌汁はやっぱいいなー。」
「功ちゃん、今日はお味噌汁恵が作ったのよ。お味はいかが?」
「と思ったけど、よくよく味わってみると……やっぱ少ししょっぱいかなぁ。何だか豆腐の切り方も甘い気がするような―――。」
「うっさいバカ舌黙って食いなっ!」
「フフ。2人とも朝から仲がいいわねぇー。」
「『どこがですか?』『どこがよっ!』」
「あらあらー。」
 希さんはとても穏やかな人だ。ちょっと天然だけど、どんな時でもポジティブだし面倒見も良くて、何よりいつも優しい笑顔をこちらに向けてくれる、非の打ち所のない人。

「「いってきまーす。」」
 玄関を出ようとドアを開けようとしていると、ちょうど猛さんが起きて来たところで、
「おはようさん。がんばれ高校生!」
 と何気に嫌味にも聞こえるエールを送ってくれた。
 俺達の通う星和高校は、歩いて20分位のところにある県内でも有数の進学校である。学校の方針は文武両道で、スポーツ面でも県下でそれなりの活躍を見せていて、まあ言うなりゃ県のモデル校ってやつだ。
「功、アンタちゃんと授業についていけてる? 中学までと違って、量も質もヤバくなったでしょ。もう学校には慣れた?」
「ま、ぼちぼちってとこかな。まだ先生の言ってることが呪文には聞こえてこないから。」
「はぁ? 呪文ー? まあいいや、功のクラスって担任誰だっけ?」
「武藤。」
「あー武藤先生ね……。」
「そ。ちっさくて全然イケてないジダン。」
 恵姉は『そんなこと言っちゃ駄目でしょ。』と言いつつもツボに入ったらしく、笑いを堪えていた。
 この学校に通い出して、1ヶ月が経った。最初はクラスに馴染めず、皆どこかよそよそしい雰囲気だったが、すぐに仲良くなって今ではクラスにも一体感みたいなものが出てきた。
 まあ中学からの顔馴染みもたくさんいたし。
 進学校といいつつも上下に開きがあって、特進クラスは全国レベルだが、普通クラスになるともうピンキリなのである。かく言う俺もたぶんギリギリ合格だったと思う。
 学校について恵姉と別れると、俺は自分の教室のある二階へと足を運んだ。その途中、
「ううぃーっすコーイチー!」
 と後ろから聞き慣れた声がしたので、
「ううぃーっすゲンキー。」
 とやる気なしボイスでオウム返しを敢行した。
 ゲンキは俺の横に並ぶと、朝っぱらからイキナリまくしたてだした。
「あぁいいよなぁーコーイチは。我が愛しの恵嬢と毎日一緒にガッコ通えるもんなー。見てるだけの俺マジ涙目やし。」
「まあ家一緒だからな。」
「きっと家でのプライベートな恵嬢もさぞかし綺麗で可愛くて美しいんだろうなぁー……。」
「あ? 別に普通だよ。」
「うるせぇこのヤローめ!!! ちょっとお互いの親同士が仲良しだったからってな、夢の様なシチュ味わってんじゃねーよ! はぁー羨まし過ぎるんだが。」
 それから教室に入ってもゲンキの突っ走りトークは続いた。朝の低血圧な俺の頭脳には全くもって情報の処理が面倒だったので、相打ちを打つフリをしながら応対してやり過ごした。
 確かに滅多にない状況だろう。恵姉は確かに姉ちゃんだが、実のところ他人なのだから。
 我が渡瀬家は両親が俺が幼いころから海外を飛び回る生活を送っていて、まだ小さかった俺を慣れない環境に縛り付けることを良しとせず、両親の友人だったこともあって今の神崎家に居候させてもらうことになったのだ。希さんも猛さんも俺を息子のように育ててくれて、現在に至っている。
 
 だから、両親が2人ずついるような感覚なのである。


「はーい静かに。それでは授業を始めます。」
 英語担当の坂下先生の声で、朝の課外は始まった。
 坂下先生は俺が在籍しているソフトテニス部の顧問をしている。先生はソフトテニス界でも名の知れた現役選手で、その指導法にも定評がある。
 中学時代からそのことを既に知っていた俺は、先生の指導を受けたい気持ちもあって星和に入学することを決めた。
「それではテキスト23ページの第1パラグラフを読んで。今日は4日なので、幸田君。」
「は、はいっ。えーっと、Oh! your fa……。」
 ゲンキのやつ、100パー予習してなかったな。英文たどたどし過ぎだろ。

