Neetel Inside 文芸新都
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「ローレン、陣を変えろッ」
 西の辺境。私たちは囮として戦場に出向いていた。兵力二万。対するエクセラは八万だ。
 敵の動きがラムサスに似ていた。いや、正確にはラムサスの動きを雑にしたような感じだ。ラムサスとは一度だけ手合わせをした事がある。あいつがまだ、エクセラに居た頃の話だ。あの時の動きに似ている。
「敵軍の指揮官は、ラムサスの元部下か? ギリとランド以外に親しい従者は居ないと聞いていたが」
 ローレンが血気に逸っている。あいつはラムサスを好敵手として見ていた。敵の動きで感化されたのか、強気だった。いつまでも偃月の陣なのだ。敵は大軍、いずれは飲み込まれる。
 一方のクラインは鶴翼の陣で、敵を上手く迎撃していた。V字型の穴に入り込んでくる敵を、見事にさばき切っているのだ。さすがに歴戦の将軍だ。守りも得意で、こちらに不安要素は無い。
 ローレンとクラインには前衛の兵を五千ずつ与えた。前衛を右翼・左翼に出し、私がその背後で後衛の指揮を取る。弓矢を射掛けているが、敵の中衛は盾を持っていた。これもラムサスのやり方と同じだ。あいつとは兵法について、一晩語った事がある。その時に、喋っていた。
「ローレン、陣形を変えろッ。いつまでも偃月で居れば、飲み込まれるぞッ」
 さっきから旗を振らせているが、一向に陣を変えようとしない。
「あの馬鹿。仕方ない、騎馬隊、弓矢を捨て置け。接近武器に持ち替えろ」
 飲み込まれそうになったら、突撃して救うしかない。ローレンは武芸に関しては天才だが、戦はまだまだ経験が足りない。だが素質はあった。
 敵の前衛が鶴翼になった。ローレンを誘い込むつもりだ。あの誘いに乗れば、確実に飲み込まれる。
「駆ける用意だ。怯むなよ」
 だが、ローレンも陣形を変えた。横陣。ゆっくりと下がっている。敵は鶴翼のまま、進軍していた。逆に誘い込んでいる。
「あいつ、ギリギリまで戦っていたのか」
 ローレンの奴。状況把握能力が高い。やはり素質はある。
 敵が弓矢の射程範囲に入ってきた。
「ローレンがやった。弓矢を射掛けろッ」
 矢の嵐。敵の兵が次々と馬から転げ落ちていく。
「ラムサスに似ているが、まだまだだな。大軍の扱いには慣れていないようだ」
 すぐさま敵が軍を下げた。ローレンが偃月の陣に組み直し、それに追い討ちをかけている。クラインも一足遅れて、攻め入った。
 善戦している。ほぼコチラの想定通りに戦が動いている。つまり、戦場の支配権を握っているのだ。いかに大軍でも、戦場を支配されれば負けるしかない。
 ローレンとクラインがかなり押し込んでいる。だが、不自然だ。何かがおかしい。もしかすると、戦場の支配権を握っているのではなく、握らされているのではないか。エクセラ軍は下がっているが、乱れてはいない。後衛だから分かる光景だ。前衛はそれ所ではない。遮二無二、突き進んでいる。
「さっき、弓矢の射程範囲に入ってきたのは布石か」
 前衛の周囲に目をやった。両脇に林。まさか。
「旗を振らせろ。下がらせる」
 ラムサスに似ている動きだからと油断していた。だが、もうエクセラにラムサスは居ないのだ。これは全くの別人が指揮している軍なのだ。

 ラナクは上手くやっているだろうか。
 この戦に勝てば、エクセラを、世を治める事ができる。
 ラナクはラムサスの弟子だ。戦のやり方も、それに通ずる物がある。だが、師匠のラムサスはもう居ない。あいつが居なくなってからは、この私がラナクの師匠となった。私は内政だけではない、謀略も使える。
 もし、謀略を戦に生かす事ができたら? ラムサスの教えに、私の教えを加えたならば?
「これ以上ない、最強の戦術者の誕生だ。軍神ラムサスと、この私のやり方を組み合わせれば、反乱軍など」
 オリジナルのラムサスには敵わずとも、他の将軍なら踏み潰せる。
「ラナク、お前の赴いている戦場は、兵を隠すには持ってこいの場所だ。捨石を使い、敵を殲滅しろ」

 伏兵。
 一瞬だった。旗を振らせ、下がらせようとした瞬間、両脇の林から矢が降り注いだのだ。そして騎馬が飛び出した。間髪入れず、本隊も突撃してきた。三方向からの締め上げだ。しかも大軍。放っておけば、壊滅する。
「くそッ、完全にやられた」
 クラインは上手く兵をまとめ、何とか踏みとどまっているが、ローレンは完全に混乱している。統率が取れていない。
「騎馬隊、陣形を組め。鋒矢(ほうし)の陣だ」
 鋒矢。↑型の陣形で、突破力に優れている。その反面、横からの攻撃にめっぽう弱いが、今はそんな事を言っている余裕はなかった。ローレン軍と合流した後、しかるべき陣に変えるしかない。
 鋒矢の陣の場合、総大将は最背面に位置する。背後から指揮を取る形だ。
「ローレン、死ぬなよ。行くぞ、全力で駆けろッ」
 見据えるその先は、血しぶきが舞っていた。
 

       

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