Neetel Inside 文芸新都
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 敵の洗い出しが終わった。後は密書を送るだけだ。
 ラムサスは、グロリアスの英雄になるかもしれない。あいつでなければ、この戦略は成立しない。名声。人々の心に訴えかける、最大の武器だ。
 私は、人に恵まれている。グロリアスの統治者となっているが、私自身は凡人だった。ただ、人よりも多く経験を積んでいる。それだけの事だ。幼い頃から、戦を、政治を間近で見てきた。父も祖父も、凡人だった。人の才を見抜く。あえて言うなら、これに長けているぐらいだ。
 アイオンもローレンも天才だ。クラインは努力の天才で、人一倍、辛酸を舐めている。そして、ラムサス。あいつの過去は知らなかった。聞いても、鼻で笑うだけだったのだ。だが、それで良い。話したくないのであれば、それで良いのだ。ラムサスはラムサス。今はグロリアスの将軍の一人だ。
「星は見えないだろう」
 外に出た。ラムサスが、独りで夜空を見上げていたのだ。
 山の冬は厳しい。夜になると、それはさらに顕著になる。
 ふと、遠くに目をやった。どの山も、頂上は雪が積もって白く染まっていた。吐く息も白い。空は雲が覆っている。雪が降る雲だ。
「ハンスか」
 声色が虚しかった。隣に立ち、空を見上げた。目をこらしても、星は見えない。
「ハンス、ここは安らかな国だな。民も穏やかな表情をしている」
 ラムサスの息も白い。
「エクセラはそうではなかったのか」
「あぁ。殺伐としていて、権力者たちは足の引っ張り合いだ。民の表情は明るかったが、心の底では笑っている者は居なかっただろう。グロリアスの民を見て、俺はそう思う」
「お前も、そうだったのか?」
 腰を下ろす。下は草地だった。霜が降りていて、かすかに湿っぽい。
「俺はそんな事に興味は無かった。戦が出来れば、それで良かったのだ」
 ラムサスは立ったままだ。まだ、空を見上げている。
「俺の父は偉大だった」
「ほう」
 風が吹く。身の芯まで凍えるような冷たさだ。
「人はみな、俺をその父の息子として見てきた」
 親の七光り。私には縁の無い話だった。父らが凡人だったからだ。だが、ラムサスは違う。偉大な父、それはラムサスに重く圧し掛かった事だろう。だからこそ、人一倍努力して、結果を出さなければならない。そうしないと、人に認めてもらえない。そして、結果を出しても正当な評価をして貰えない。それが、偉大な親を持つ子の宿命だ。
「ギリだけは違ったがな」
「副官か?」
「あぁ」
 ラムサスの顔が笑った。
「あいつは俺の従者だが、親友みたいなものだ。分け隔てなく、何でも話せる」
 辛い境遇だったのだろう。素直にそう思った。だが、強い。だからこそ、強い。
「そしてランドもそうだった」
 縁故の者だ。ローレンから聞いたが、そのランドという者が殺された瞬間、ラムサスは単騎で敵陣に突撃したという。心の中に激情を秘めている。だが、その事について責める事はしなかった。
「ハンス、今回の作戦、必ず成功させるぞ」
「あぁ」
 ラムサスが去っていく。その背は、哀愁を漂わせていた。
 飛躍の時。今がまさにその時だ。ラムサスが機会をもたらし、アイオンやローレン、クラインが、みんなが成功に繋げるのだ。
 戦。戦をする意味は、人によって違う。平穏をもたらすため、自らの出世のため、快楽のため。
 自分にとっての戦の意味、それは何なのか。私は夜空を見上げ、独り考えていた。

       

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