「ふぃーっ、まさかいきなり当てられるとは。真理子先生も人が悪いよ。」
「おかげさまで後ろの席の俺は次のパラグラフに余裕を持っていどめたんで。サンキュな。」
「むむむ……。」
 課外が終わった後ゲンキとダベっていると、隣の2組の横内がクラスにやってきた。
「うぃっす渡瀬。吉報だ! 今日の部活なんだけど、ランニングの後に俺たちの実力を見る意味で軽くボール打たせてくれるらしいぜ!」
「マジかよオイ! やったなコーイチ!」
「歓喜!!! やっとコートに入れる! でもヨコ、その情報確かなのか?」
「さっきマネージャーに聞いたんだ。他の連中にも後で言っとく。頑張ろうぜっ!」
 そう言うと、ヨコは親指をグッと立ててクラスに戻っていった。
「さゆりちゃん情報なら間違いなしだ!」
「そうだな。よしゲンキ、昼休み軽く乱打して肩作っとこうぜ。」
「いいねー乗った!」

 授業が始まっても、俺は勉強なんか考えられる状況じゃなかった。
 意識は100%テニスに向かっていた。
 入部してからはずっと新入生歓迎メニュー期間が続いたため、練習は全般に基礎体力のトレーニングとコートダッシュだけ。それプラスボール拾いとコート整備だった。
 ラケットを握っても素振りしかさせてもらえなかったから勘が鈍っている事は間違いない。
 何年もかけて体にしみこませているボールの『打ち方』を、昼休みの乱打だけで思い出す事が出来るだろうか。
 グリップが手に馴染むかもう一度調べなければ。その後ガットをもう一度直して……。
 早くボールを打ちたい。
 はやる気持ちを抑えながら、俺は昼休みを待った。

 時間はあっという間にすg……たりすることなんてやっぱり無いワケで。
 何故に授業中は激しく時の流れが遅く感じてしまうのだろうか? いや、真剣に。
 俺は黒板の上に掛けられた時計を見ては机に『あと○○分、カップラーメン○個分』とか書いたりなんかしてやり過ごしていた。

 チャイムが鳴って、いよいよ昼休みに突入。
 俺とゲンキはさながらフードファイトが如く昼飯をかっ込み、部室へと向かった。
 部室のキーはマネージャーから借りていたので、手抜かりは無い。
 ウキウキしながら部室に着くと、もうすでにヨコと上野がドアの前で俺たちを待っていた。
「遅いぞバカ。何ちんたらしてんだよ。」
「いやいやいやいや! これでも十分世界記録を狙えるスピードで駆けつけたわけだが。2人とも来るの速すぎだって。ギャル○根か!?」
「何? いや、飯は事前に食っとけ! 常識だろ。あ、渡瀬キー持ってきたか?」
「ほいここに。よっと。」
 鍵を開ける。動きやすいようにウェアに着替えて、コートに向かった。
「とりあえず4人だし、お互いにペア組んで試合形式までやろっか。」
「おっ! なんつーか、因縁の再戦、みたいな? いっちょやってみっか、コーイチ。」
「そうだな。上野・横内ペアには中学校でもさんざん苦しめられたもんな。」
 中学校では隣同士の地区にそれぞれの学校があったため、お互いによく地区大会で対戦することが多かった。そんな中、先に県大会で活躍したのがこいつらの中学だった。
 かつて伝説的な強さを誇ったスーパーおじいちゃん監督の指導のもとで、ヨコたちはすぐに頭角を現し、1年の春に一気に県3位まで上り詰めた。
 しかし監督が体調を崩され勇退すると徐々にうちとの実力差も無くなり、2年の夏に初めて地区大会決勝で勝つことができた。
 それからは勝ったり負けたりを繰り返し、互いにライバル心を燃やして切磋琢磨していったワケだ。
 最後の県大会を終えた時に、『星和でまた会おう』と約束したのもいい思い出である。
「よっしゃ。じゃあとりあえず対角で乱打しよう。」
「オウケーイ。」

 それからの15分間で、俺は何とか感覚を取り戻した。
 初めはボールが全然ゲンキまで届かなくて、かといって強く打つとホームラン。
 まともに打ち合うこともできずに、
「すまん!」
「ワリィ!」
「うわーっ!?」
「あれ?」
 ってそれなんて会話の打ち合い? みたいなやりとりをしばらく繰り返していた。
 でもそれもすぐに慣れて、ちゃんとしたラリーになってくると、やっぱり楽しい。
 相手の打球を捕らえる。
 相手のボールに籠めた力をガットに感じる。
 鋭く弾き返す。
 心地よい打球感。
 これがソフトテニスの醍醐味だ。硬式と異なり、より力をボールに与えなければボールはネットを越えて前に飛ばない。だから、打球を捕らえるときにガットの真ん中、いわゆるスイートスポットに当てることを要求される。
 スイートスポットに当てると、ボールに最も的確に力を与えることができる。打った本人には、何ともいえない手ごたえが残る。しっかりとしていて、それでいて軽い感じだ。
 
