Neetel Inside 文芸新都
表紙

親の七光り
偉大な父の息子として

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 馬の尻に鞭をくれた。いななく馬。同時に疾風が全身を掠めた。
 目を半開きにし、前方を見定める。
 見つけた。総大将。
 腰の弓を取る。片手で手綱を握りながら、矢を抜き取り、それを口の端にくわえた。
 姿勢を整え、手綱から手を離す。ここからは脚で馬を制御する。弓に矢をつがえ、構えた。
 総大将が何度もこちらを振り返っている。焦っているのか。命の危険が迫っていると感じているのか。
 手が汗ばむ。一矢。一矢で仕留めてみせる。
 耳の中で風が渦巻く。弦が震えた。矢を放ったのだ。稲妻の如く、矢が光と風を切り裂いていく。
 次の瞬間、総大将の身体が三日月にように反り返った。馬速が緩む。後方からニ連、三連と矢が飛び込んでいく。それらは全て、総大将の背に吸い込まれた。
 馬を脚で締め上げるのをやめた。総大将が馬から転げ落ちたのだ。ゆっくりと馬を寄せ、息があるかないかの総大将の首を、腰元の剣で掻き切った。
「わが軍の勝利だ」
 喚声。他愛も無い戦だった。勝利が約束されていたようなものだった。

「戻りました」
 自国。もはや周囲の国家など、恐れるに足りない。近頃の戦と言えば、小さな反乱分子を駆逐する程度のものだ。先ほどの戦もそうだった。
 人間など分かりやすい生き物で、突出したものが現れたら、そこに全てが集う。
 そして我が国、エクセラこそが、その突出した国家だった。
「で、どうだった。ラムサス」
 名を呼ばれた。この人はエクセラの王だ。人に自分の事を神王などと呼ばせている。
「他愛もありません。我が軍六万、敵軍二千。どうやったって、負ける戦ではありませんよ」
「皆殺しか?」
「分かりません。そうするように命令は出しておきましたが」
 皆殺しなど興味がない。神王がそうしろと言ったから、命令を出しただけだ。
 皆殺しに何の意味があるのか、と一度だけ聞いたことがあった。それに対し神王は、見せしめだ、と答えた。
「それではいかんな、ラムサス。君はそれでも軍神かね」
 軍神。いつの間にかついたあだ名だった。だが、功績らしいものは何も挙げていない。
 父が、偉大だった。他国から戦神と畏怖され、このエクセラを一大国家に築き上げた、最大の功労者だ、と聞いている。
 その父は病死し、その嫡男である俺が、後釜になったのだ。だから、軍神などとあだ名がついている。所詮は親の七光りでしかない。
「軍神、ですか」
 そう考えると、苦笑するしかなかった。
「お前の父、カルサスは偉大だったぞ。敵という敵を皆殺しだ」
「父と私は違います」
「・・・・・・。まぁよかろう。一応は忠実に命令をこなしているようだからな」
「また戦があれば、お呼び下さい」
 軍神だとか、皆殺しだとか、そんなものはどうでも良かった。ただ、俺は幼い頃から武芸ばかりをやっていた。だから、戦をしたい。
 戦をして、この培った武芸を遺憾なく発揮したい。ただそれだけだ。そこには神王の意思もエクセラの利害も存在しない。
 それに、このエクセラ広しと言えども、俺より強い奴は誰一人として居なかった。だからこそ、外に求める。外の世界で、自分の強さを確かめる。世界は広い、父カルサスの口癖だった。それがどういう意味なのか、まだ俺はよく分かっていない。

「ランド、馬の手入れを頼む」
「お、おかえりなさいませ。し、神王から何か言われませんでしたか」
「? 何かとは」
 兜を机に置き、鎧を脱ぐ。返り血が生々しかった。戦をしてきた。そう感じる一瞬だ。
「い、いえ、何でも・・・・・・ないです」
 ランドは普段からこうだ。オドオドとしている。これが少々気に食わないが、よく働く従者の一人だった。
「神王はいつもの通りだ。皆殺しにひどくこだわっておられる」
「そ、そうですか。しかし、ラムサス様も二十歳です。そ、そろそろ大きな、こ、功績を」
「分かっているさ。だが、戦がない。万単位の戦がな。もう残っている反乱分子も僅かだ。あと一年もせず、世は平定されるだろう」
 事実だった。父カルサスがやり過ぎたのだ。やり過ぎた、というのは変かもしれないが、父が、エクセラと対抗し得る国家を全て叩き潰していた。いわば、俺は残ったカスを掃除しているようなものだ。
「そ、そうですか」
「それよりランド、早く湯を沸かしてくれ。身体を洗いたい」
「わ、わかりました」
 自分の身体を眺める。どこにも傷はついていない。鎧に囲まれていたのだ。当然か。
 俺は幼少の頃から、周りと比べて頭抜けた体躯をしていた。今でもそうだ。阿修羅の如き肉体、と表現された事もある。
「宝の持ち腐れだな」
 独り言を呟き、苦笑した。
 この体躯があっても、使う場所が無い。父より早く産まれていれば。そう思う時もあった。
 父は、俺が十二歳の時に死んだ。死に目には会えなかった。朝起きて、使いの者から知らされただけだ。
 そして、14歳の初陣。思えば、あの時からずっと戦だ。勝って当たり前の戦ばかりで、鬱屈する日々が続いたものだ。

「お、お待たせしました」
「あぁ」
 明日は、戦があるだろうか。少しは、歯ごたえのある相手だろうか。
 湯に浸かっている間、俺は戦の事ばかりを考えていた。

       

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Neetsha