Neetel Inside 文芸新都
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第四話「POPs(残留性有機汚染物質)」


 朝起きてギターの弦を張り替えて鳴らしてみる。けれど全くいい音が出ない。いつも通りのセッティングなのにいつもの音がしない。いや、音はいつも通りなのに何かが違う。


 気を取り直していつも通り作曲をはじめる。というより俺の場合作曲というよりも、サーチ行為といった方が正しいかもしれない。適当なコードを鳴らしテンションを加え、良いと思った進行を何度か繰り返す。そして耳がだんだんとコードの音を拾いメロディができる。これに適当な単語を重ねればすぐに曲はできた。そう、いつも通りならそれでできたはずだった。今日はまったくうまくいかない。今まではメジャーコードにルート音以外の音を加えれば安酒をひっかけたような陶酔感が得られたのに、コードを進行させても同じ音が続いていれば安っぽい恋愛小説のような情感のまっただ中に居られたはずだった。どうしようもなくなってエフェクターをすべて踏みほとんど原音のなくなったノイズを発振させる、ハイフレットあたりを適当に掻きむしった。すると股間の前で激しく動かしているその指が最悪の自慰行為に見えた。ちょうどその時隣人からドンドンと壁を打つ音が聞こえたので、俺は黙ってギターを投げつけてそれに応えた。


 俺は自分の耳がおかしくなったんだと思った。どうも昨日のライブでアンプの音量を上げすぎた気がする、けど昨日のことはよく憶えていない。客の声援だとか終わった後のライブハウスの外で待っている人達といっしょに飲みに行って話したことだとか他のメンバーの感想だとか。今ではそういった一切の物事が予定調和のようにさえ思える。まるで俺の書いたくだらない曲のようだった。「Suicide」は最近書いた俺の曲だが、さっきのようにギターを鳴らしていた時に頭にあったのがこの単語だった。それがだんだんとスタジオで音合わせをしたりライブで繰り返したりしていたらサビのはじまりが「I wanna suicide with you」になっていた……どうにもくだらない……結局最初にあった排他的な初期衝動が他人との接触で融点に達しアメ細工のように簡単にねじ曲がる。そして見事に渦巻状になった飴はパッケージングされ出荷されるのだった。


 ようするにポピュラーミュージックがその創世記にキャンディーポップと呼ばれていた時期から何も変わってはいないのだ。つまりそのパッケージのみが変化しつづけ、中身は同じままだ。ジーザスアンドメリーチェインが内容物にノイズを加えたってその商品名はいつまでたってもキャンディーだ。オゥ、ロード!使い古したコードでインスタントミュージックと歌った人に祝福を!ファッキン・ジーザス・クライスト!コントロールし続け甘い汁を吸う大人と、コントロールされていることに気づいてない子供達に愛を!そういえばその甘い汁ってやつはどんくらい甘いの?子供のころに舐めたアメ玉以上か?


 こんなどうでもいい事を考えている俺の耳にあるものが飛び込んできた。それはさっきギターを投げてからずっと鳴り響いてるフィードバックノイズでもなく、それに同調するように鳴る隣人が壁を叩く音や「うるせー!いいかげんにしろー!」という叫び声でもなく。それは大分忘れかけていたけれど紛れもなくあのファッキン・フール・ミュージック。そう、音楽そのものだった。なんだっけこれ……そうあれだ、俺の尊敬する……いや、していたミュージシャン達が昔は好んでいたらしいNo Waveってやつだ。単調なビートの上にかぶさる雑音――俺が今やりたいのはこういうやつだ。俺の今までの人生とシャレになっていて最高に笑えないがこれくらいしかできそうにもない。そして俺はさっそくアドレス帳の全員に向けてメールを打った。「来週俺のライヴやるから絶対に来いよ!」こう言ってはみたがそんなのを一緒にやるような知人は居なかった。まあ一人でもフロアタムを叩きながらギターをハウらせつつ叫ぶくらいはできるだろう。


 俺の尊敬していたミュージシャン達がなんで単調な歌からメロディックな歌へと流れていったくらいはわかってる。ノイズなんかが今では大したフックを備えてないってことも十分理解してる。もはやパッケージにアメ玉だと書いておきながら毒を喰わせることだとか、毒そのものを味わわせられる時代なんてとっくに終わったんだ。けど俺は今からとあるアメ玉工場に言ってそのラベルを貼り替える。俺のまわりのくだらない現代っ子どもはラベルの言うことならなんでも聞く。奴らラベルのためなら命だって惜しまないんじゃないだろうか。Suicideとそれに書けば奴ら自ずから死んでいくだろう、最後の最後くらいは自分のことは自分でやろうぜマイフレン。


Suicide!Suicide!大人たちに向かって叫ぶ、どうせロクな奴は居ない。
Suicide!Suicide!子供達にも叫んでみる、どうせロクな生き方はできない。

Suicide!Suicide!Suicide!Suicide!Suicide!Suicide!

SUUICCIDDDDE!!!!!!!!!!!!

       

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