「渡瀬、幸田。そろそろゲームやろっかー。」
 上野たちも準備は整っているようだ。
 俺はゲンキにアイコンタクトをとり、試合を始めようと思ったが、時計を見てそんな時間が無いことに気がついた。
「つかコート整備しなきゃだろ? この時間じゃ試合したら間に合わないかもだなコリャ。」
「そっか忘れてた! 整備しないと後で先輩たちに何て言われるかたまったもんじゃないし。あーあ、無念!」
 上野はよほど試合に飢えていたらしく、短い昼休み時間がとても恨めしそうだった。
 
 何はともあれ、後は練習で先輩たちに自分の打球をみてもらうだけだな。

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「ったく、にっしーのヤツ人使い荒過ぎ! 神崎ならすぐ終わるからー、って、なら自分でやっちゃう位の器の大きさはないワケ!?」
 私はにっしーこと生物の西岡先生に生徒会の資料整理を頼まれてしまっていた。
「担当の子が風邪さえ引いてなきゃなー……あーあ、せっかくの昼休みだってのにさ。」
 とか言ってる私も副委員長なワケで、仕方がないことだ。でも降って沸いたこの面倒事に、私は憂鬱な気持ちで生徒会室に向かっていると、西校舎と東校舎を結ぶ渡り廊下でソフトテニス部マネージャー1年の鵜飼さゆりを見かけた。
 さゆりは首をゆっくりチョコチョコと左右に動かし、くりっとした大きな目でなにやらじぃーっと見入っている。何だ何だ?
「よっ。さゆりどーしたの?」
「えっ、あ、恵センパイこんにちは! 今コートで1年生たちが練習していて……。」
「練習?」
 テニスコートに目を向けると、楽しそうにラリーしている男の子たちの姿があった。
 その中には功の姿もある。
「あっそうだ恵センパイ。今日の部活で男子の先輩達が1年生の実力をみるそうですよ。」
「へぇそーなんだ。」 
 そっかぁ。それで練習、と。
 アイツってば本当単純っていうか、わかりやすいっていうか。
「男子は今深刻な後衛の人材不足なので、今日の”テスト”によっては即レギュラー入り、なんて言うことも十分にありますからね。」
「なるほど。して、敏腕新人マネージャーの御眼鏡にかかる新人はいるのかな?」
「び、敏腕なんてとんでもないですー。私はただみんなのサポートをしながら好きなテニスを見ているだけなんで。」
「まあまあ。で、どうなのさ?」
「はい。4人ともうまいですよ。中学校ではかなりのレベルだったんじゃないかと。私個人の意見を言えば、渡瀬君に1番センスを感じました。フォームに無駄なクセもなくてすごく綺麗だし、ボールに力もあります。乱打しか見てませんのでこれくらいしか言えませんけど。」
「ふむ。まぁ功をここまで育ててきたアタシとしても、さゆりの高評価を頂けて満足満足♪」
 私がそう言うと、コートを見ながら話していたさゆりはクルっとこっちに振り向いた。
「えっ!! 恵センパイが渡瀬君を育てた!?」
「そう。実はね、アイツちょっとワケありでちっちゃい頃からうちに居候しててさ。まあほとんど弟同然に思っててね。それでね、アイツ昔は今みたいに体が丈夫じゃなくって、よく体調を崩して病院に行くことが多かったの。それで小学校のときはよく学校休んでて、クラスのみんなともうまくいかなくって。だから中学入った時にテニスして体動かしなって勧めたワケ。アタシもやってたし教えてあげられるかなって思って。それからは毎日練習付き合ってやったわ。フォームもみてやったし乱打もしたし。すぐにアタシなんかより上手くなっちゃったから最近は全然見てなかったんだけど。で、今じゃ立派に健康優良児やってるってワケさ。」
「そうだったんですかー。でも、驚きました。まさか2人が一緒に住んでるなんて。」
「フフ。まあ初めて聞いたらちょっとびっくりしちゃうわよね。」
「よく2人で登校してるって友達が言ってたから、私てっきりお付き合いしているのかなって思ってましたよ。」
「アタシと功一が!? ないない考えられないって! ただ家が同じなだけよ。」
「でも渡瀬君、結構女子に人気ありますよ? カッコよくってやさしいって。」
 功がカッコいい? あの怖がり・泣き虫・小心者3点セットのアイツが?
 女の子たちー、何を惑わされているー?
「わからん……。」
「えっ? 何がですか?」
「あ、いや、なんでもないの。アタシ生徒会室に行かなきゃだから、また部活でねっ!」
 首を傾げたままのさゆりを置いて、私は生徒会室へ向かったのだった。

       

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Neetsha