Neetel Inside 文芸新都
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Sweet Spot!
7th.Match game1 《after the carnival》

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 腕が振れている。そして、相手の動きもボールもよく見えていた。
 この感覚は、好調の時のそれだ。
 しかも、これまでの過酷な走り込みでスタミナ面に不安がなくなったことで、無理に勝負を決めに行かずラリーを続けられる安定した精神力も身についてきていることが実感できた。
「アドバンテージ・サーバー!」
 今までの俺は、相手を追い詰めてからの後1本を決めきれないところが課題だと言われ続けてきた。
「オマエは実力は県でも良い所まで行ってると思うんだがなぁ……。試合は技術だけでは勝てない。勝負どころでのプレッシャーに打ち克つにはタフなメンタルがなきゃダメだ。そういった精神力は毎日の練習の積み重ねでついてくるモンなんだ。だから、結局まだまだなんだよ、渡瀬は。」
 先生の言いたいことはわかってはいた。
 自分に足りない部分も、じゃあどうすれば良いのかも。
 でも、それはとてもシンドイことだった。辛いことだった。
 だから、テニスと長距離は違う、今日は運が悪かった、俺は今の力でも十分通用しているから、もっと上手く誤魔化せば勝てるはず……と上手に自分をかばいながら逃げ続けてきた。
 でも星和に入って、レギュラー入りの話になって、それまで隠してきた弱い部分もすぐ見破られて。
 これまでの自分は本当に浅はかで未熟だったな、と思う。
 地獄の特訓は、本当に骨身にしみるものだった。
 最初の頃は朝起きようとしても、全身が強張って動けなかった。走り終わるたびに死にそうになってマネージャーに醜態を晒していたし、小学生に並走されて泣けてくることだってあったし。
 何度キャプテンに課題降ります、と言いに行こうとしたかわからない。
 でも、家族やみんなが応援してくれているのに、ここで期待に応えなかったら申し訳ないし漢じゃない。そんなキモチだけで必死に走り続けた。
「ゲーム・セット!」
 だから、この勝利はみんなのおかげで勝ち取れたものだ。みんなに、感謝しなきゃ―――。
 試合が終わり、みんなが笑顔で何か叫びながらベンチを飛び出して駆け寄ってくる。
 ああ、よかった……。
 俺はその光景を見ながら、ゆっくりと意識が遠のいていくのを感じた。

 
 気がつくと、日はすでに傾き暗くなっていた。
 腕に妙な違和感を覚えて、首だけ動かして見ると、点滴のチューブがつけられている。
 どうやらここは病院のようだ。
 ……そうか、俺確か試合が終わってから倒れたんだっけ―――。
「まだ寝てな。熱がぶり返してぶっ倒れちゃったのよ、アンタ。」
 ポト、ポトと点滴の落ちる様子をぼんやり見つめていると、反対側から恵姉の声がした。
「そう、だったのか……カンペキ治したと思ったのに……。試合はどうなった?」
「どうって、棄権するしかないでしょが。先生が片桐総合病院に功を連れてって、アタシは個人戦が終わってからこっちにきたってワケ。よく試合に勝てたわよ、まったく。」
 確かにゲームの後半は変に熱っぽい感じがしていたが、単に興奮状態でそうなっているだけだと思っていたし、実際いつもより良いプレーが出来ていた。
 俺はその後病院に来た希さんに看病を引き継がれ、先生は個人戦を戦っているみんなの元に戻ったそうだ。
 団体戦は結局城西高が勝ち進んで優勝し、個人戦の結果はヨコとゲンキたちが3回戦進出、鬼木さんペアがベスト16入り、キャプテンペアがベスト8に入った。
「そっか……。宮奥さんにも迷惑かけちゃったなぁ。クソ、何で倒れんだよ俺。せっかく城西に勝ったのによぉ……。何で……。」
 やりきれない。悔しい。
 感情があふれて胸を締め付けてくる。
 俺は恵姉に背を向けたまま、点滴をじっと見つめ続けることしかできないでいた。
「まぁ、しょうがないよ。でも、達也くんアンタが試合に勝った時すごく喜んでたよ! あ、そうだ功ノド渇いたでしょ? アタシ飲み物買ってくる。それからもうすぐママがプリン買ってくるよっ。」
 恵姉は俺の様子をしばらく黙って見ていたが、そう言うなりガタっと椅子から勢いよく腰を上げて俺の布団をかけ直し、それから肩の辺りをポンと叩いて病室から出て行った。
「はぁーっ……。」
 寝返りを打って、天井を見上げる。 
 俺が明かりで目が覚めないように恵姉は電気を点けずにいてくれたので、目覚めた時は薄暗かった病室だったが、出て行き際にスイッチを点けていったので蛍光灯の光が瞳に降り注いでくる。
 眩しくて空いている手で顔を覆い瞳を閉じると、瞼の裏に笑っている達也の顔が浮かんだ。
 もっと勝ち進んで喜んで欲しかったなぁ。
 でも良かった、喜んでくれて……。
 色々な感情が俺の中でごちゃ混ぜになっている。
 それが、自然と涙に変わって頬を流れていった。
「やべ、早く拭かないと……。」
 体を起こし、ティッシュを探して辺りを見回す。
 と、ベッドの淵にハチマキが掛かっているのに気づいた。
「勝てたのホントにこれのおかげかもなー。猛さんにお礼言わなきゃ……ん?」
 よく見ると、何か黒くにじんでいる。
 俺は鼻をすすりながらハチマキを手にとり、ピンと伸ばして蛍光灯にかざした。
「これって……。」
 俺は再びこみ上げてくるものを止められず、ハチマキを抱えて静かに身を震わせた。
 『ありがとうね お兄ちゃんかっこよかった たつや』と書かれた、メッセージだった。


