Neetel Inside 文芸新都
表紙

ひとりなふたり
2.最も憎いスポンサー

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 倉木 ゆう。それが彼女の名前だった。こんな偶然ってあるものなのか。ちょっと驚いていた僕は、リアクションに困って、その挙句、沈黙を選んでしまった。
(こんなんだから友達できないんですよねー――……)
 勝手に自分から失敗しておいて、心の中では自虐に走った。
 彼女は僕が押し黙ってしまった様子を見て、顔全体に疑問符を浮かべている。
 何か、何か喋らないとマズいな。そう思った僕は、何か必死で言葉を探すけど、見つからない。
 彼女は、僕が何も喋らない様子に愛想を尽かしたのか、待ちきれなくなったのか、
「まあいいや、暇な時にメールしてね」
「ああ、うん……」
彼女は明るく言い残すと、今度は僕の後ろの席の冴えない男子に「ねえ、メルアド教えて!」なんて言っている。
(コレクターかお前は……。 暗い男どものメルアドがそんなに欲しいか)
 理由は分からないけど、そんな社交性を持つ彼女に、僕は憤っていた。

 ――ゆう、か。
 僕が驚いていたのは、彼女の名前が僕と同じ『友』だったからってわけじゃない。確かにそれも少しはあるけど……別の理由があるんだ――。

 いつからだったか分からないけど、大抵、僕は独りだった。気を許せるような友達もいなくて、ずっと人恋しかった。僕が安心して接することのできる唯一の人は、半分だけ血の繋がった姉だった。
 僕の姉は、人気者だった……んだと思う。だって彼女が人から好かれないんだったら、この世の他の誰一人として、人気者になることはできないと思うから。でも、僕の姉は心の中で孤独になった。いつからだったかははっきり分かる。『その時』から彼女の瞳から光は失われて、ただの暗いトンネルみたいに、目の前のモノを映すだけの器官になっていた。
 大抵独りの弟と、孤独な姉。僕ら二人は、他に頼る人もなく、ひとつ屋根の下で暮らしている。
 弟の『とも』と、姉の『ゆう』として。

 だから、僕の唯一の心の拠り所である姉の『ゆう』と同じ名前の娘が、僕にアドレス交換を申し込んできたことに、驚き、嬉しくもあった。
 ――さっきの場面じゃ、普通なら「あ、偶然だね。 僕の姉さんも『ゆう』って名前なんだよ! ひらがなで」って感じで会話を続けてもよかった。だけど僕は、姉のことはあんまり他人に話さない。聞かれれば答えるけど、聞かれないことを自分から言うのは愚かだと思っている。正直、「あんな姉だから」ってのはある。でもそれより、僕を、姉を、変な誤解から守るためというのが大きな理由だった。
 だけどさっき、少しだけ倉木に、姉のことを話してしまおうかと思った。こんなことは初めてだった。初めて会話する相手に、姉のことを話すかどうか迷うなんてことは。
 それはたぶん、彼女の目が細くて涼しげで、腰まである長い髪をなびかせていて、色白で――なにより、姉に、似ていたから。

 僕に話しかけてきたのは彼女だけではなかった。
「光谷って言うんだろ? よろしくな」
 僕の前の席に座っていた、活発そうな短髪が話しかけてきた。
「え? あー、うん、よろしく……三井くん」
 やっぱり愛想のない僕は、彼の目にどう映っているんだろう――。こんなことばっかり考えているから、僕は相手の言っていることを聞いてないことが多い。
「聞いてっか?」
「は?」
「聞いてねえなお前。 部活だよ部活。 決めたか?」
 ああ、部活、か。僕がぶっちぎりで元帰宅部のレギュラーになれるレベルだってこと知らないんだろうな。見りゃ分かると思うけど。
「いや、部活はやらないんだ。 バイトとかあるから……」
「バイトしてんのか! いいなー、遊ぶ金あって」
「……そんなんじゃないよ」
 ――本当に、そんなんじゃない。
「じゃあ、生活費か?」
「そういうわけでもないんだけど――」
 親も親戚もいなくて、姉と二人暮らしだから、普通なら生活費も姉と二人で稼がなくてはいけないはずなのだが、僕たちは違った。
 僕には、スポンサーがいるから。月30万円+学費なんていう、必要以上とも思える金額を渡してくれる、僕が大嫌いなスポンサーが。

