Neetel Inside 文芸新都
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SometimesFiction
3月 終わりの日に

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 朝日たださす、丘の上。豊かな山々を望む地。
そんなところにある母校も、今では気高くなんか立っていなかった。

  ここに記された物語は、フィクションでもなければノンフィクションでもない。

  いうなれば、SometimesFiction. 幾許かの思い出を、虚構を交えて美化しよう。


 *


「――えー、本校は明治のころよりの歴史を持ち――」
 通り一辺倒な来賓挨拶が続く。出席者は眠りもしなければ感動もしない。
視線は紙へ、言葉は演台へ。何へ向けた餞(はなむけ)なのか。
「――この学校が閉校となることを、えー非常に惜しく――」 
 嘘をつけ。税食い虫が減って内心喜んでるんだろ。

 この小学校はこの春、3人の卒業生を送り出して閉校する。
最前列で並ぶ在校生。どの学年も2人前後。
以後5年生以下は、中学まで会わないはずだった麓の同級生と共に学ぶことになる。
少数派は弱い。楽しく学ぶことができることを祈る。

 閉校式とはよく言うが、証書授与もないただ話を聴くだけの会だ。流れるまま式は進む。
そして在校生よりの別れの言葉。小学生らしいアレだ。
とつとつと覚えた原稿を喋り、唱和する。
「ちいきのみなさん、せんせい、」
             「「ありがとう。さようなら。」」
つづき、最期らしい歌の合唱、最後になる校歌斉唱。
ひときわ背の高い、5年生の女の子が校旗をもって退場。
 こうして、この学校は長い歴史に幕を下ろした。


 *


「やー、来とってくれたんねー」
平和な郷に恵まれたというか、地域住民の方に親しげに声もかけられた。
 いまでこそスーツを着るようになった歳だが、少し前までは私もこの学校にいた身だ。
とりたての自動車免許を携え、未練がましく式に参加しに来た。
未練――何が、残っているというのだろうか。
いじめっことも別れられた、同時に旧友とも疎遠になった。すべて断ち切れているはずだ。
 出席者リストを見る、恩師は皆欠席。
辺りを見回す、そういやあいつの弟が在校生か。捕まる前に逃げよう。
 もやもやとした心持のまま、学校内を彷徨う私はどう映っただろうか。
ただの若造か、はたまた怪しい亡霊か、卒業から成長していない子供だろうか。
とっくに溶けて晴れやかな春の色、その中で私一人だけに重い雪が降り積もっていた。

 展示棚。昔は賞をとった工作なんかも飾られていたが、今はほぼ空だ。
数少ない残り香として、昔テレビ局が取材に来たときにもらったサインが飾ってある。
そういえば全国ネットで放送されたことがあった。なんという一生の恥。
私はそれは小学生らしい、頭の悪そうなコメントをしたはずだ。
あの子に「ばかじゃないのー」などと言われた気もする。

 音楽室。学校の規模に見合わない、多くの楽器が眠っている。
在学当時は音楽祭があったから、夏休み練習に通ったことも懐かしい。
もともと音楽は得意な方ではなく、逃げ道のような楽器を選んでいた。
そのくせ流行りのハモネプなんかに参加させられたり。声変わり前で低音がでなかった。
それでも下手なりに、励ましてくれた子もいたか。良かった時はグーサイン。

 教室。クラス替えなんて存在せず、常に共に在った旧友たち。
テストの点数で騒ぎあったり、まだ同じ場所で着替える女子にギリギリの視線を送ったり。
ケンカもした。いじめに近い暴力もあった。たびたび泣いた。
先生の仲裁が入る前に、手を差し伸べてくれた子が一人。

 体育館。バスケットコート1つ分。3割はステージ。
休み時間ごとに駆け回ったこの場所も、今では式典の跡。
並みの学校なら生徒の人数分にもならなさそうな数の椅子が残されている。
最後の記念写真、その様子を遠巻きに見ているのは―――
「よっ、久しぶり。うわ、スーツ似合わねー」



 *


「来てたんだね」
「そっちこそ。進路決まったん?」
「それは聞かない約束」
 山の斜面に建つこの学校は、グラウンドまで高低差が大きい。
「いいの?そんな格好で寝転んじゃって」
「高校の制服なんてもう使わないからいいっしょー」
階段の脇の斜面は芝生、足元にはふきのとうが芽を出そうとしている。
彼女はのびのびと寝転がっている。スカートが風にたなびく。
私はスーツを汚せないため中腰。なかなかの急斜面のため、結構辛い姿勢だったりする。

「・・・終わったな」
「まーいつかはこうなることわかってた訳だしね。皆整理はついてるでしょ」
もっと旧友に会えるかと思っていたが、やはりそんな理由か。
まぁ、整理がつかず、ここに来ている奴もいるわけだが。
「整理ついてんなら何しにきたのさ」
「えー来ちゃダメ?こうして誰かに会えるかと思ってさ。君もでしょ?」
少し首をひねってから、ジェスチャー付きで首肯する。
やれやれ。結局整理がどうとか言うが、会いたい人が居ただけだったか。
未練、そう未だ練り終わらないもののために。

 彼女がグラウンドに停まる車を指差して言う。
「そうだ、あの若葉マーク、君のでしょ?乗せてよ」
「ほほう、ここに死にたがりがいたとは驚きだ」
「下手なんかいw」
彼女は笑う。明るく、光のように。私はシニカルなにやけ笑いで返す。
「どこまで?家まで送ればいいの?」
「んー、久々に君のうちにでも行こうか」
「うち面白いもんロクヨンしかねーぞ?」
「どうせなら卒アルでも見て大笑いしようぜー」
起こしてよー、だが断る、なんて話をしながら移動する運びになる。
彼女がどう考えても起き上がれなさそうな姿勢から飛び起きた。
ちらりと、嫌な予感がよぎる。
着地点に咲く、ふきのとう。まずい、この坂で足を滑らせたら――

                  「危ない!!」

ふきのとうの蕾が、飛んでいった。


 *


「大丈夫?」
転げ落ちたのは、一人。
スーツが汚れてしまった。
無事一人で着地した女と対照に、おせっかいで勝手に自滅した男。
彼女は笑い、私はシニカルに返した。拳を天へ、親指を立てて。
「あっはははは、ばかじゃないのー」
「すいませんバカです、起こしてくださいませんか」
「なによー、さっき起こしてくれなかったくせに」
「女子に触れるの未だに苦手なもんで。今では反省している」
いろいろバカにしながら、なんだかんだで私の頭の横から手を差し伸べてくれた。
「このばか置いて遠くに旅立つの心配だわー」
「じゃ、俺も同じ大学行こうかね」
「なにそれストーカー?こわいわー」
軽口たたきあい、車へ向かう。転がってから、私の肩は軽くなっていた。

「そういや、あたしの名前呼んでくれた事ないでしょ」
「ある頃から下の名は恥ずかしかったし、苗字は他人行儀でなんか違ったから」
「いいじゃん、なんでも」
「じゃぁ呼んでやろう―――白パンツ」

 顔を真っ赤にして殴られた。


 *


  ここに記された物語は、真実でもなければ創作でもない。

  SometimesFiction. 幾許かの思い出を、虚構を交えて美化しよう。

       

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