「功! 治ったんだから、ちっとはシャキッとせんかっ!」
「ふいぃーっす……。」
 あれからしばらく学校を休み完全に回復した俺は、それまでの王様の如き手厚い介護生活から再び元の学校生活に戻され、ちょっとブルーな気持ちを抱えて登校していた。
「ふぁぁぁーっ、眠ぅ。まさか朝課外がこんなに辛かったなんてぇぇぇ。」
「バカ言ってんじゃないわよ! 後ね、朝ごはんの時も言ったけど、アンタ今日は部活出るの控えなさいよ! まだ病み上がりなんだし。いいわね!! それから、授業がすんだら早くおうちに―――。」
 すごい剣幕でマシンガン指導モードに入っちゃってます。
 こういう時は、と。
「あーはいはいはい……、わかった! 了解であります、大佐殿!!!」
「よろしい、じゃあその旨しかと記憶に焼きつけ―――って、バカっ!!!」
 背中を思いっ切り叩かれました。
 何度も言われなくてもわかってるっての。ってかノリツッコミの加減を覚えて欲しい、大佐殿!!
 その後も、俺は学校で別れるまで延々と恵姉のオコゴトを拝聴する破目になりました。
 嗚呼さらば、あのマッタリゆったりの日々よ……。

 教室に着くなり、ゲンキが走ってこっちにやってきた。
「コーイチ! もういいのか? 治ったのか?」
「おう、おかげ様ですっかり全快と相成りましたよ。どうもご心配をばお掛けしましたっ。」
「そーかぁ。いやぁえがった、えがったよのぅ~。」
 ひしと抱きしめられ、ぽんぽんと背中を叩かれる俺。
 オイ、オマエは一体何を演じている? ってか公衆の面前で男同士の抱擁はマズいぞ。公衆の面前でなくてもマズいが。俺にウホッ☆チックな趣味はないから放してくれ、爺や!!
 俺は何とかして組まれた腕を解こうとするが、このバカ御仁は中々放そうとしやがらない。
 くそっ、こーなったら!
「あっ! そういやさっき恵姉が……。」
「むむっ!? 姫になにかあったのか!!??」
 オーイェス! 脱出成功!
「さっきお前を探してたような探してないような……?」
「何ィ!!!!」
 聞くや否や、爺やはピュィーン! と音がしそうなくらいのダッシュで教室を飛び出した。
 放たれた銃弾は、絶対に標的を捉えることなく万有引力の法則に従い墜ちるだろう。乙。
 手を合わせながら席に着くと、机には無造作に折り重なったプリントの山が聳えていた。
 そのままの姿勢で合掌する。
 この量は、教師たちによる悪質ないじめとも受けとれるぞ……。
 1枚ずつ確認しながらバインダーに綴じていると、ケータイのバイブが鳴った。
「何だ? 恵姉かな……?」
 確認してみると、マネージャーからのメールだった。
  
  『さっき登校してるの見えたよ! 良かった、もう大丈夫になったんだねー。でね、
   もし良かったらなんだけど、今日の放課後って会えますか??』

「ふへぇ!!??」
 何だ、コリャ?
 ちょ、ちょっと待て、とりあえず落ち着こうか。ん? マスター、オレンジジュース頼む。
 思考回路はまさしくショート寸前だ。
 放課後に会う? 何故? ホワイ?
 マネージャー、キミが何を言ってるのかわかんないよ!
 これはもしかすると……イ、イベントフラグだったりするのか? そうなのか?
 でも、理由がないだろう。何もハプニングは起きていないし、2人で何かを成し―――。
「ひょっとして、愛の外周コースイベントだったのか!?」
 そうか、あの日々が2人の距離を……。
 あの毎日の俺の醜態にキュンって……キュンって……。
「なるかーっっっっ!!!!!」
 ってかどーすんの、返信!
 何て打ちゃいーんスか!!
「とにかく、当たり障りなく、それでいて乗り気であることを匂わせるフレーズを……。」
 この突発的かつ超神的展開により、俺の頭の中はメールト♪ の無限ループモードに突入していた。
 プリーズ・サムバディ・ヘルプ・ミー。

       

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