「まあとにかく、部活は入らないって決めてんだ。 ごめん」
「そっか。 残念だなー……一緒にバスケやってくれるヤツ探してたのに」
「悪いね」
 口ではそう言っていた僕だったが、実際はそんなに悪いとは思っていない。部活をどうするかなんて本人の自由だろう。
「気が変わったら、入れよ」
「わかったよ。 誘ってくれてありがとね」
 絶対に僕の気が変わることはない。部活なんてやってられるか。
 でも、こうやって話しかけてくれる人がいるのは嬉しかった。たった二人だったけど、久々に友達ができるかもしれない、と思った。

 入学2日目の学校は、授業もなく、事務的な連絡や、集会や、上級生たちからの部活勧誘で終わっていった。
 学校の駐輪場へ向かう途中に、早くも友達ができたのか、それとも同じ中学の生徒だったのか、他の女子と2人で下校しようとしている倉木を見つけた。向こうもこちらに気がついたようで、彼女は僕に向かって笑みを送ると、手を振り、その口は「じゃあね」と言っているように見えた。僕はなんだか恥ずかしくて、ちょっとうつむきながらぶすっとしたままで小さく手を振り返した。

 そのあと僕は、自転車に乗って近所のスーパーへ向かい、今日の夕飯のメニューを考えながら材料を買って、家へ帰った。料理は僕がすることもあれば、姉がすることもある。今日はメールで「材料を買いに行く」と僕から連絡を入れておいたから、姉はすでに家に帰っているだろう。

 アパートの駐輪場に自転車を止めて鍵をかけると、僕は今朝とは反対に、スーパーのビニール袋を片手に、錆びついた階段をゆっくりと上ると、住み慣れた203号室のドアに手をかけた。
(ん、開いてるな)
 そのまま中に入ると、姉の声が僕を迎えた。
「おかえり」
「ただいま」
 今日、姉はバイトに行ってたはずだったな。
「バイト、どうだった?」
 そう言いつつ、僕は学校の荷物を部屋の隅に下ろす。
 姉の答えはいつも簡潔だった。
「別に、いつも通り」
 そうか、良かった。姉の言葉を聞いて僕はいつも安心する。いつも通りというのは、面白みがゼロの言葉だけど、平穏な日常を好む僕たちにとって、最高の状況なんだ。
「僕はね、久々に友達ができそうだよ」
 ――素直な言葉だった。事実だけを伝えているけど、そこはかとなく嬉しさが滲み出ているんじゃないかな、と自分でも思った。
「そう、よかったわね」
 よかったわね――、珍しいな、こんなセリフ。でも、これは姉の感情を表した言葉じゃないことを、僕は知っている。友達ができそうな僕を祝福しているんじゃない。姉は僕を祝福できなくても、こういうとき、「よかった」と言うのが、適当だと知っているから。
 姉から、感情を表す言葉が出てくるたびに、僕はちょっと悲しくなる。でも僕は、そんなことをおくびにも出さずに会話を続けようとした。
「あと、姉さんと名前が同じ娘がいたよ」
「そう」
 反応が薄いけど、姉はいつもこんな感じだ。まあ、これは姉じゃなくても「だから何?」って感じだろうけどな……。
 姉には、少しでも僕のことを、いや、他人のことを考えてほしい。だから、僕はいろんな話をする。
 僕が、外の世界と、姉の心を、繋ぐ。

