Neetel Inside 文芸新都
表紙

うゅきや
第1話『春前』

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今年も単調に春はやってきた。
太陽をさえぎる頭上の桜は咲き足りないような面持ちで萌えている。
俺はそんなこともお構いなしに重いバックを背負い、ただただ地面を見ながら無心に歩く。

春とは言え三月の朝だ。荒い口調からは白い息がこぼれ出て、長く歩いた体は火照って暑い。
だけど静かすぎる朝は嫌いじゃないし、どこか甘い桜の匂いがすることで気持ちは安らぐ。
ただ、部活に行くというだけで心の奥から出てくるこの焦燥はなんだろう?
ある程度は予見できるが思い出すだけで溢れ出しそうだ。

言い知れぬ澱が、澱が溜まっていく。



そう考えてるうちに交互に繰り返した足が校門を越えた。
顔を横に反らすと緑色のバックネットが高くそびえ、映える一塁線は黄色い砂地が延々と続いている。

「一番乗りか。」

そう呟くと綺麗に横並びされたグリーンネットの横を通り、人一人寝そべられるような長イスにカバンを置いた。

登下校用のカバンということもあって重荷が体から離れると大分、体が軽い。
その軽い体で制服を脱ぎ始め、野球の練習着に着替え始めた。
外で着替えるのはどうかと思ったが、俺は男だ。
一応、ハーフパンツを着ているし、6時半に登校する人間は限られている。

余談だが、野球の練習着というのは他のスポーツと比べると比較的『着るもの』、『履くもの』が多い部類だ。
先ず靴下を履き、その上に「なぜ履くんだ?」と思うような黒いソックスを履く。
そしてズボン、スパイク、帽子、ベルト、上着...
試合になれば股間に防具を着けたり、フットガード、エルボプロテクター、手袋...
兵装するかの如くだ。だが、そのおかげで冬はマシな気持ちになれる。逆に夏は修行なのだが。

練習着を着るといつも通り、
バットを取りに部室へ走らなければならない。部室に道具をすべて入れているためだ。
今居る場所が現在地とすれば、部室棟はセンターの奥。
面倒臭いと思いながらも昨日、グラウンドを整備した場所を踏まず遠回りで部室へ走っていく。

息も絶え絶え、やっと部室の青々した扉の前へ立つと施錠に手をかけた。
施錠と言っても南京錠一つだから、鍵がなくともテコで事足りる。

部室棟のまわりを見回り、柄が金属で出来た短いホウキを拾い上げ
南京錠のU字部分に引っ掛け、いとも簡単に施錠を外す。

重い扉を砂の擦れる音と共に引くと開き放しの窓から眩しい太陽光と、埃が舞い上がってきた。
その埃が喉に引っかかって嫌な気分になる。他の部員が土足で入っても掃除をしないからだ。

どこの学校でもあると思うが部室というものは汚い。それは古い学校なら古い学校であるほど、そうである。
創立20年を超えたうちの学校も例外ではなく、壁はブロック、床はコンクリート、屋根はプレハブ、棚は木..と、
まさに野球部の歴史を物語ってくれている。だが、逆に落書きが多すぎて歴史も迷惑なときもある。


バットを持って部室の外へ出た。

左足に重心をかけ、ぎこちなくバットを振り続ける。
バットを縦に持って、バットを円に回して、左足を上げて、左足のつま先から着地し、バットを斜めに落としていき、振り切る。
単調な作業だが、自分でどう振り切ったか確認できないのが難点だ。


しかし、なぜ素振りなのか?
それは誰も部活に来ていないこと、そしてもうひとつの要因。

友達が『いる』が『いない』からだ。



       

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