Neetel Inside 文芸新都
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 ハンスは、俺の目を見続けている。言え、ハンスは目でそう言っている。
 秋が終わり、季節は冬を迎えていた。暖炉で炎が揺れている中、俺は口を開いた。
「エクセラは確かに一大国家だ。兵力もあり、国が豊かなのは間違いない。だが、エクセラに忠誠を誓っている者は、ほとんど居ない」
 そう、エクセラの支配は人々の心までは浸透していない。一部の権力者達が声をあげ、人々はそれに従っているだけだ。今はそれに対して不都合は無い。ルースが上手くやっている。不都合が無ければ、不満の声は挙がらない。人々は大衆に倣う。小さな不満なら、口をつぐむ。だが、これはあくまで表面上の支配でしかない。神王と民の利害が、ルースの力によって一致・均衡しているからに過ぎないからだ。脆く、いつ崩れてもおかしくない絆で成り立っているという事だ。
「エクセラは、他の国を吸収して、あそこまで大きくなった。中には降伏した国もある」
 むしろ、降伏した国の方が多い。父カルサスの名声は、世界を蹂躙していた。戦神、それが父の異名だった。戦国時代後期は、無血開城した国が多数を占めているのだ。
「民は馬鹿ではない。特に、吸収された国の民はそうだ。無念に苛まれ、再起を願っている者も少なくないはずだ。それを神王は、恐怖で抑えつけている」
 ここに付け入る隙がある。そして、エクセラの政治の行く先が見えている者も居るはずだ。そういう者たちは、みな辺境に飛ばされている。神王のそういう嗅覚は、犬をも凌ぐ。
「そいつらと決起すれば」
「無駄だ」
 ハンスが言い放った。目は閉じている。
「それならば、アイオンが立案した事がある。だが、駄目だ」
「何故だ」
「我らがそれを叫んだ所で、誰がついてくる。エクセラと我らでは、強さが、国の大きさが違う。すぐさま反乱分子として駆逐され、処刑される。それを恐れて、人々は俯いたままだ。アイオンが先を見通し、私もそう思った」
 確かにそうだろう。だが、今は俺が居る。戦神カルサスの息子、ラムサスが。エクセラの軍神だった俺が居るのだ。
「ハンス、俺がエクセラで何て言われていたか知っているだろう」
「軍神だ」
 ハンスの顔が、はっとした。
「そうか、お前を筆頭にすれば」
 俺は頷いた。そう。エクセラには戦神が居た。だからこそ、人々は戦わずして国を明け渡した。しかし、もうその戦神は居ないのだ。その息子である俺も、反乱軍に居る。俺は親の七光りだった。だが、それでも人々は、俺を戦神の息子として見る。親の七光りを逆手に取れば良い。
「俺がエクセラを糾弾すれば、人々は立ち上がる」
 エクセラで名の知れている将軍は、俺ぐらいのものだ。新たな軍神としてドーガが台頭したが、奴には人望がない。民がドーガを認めるのは、当分先の事だ。恐怖で抑え付けようとすれば、人々は俺に付く。そして何より、ドーガは戦に負けたばかりだ。奴が何を叫ぼうと、説得力が無い。
「今は、エクセラの内政権を握っているルースが上手くまとめているが、それは中心部の話だ。辺境の方までは、まとめきれてはいない。そしてその辺境に、不満を持つ者、行く末を案じている者たちが集まっている」
 俺がそいつらに火を付ける。そしてこれは、俺にしか出来ない事だ。
「ラムサス、お前はグロリアスの英雄になるかもしれん」
「そんな事はどうでもいい。だが、エクセラが世を平定する事は許さん」
 ランドのような者を、二度と出してはいけない。ハンスが、グロリアスが世を平定すれば。
「アイオンを呼ぼう。この戦略、かなりの見込みがある」
 俺は頷いた。

       

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