 僕は、ビニール袋から、今日使う分の食材を除いて、残りを冷蔵庫にしまった。姉は本を読んでいる。見覚えのない表紙だから、たぶん新刊の小説だろう。つけっ放しのテレビでは、夕方のニュースをやっているみたいだ。僕はニュースを適当に聞き流しながら、夕飯の支度に取りかかろうとしていた。
 しばらく経って、味噌汁を作りながら、生姜焼きに使う豚肉を用意している僕に、本を読んだまま、姉が話しかけてきた。
「言うの忘れてた」
「ん? なーにー?」
 ちょっと離れた台所にいるから、自然と声が大きく、間延びしたものになる。
「今日、来るって」
「へ? 何がよ」
「電話、来た」
「家電に? 誰から?」
「あの人たち」
……まさか。
「スポンサーが?」
 ――僕は、この『スポンサー』という言葉に嫌悪感を隠し切れていなかった。
「……またか」
 僕はずっと、その『スポンサー』の誘いを断ってきた。今回だって、受け入れるつもりはない。
 その時、ピンポーン、と、僕の重い心情にはふさわしくない軽いインターホンの音が聞こえた。
「……はい」
 そして僕が最も開けたくない扉を、最も見たくない顔を見るために、開けた。
 そこには、僕の大嫌いな老夫婦の皮を被った、僕たちの『経済力』が立っていた。

     

 僕と姉、2人の『経済力』が玄関先にさも当たり前のように立っている。僕はそれだけで腸が煮え繰り返るような思いがして、この暗くて狭いアパートの一室と、外界とを遮るドアを閉めてしまいたくなる。
「久しぶりだな、とも」
 呆れたような、怒ったような口振りで、僕の実の祖父はそう言った。カチッとしたスーツに身を固め、白髪交じりの頭もそれに合わせて短くさっぱりとしている。年を取ってはいるものの、見た目は若い。
 ――祖父のこんな姿が、嫌いだ。
「……久しぶり」
 そう言いながら、祖父の右側に立っている祖母に一瞥をくれてやる。もう75になろうというのに、髪を茶色にして、貴金属類をチャラつかせて、いかにもセレブを気取った格好をしている。
 ――祖母のこんな姿も、虫酸が走るほど、嫌いだ。
 当の祖母は「こんな汚い所、来たくもないわよ」というのが見え見えの表情で、部屋の中を覗きまわしている。そしてある一点で目の動きを少しだけ止めると、まるで汚らわしいとでも言うように、すぐに視線の方向を変える。
 そのある一点とは、僕の姉のことだ。いつもそうだ。この2人は姉のことをまるで犬畜生か何かのように扱っている。
 そしてそれが、僕がこのスポンサーを嫌う理由だった。半分とはいえ、血が繋がっている姉を。僕の姉を、今みたいにしてしまったその責任は、こいつらにもある。確かに、全部が全部この夫婦のせいとは言えない。むしろ、直接の原因はこいつらにはない。
 でも、ダメなものを自分たちのために切り捨てるやり方が、気に入らなかった。正義を気取って言っているんじゃない。この祖父が一代で巨万の富を築き上げたのは、その狡猾さ、カリスマ性によるものだ。人生経験だって、時代の荒波を乗り越えて、今も世界に100もの支社、子会社を持つ財閥の会長に成り上がった祖父だから、もちろん僕の何億倍と豊富だろう。そもそも、人生経験ほぼゼロの僕に対して何倍だろうが、ゼロになってしまうんだけど。
 とにかく、それほど凄い祖父で、本来だったら自慢に値するような富豪の爺さんだ。だけど、そんなビジネスライクな考え方で自分の孫を見放したこいつは、僕に言わせれば、もはや人間じゃない。

