鳴り響く電子音。目まぐるしく動く機械の音。とおい過去、歯医者で味わったあのドリル音。
「……う、うう」
メカニックな騒音どものおかげで、健二は目を覚ました。
朦朧とする意識であたりを見回せば、音が知らせてくれた通り機械しかない。
パネルに様々な色を映し出し、発光を繰り返す謎の箱。
キュルキュルと映写機で使うようなテープが周り、何やら紙を放出している怪しげな箱。
バチバチとプラズマを発生させてる謎の球体。
「これは……まるで……」
「おはよう、滝川健二君」
何処からか声が聞こえる。こんな声を何処かで聞いたことがあるような、健二はそんな気がした。
「ここは何処だ!?俺はどうなったてるんだ!?このっ……」
起き上がろうとしても、何かに引っ張られる。鎖だ。両手両足を鎖で縛られているのだ。
おまけに大の字だ、しかも仰向けだ。これは明白な人権侵害であり、憲法違反だ。
「ようこそ、ベクトロンへ」
「ベクトロン!?」
人権蹂躙を訴える前に、謎の声に先を越される。
「そう、そして君は選ばれたのだ。栄えあるベクトロンの改造人間として!」
「な、何のことだ?」
「君のDNAは実に理想的だ。我々が望むものと実によく一致している。それに、身体能力もいい。
今年の箱根駅伝では新記録を出したそうじゃないか。その強靭な脚力、鍛え抜かれた筋肉。
君こそ、我々ベクトロンの一員たるに相応しい」
怪しい声の主に褒められてもちっとも嬉しくない。
「ふっ、ふざけるな!俺はこんな、うさんくさい倶楽部に入会した覚えはない!!」
「ハハハハハハハ……もう遅い、遅いのだ。健二君。何故なら君は既に、
ほとんどベクトロンの一員になってしまっているのだから」
何の変哲もない天井が急に鏡へと変わる。
「じっくりと見たまえ。今の君の姿を!」
うっすらと銀色に輝く漆黒のボディ。
手に吸い付いて離れない真紅のグローブ、ブーツ。
そして何よりも虎そのもの、いや、それよりもさらにおぞましい異形の顔。
紫がかった水晶のような二つの目は、鏡に移る醜悪な化け物を否応無しに捕らえていた。
「これは、こ、れは……」
健二はうわ言の様につぶやく。信じがたい事実を前にして、つぶやく以外に術は無かったのだ。
「理解してもらえたようで何よりだ健二君。
それでは、そろそろ君には完全なるベクトロンの一員になってもらうとしよう」
いつの間に沸いて出たのか。辺りには手術着に身を包んだ医者らしき男たちが健二を取り囲んでいる。
これはきっと盲腸の手術なんだ、これは演出なんだ、そう、あれ、ドッキリカメラとかそんなのだ。
カメラは何処にあるんだ、カメラは……
いくら現実逃避を試みても、陽気なアナウンサーと看板は一向に現れる気配は無い。
「や、やめろ!やめてくれぇ!!俺には田舎に残した家族がいるんだぁ!!」
「君の出世を、御家族もさぞ喜ばれることだろう。さあ、脳幹から前頭葉まで、
脳の底からベクトロンに染まるがいい!」
俺はお前の兄さんだ、実は妻子が居るんだ、塾があるんだ、アンヌ、僕はね、M78から来た宇宙人なんだよ。
考える言い訳を全て吐き出すものの、非情なるベクトロンとやらは一向に耳を貸してくれない。
いよいよ年貢の納め時、執刀医のメスが健二の頭蓋を引き裂かんとしたその時だった!
バツン!!
突如、辺りは暗闇に包まれ忌まわしい機械音も止まった。
機能の停止とともに、健二を拘束していた鎖がボロボロと音を立てて崩れ去る。
「さあ、何をしている!早くここから逃げるんだ!!」
またも見知らぬ声があたりに響く。
「誰だ!?あんたは、誰なんだ!?」
「そんなことはどうでもいい!ここの機能が回復する前に、さあ、早く!!」
「誰か知らんが、ありがとう!」
健二は謎の声に助けられ、無我夢中で駆け出した。この現実から逃げる術を探すかのように。