Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 ラムサス。良い友人だと思っていたが、まさか神王の命に背くとは。
「おい、ルース。次の戦はいつ出来るんだ」
 ドーガだ。私はこの男が嫌いだ。声が不快で、何より不潔だった。無造作に髭は伸び、顔も汚らしい。野蛮で、頭の無い愚図でもある。
「懸命に内政を整えている。急かすな」
 だが利用できる。利用できるものは全て利用する。それが父ルーファスの教えだった。
 ラムサスとは幼少の頃からの仲だった。私は麒麟児と謳われ、周囲から持てはやされた。ラムサスも持てはやされていたが、あいつはそれを鬱陶しがっていた。
 あいつは私に、親は親、自分は自分だ、と一度だけ言ってきた事がある。くだらない持論だ。私は単純にそう思った。何故親を利用しない。私は親を利用する。あいつと私の最大の違いは、親を利用するかしないかだった。
「親の七光りが。お前の親父なら、もっと上手くやれるんじゃないのか。あ?」
 クズが。人より抜きん出ていると、こういう無能との付き合いが一番の苦痛だ。
「内政を学んでから物を言え。戦しか出来ない無能が吠えた所で、何も変わらん」
「なんだと、もう一度言ってみろ」
 青筋を立てている。単細胞が。サルは山で毛繕いでもしていろ。
「用が無いなら出て行け。邪魔だ」
 全身を震わせている。悔しいのだろう。こんな細身で、鎧を着込んだ事もないような男に馬鹿にされているのだ。
「女男が。死にたいのか」
 容姿を引き合いに出す。知恵が浅い証拠だ。
 確かに私は女のような姿だった。きめ細かな肌、腰まで伸びている艶やかな髪。衣服も女官が着るようなローブだ。
「ラナク、この猿を追い出せ」
 あとはラナクに任せれば良い。
 ラナクは寡黙な従者で、ラムサスが鍛えた武人だった。いつも私の側に居て、警護の任についている。体躯はラムサス、ドーガに劣るが、技量はドーガに勝る。
「ルース、俺が出世したら、てめぇは打ち首だ」
 負け犬の遠吠えだろう。
 とにかく今はやる事が多くある。神王が無茶ばかり言うのだ。今日も、税率を今の五倍に跳ね上げろ、と言ってきた。そんな事をすれば、民は反乱を起こす。それしか抵抗手段が無いからだ。知恵が浅い愚民どもだ。これに対しては、商業を発展させて金の回りを良くするしかない。税率を変えずとも、金が入ってくる。それで神王は満足するはずだ。
「ルース様」
 ラナクだ。ドーガを追い出して、すぐに戻ってくる。優秀な従者だ。
「なんだ」
「ラムサス様は、本当に」
 ラナクの師匠はラムサスだ。未だに追放されたのが信じられないのだろう。それ所か、反乱軍に寝返ったという話だった。
「あいつはもう私たちの敵だ。気持ちを切り替えろ」
「はっ」
 ラムサスはエクセラの軍神だった。誰もが親の七光りだと影で馬鹿にしていたが、有能だった。武芸も一流だ。だが、あいつは我が強すぎた。神王の命令を鬱陶しがっていた所もある。割り切れば済むことを、割り切れなかった。あいつはエクセラ向きの人間ではなかったという事だ。友人という事で、不快感は多少あるが、敵ならば仕方が無い。滅ぼすまでの話だ。
 反乱軍の参謀、名は知らないが、能力はあるのだろう。父の代から国を守り続けている。こちらから攻め入っても、地形の問題で追い返されるのがオチだ、とラムサスは言っていた。実際にドーガが攻め入ったが、無様に敗軍として戻ってきた。使えない奴だ。
 反乱軍は自ら動く事はほとんど無かった。度々、数千で攻め入ってきてはいたが、お遊びのようなものだ。こちらを油断させる布石に過ぎない。本命は別の所にあるはずだ。
「ラナク、辺境に左遷した者らに不穏な動きはないか?」
「今はまだありません」
 辺境には諜報員を送っている。監視役もだ。何かあれば、すぐに情報を持ってくるように言いつけてある。私が反乱軍の参謀なら、反乱分子を巻き込んで一斉蜂起を狙う。ラムサスが居るのだ。あいつを利用して、一気に飛躍を狙う。
「敵は、確実に反乱分子どもと接触する。警戒を強めるように伝えておけ」
「はっ」
 エクセラが世を平定する時は近い。平定したら、神王を殺す。そして私がエクセラを治める。だからこそ、こうやって信用を得ているのだ。信用を得れば、たやすく近づける。殺す機会を得られる。これは、まだ誰にも話した事のない野望だ。そして、これからも話す事はないだろう。
「ラムサス、お前が思っているほど、私は間抜けではない」
 蝋燭の火が、微かに揺らめいていた。

       

表紙
Tweet

Neetsha