 僕は、愛想良く「何の用?」だなんて間抜けに聞くつもりはさらさらなかった。
「悪いけど、言いたいことは分かってる」
 できるだけ冷たく聞こえるように注意して言った。
「なら飲め」
 祖父が簡潔に返す。要求を飲め、という意味か。
「僕の答えも、分かってるんだろ?」
「もういい加減終わりにしないか」
 祖父はイライラしている様子だったが、そんなことは関係ない。むしろその様子に理不尽さを感じた。終わらせないで、ずっと同じことを言い続けてきているのはアンタじゃないか。
「ずっと言ってるだろ」
 僕の決意は揺るがなかった。
「姉さんを一緒に連れていけ」
 これが、僕の提示しているただ一つ、たった一つの条件だった。
「ねえ、とも」
 今度は祖母が口を挟んだ。
「私たちと一緒に来れば、こんな狭い犬小屋みたいな部屋じゃなくて、もっと広い部屋をあげられるし、他の暮らしだって――」
「うるさいな!」
 狭い犬小屋? どの口が言ってんだこのクソババア。
「こんな状態の姉さんを放って、僕1人だけで行けると思ってんのか……!?」
「いいじゃないか、このアパートの家賃ぐらいは出してやる」
 おかしいだろ。この爺さん、やっぱり狂ってる。金を稼ぎ、地位を手に入れることに執着した、醜い欲望の塊。それがこの男のコアなんだと、僕は思う。
「世間体がなんだよ……アンタらの孫だぞ!?」
 それこそ世間体を気にしないくらい、近所迷惑な大声で、僕は叫んでいた。アパートの他の部屋の住人に聞こえたかもしれない。でも、今重要なのはそんなことではない。
「私たちの孫は、とも、お前だけだ」
 プツン、と、堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。もう耐えられない、と思った。
 僕だけだって? 姉はなんなんだ。僕の単なる同居人か、お隣さんか、仲のいい近所のお姉さんか? 実は血が繋がっていない、というだけで、ここまで冷たくなれるものなのか? あんなことがあったからって――、ここまで酷い仕打ちを受けなきゃいけないのか?
 怒りが度を超すと、その感情のベクトルを外側へと向けられなくなるという話を聞いたことがある。僕は今まさにそんな感じで、僕の怒りは檻の中で猛り狂うライオンみたいに、心の中で暴走していた。けどその檻は固く閉ざされていて、その怒りは決して外側へと漏れ出ることはなく、僕の喉からは何の音も発せられなくなっていた。
 祖父たちはまだ何かまくし立てているが、僕の耳には入ってきていなかった。僕が後ろ側に振り返って姉に目をやると、無表情なままさっきの小説を読んでいた。そんな彼女の様子を見ていると、どこかに消し飛んでしまっていた僕の声が帰ってきたようだった。
「とにかく」
 喋りっ放しだった2人を、タイミングも何も計らないままに遮って、僕は続けた。
「僕はいかない」
 静かな声で言ったつもりだったが、この一言は何故か効果てき面だったようで、2人は押し黙ってしまった。よっぽど僕の剣幕が凄かったに違いない。
「……生活費は、今まで通り振り込んでやる。でも、早く戻ってこい」
 ちなみにこの生活費とやらは、すべて僕の分。だから彼らは僕のスポンサーであって、僕らのスポンサーではない。
 こんなアパートじゃなくて、賃貸マンションにだって住めるくらいの金額が毎月振り込まれてくるが、このお金に頼るのは正直、屈辱としか言いようがなかった。
「戻るって言い方は違うな。元々、僕はアンタらのところで暮らしてなんかいなかった」
「自分の爺さん婆さんに向かって、アンタらなんて使うな」
 どうやら僕が勝ったようだった。
 ちょっと揚げ足を取ってやるとムッと来たようで、言い返してきた。それを見て少し優越を感じた僕は、さよならも言わずに、ドアノブを引いて、やつらの視界を遮ってやった。
 鍵をかけて、そして、一言。
「……ごめん、姉さん」
「ううん」
 ――火にかけっ放しだった味噌汁はとっくに吹きこぼれ、半分以下に量が減ってしまっていた。

