赤い糸

 その占い師は、とにかくよく当たるということで評判だった。ことに恋愛や人間関係についての占いなら百発百中。本人曰く、人と人の縁というものは、じっと目を凝らせば目に見えるものであるらしい。決して安い料金ではなかったが、占い師の店には毎日何組ものカップルが訪れていた。

 その日の朝一番に現れた二人づれの客は、いやにぎすぎすしていた。お互いに目をあわせようともせず、とげとげしい空気をあたりに撒き散らしている。二人の心が完全に離れてしまったことを確かめてからすっぱりと別れたいのだと、客は言った。
 占い師は二人を薄暗い部屋に案内し、椅子に座らせた。
「ゆっくりと目を閉じて、楽にしていてください」
 二人の向かいに座った占い師は、まず数分の間集中して二人のあいだの空間を見つめた。そして次に、なにもないはずの空間に手をかざし、幾度か首をかしげた。更に数分の沈黙の後、ふうとため息をついておもむろに顔を上げると、結果を二人の客に告げた。
「私の見立ては、あなた方の出した結論とはと少し違います。あなたたち二人の間は、硬く太いワイヤーのような頑丈な絆で結ばれているようです。あなた方は、本当に好きあって一緒になったのでしょうね。絆は確かに錆び付いてはいますが、すこしこすってみれば、それはすぐに白銀の輝きを取り戻します。そう、一度別れてみるのもいいでしょう。しかし結局あなた方は、もとのさやに納まることになりますよ。そういう強い絆を感じます。まあとにかく、もう一度よく考えてごらんなさい」
 二人の客は戸惑った様子でしばらく顔を見合わせた後、おずおずと占い師に礼を述べて去っていった。ひとまず外でもう一度話し合おうというところだろう。占い師はその二人の後姿をみて苦笑した。
「やあ、初々しい。運命の相手同士とでも言うのかな。見ていて気持ちのいいものだね、二人とも男でなければ」

 昼過ぎごろに現れた二人は、えらくよそよそしい感じのする夫婦だった。お互い大きな不満があるわけでもないのだが、どうにも一緒にいると息苦しく感じてしまい、今は別居しているのだという。なるほど二人の間には、占い師が目を凝らしてみても、何も見えなかった。
「あなた方には、すっぱりと別れることをお勧めします。お互い若い今のうちなら、別の道を探すこともできるでしょう。今のままでは、お互いのためになりません」
 占い師は少し強い口調で言った。しかしこうまで言われても、二人の客には大して動揺はみられなかった。そうですか、どうもありがとうございました、と、いかにもそっけなく二人は去っていった。元々縁の薄い人間同士が、結婚を期に新しい絆を編んでいくこともできる。しかしこの二人は、そんな努力をすることなど考えもしなかったのだろう。それではいつまでも赤の他人のままなのも当然だ。そう考えると、占い師はひどく腹立たしい気分になった。

 夜が更けるころ、店を閉める間際に現れた男女二人もまた少し変わっていた。
「私たち、とっても愛し合っていて、結婚も考えているんです。どうか、私たちの将来を占ってみてください!」
 会うなり勢い込んでまくしたてたのは、背が高く活動的な感じのする女のほうだった。いかにも自信満々、悪い結果を告げられることなど夢にも思っていないというふうである。対して大人しそうな男のほうは、小柄な体をさらにちぢこめて、お願いします、とすまなそうに会釈した。
 占い師が二人のことを占っている間にも、女のおしゃべりはとどまる事を知らなかった。ねえ、いい結果が出たら、はやく式をあげましょう。南の島の教会がいいわ。新居も探さなくちゃ……ベビー服も用意したほうがいいかしら。どんどん話を進める女に、男はずっとにこにこしながらあいづちをうっていた。
「結果が出ました。おっしゃるとおり、あなた方は結婚することになるでしょう。どうぞ末永くお幸せに」
 占い師が告げると、女は卒倒せんばかりに歓喜した。
「やっぱりだわ! わたしたち、赤い糸で結ばれてるのよ!」
 女は男にキスをし、勢いあまって占い師にも抱きついたあと、飛び出すように占い部屋を出て行った。男はあいもかわらず穏やかな笑みで、占い師に丁寧に礼を述べた後、謝礼を置くと女を追って去っていった。



 赤い糸、ね。占い師は店を閉めながら、思い出してため息をついた。そして、あの大人しそうな男に心から同情した。
「確かに彼らは――いや、彼は、結ばれていたよ。赤い糸ならぬ、鉄の鎖でね」
 明日はまた、どんな客が現れるだろう。占い師は今日も夜の街を一人帰っていった。