 3ヵ月ぶりだったこの訪問は、僕の心にしばらく暗い影を落とすのに十分なほどの威力を持っていた。次にいつ、戻ってこいなどと誘いに来るかと思うと、嫌悪感が体を駆け巡った。姉はやっぱり気に留めない様子のままで、それが幸か不幸かは、僕にも分からないし、分かってもどうしようもないことだ。
 学校が始まって1週間も経つと、生徒たちの間では棲み分けがだいぶはっきりしてきた。が、僕に話しかけてくれたのは結局、三井と倉木の2人だけだった。社交性に乏しい僕だから、自分からメールを送るわけもなく、倉木の「メールしてね」にも答えられずにいた。
(まあ、メールして、なんて社交辞令だろ)
 普通はそう考える。だから、僕も大して気に留めていなかった。彼女に対して恋心でも抱いていれば少しは違っただろうが、生憎そんな感情はない。ただ単に、姉に似ている明るいクラスメイト。それだけだった。
 終業のベルが鳴り、担任が日直に号令をかけさせると、僕は学校に用はないのですぐに帰途に就こうとした。
(今日の材料買わないと……)
 自転車の鍵を外しながら夕飯の考えに献立を巡らせる僕。思考はそのままで、体は勝手に自転車を引いて動かして校門まで行く。
「……もくん」
 なんか面倒だし塩焼きそばとかでも……。
「ともくん?」
 でも、昨日は姉さんがハンバーグ作ってくれたしなあ……。
「ともくん、聞いてる?」
「え?」
 ハッとして自分の左側を見ると、そこには倉木の姿があった。どうやら僕は、まるで考え事をしている漫画の主人公みたいな感じだったようだ。
 そんなことより、なんで倉木がここにいるんだ?
「ごめん、考え事してた。何か用?」
 僕たちは学校の正門を通過したが、倉木と話をしているので自転車にまたがるわけにもいかず、僕は自転車を引き続けた。
「……メール、してって言ったのに」
「……へ?」
 彼女はちょっと不機嫌そうに言った。
「暇なときにメールしてねって言ったのに、メールしてくれないじゃん」
 ――なんのフラグだ、これは。「彼女は僕に惚れているんですね、わかります」と誤解されても文句言えないぞお前。
「暇なときにって言うから、忙しければメールしなくていいのかと」
「そんなの社交辞令に決まってるじゃん」
(そっちが社交辞令かよ、っていうか社交辞令って言葉の使い方、間違ってるよ。ちょっと頭が弱いのか)
 なんて心の中では毒舌なツッコミを入れながらも、口をついて出たセリフは少し焦っていた。
「あ、ああ……ごめん」
 彼女は下を向いて黙ってしまった。うーん、ちょっと僕が悪かったのかな……。悪くないような気もするけど。
「ほんと、ごめ――」
「ってのは嘘で、今日はいつも一緒に帰ってる娘が病欠だったから、一緒に帰ろうと思っただけよ」
 ああ、僕の謝罪も不安も期待も、全部僕の空回りだったと。なんか、空しいような、腹立たしいような気持ちが僕の胸の中で体積を増していく。
「いつも自転車に乗ってく様子が見えるからさ、たぶん同じ方向でしょ?」
「んー、向こうの橋を越えてからちょっと歩くくらいかな」
 ほら、コンビニがあるところを曲がるんだよ、なんて補足してやった。
「ああ、じゃあやっぱり近いよ。私は近くのマンションなの」
 リアクションが取れないセリフだったから、とりあえず、へー、なんて気のない相槌を打っておいた。でも、待てよ。一緒に帰りたいって言ってたよな。
「悪いけど、今日はこのまま買い物に行くから付き合えないよ」
 あんまり仲よくもない女子と2人きりで帰るなんて慣れてなくて、精神衛生上良くない。それに、姉に似ているこの娘には、恋愛感情も持てそうにない。
「えー、どこに?」
「交番の近くのスーパー」
 残念だけど今日は……という含みを持たせて言ったつもりだった。でも、彼女の提案は僕の予想を簡単に裏切った。
「じゃ、私も付き合うよ」
 ――それはちょっと……。なんで付き合ってるわけでもないのに、2人で買い物なんだよ……。
「夕飯の材料買うだけだから、いいって」
「いーの、私がついていきたいだけだから」
 いいって、僕はついてきてほしくないわけだから……。

 こうして、経緯はどうあれ、僕は人生で初めて、女の子と一緒に買い物することになってしまった。
(ま、たまにはこういうのもいいかな)
 ――僕の心からは、スポンサーの訪問の落とす影が、すっかり姿を消していた。

       

表紙

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Neetsha