Neetel Inside 文芸新都
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「ぐッ」
 渾身の力で襲いくる戟を切り払う。身体は動くのだ。だが、屈している。心が、ドーガに屈している。恐れるな。ここで踏みとどまれなければ、全滅だ。死を恐れるな。ドーガを恐れるな。何度も自分の心を叱咤した。
 その瞬間だった。
「ラムサス様ッ、アイオン様が退け、と旗を振っています、指揮をッ」
 ギリが駆けて来た。
 やっとか。やっとなのか。だが慌てるな、落ち着け。
「よしッ、陣は横陣、敵をさばきつつ下がれッ。歩兵は槍を突き出して牽制しろッ」
 ここが正念場だ。自らに言い聞かせる。これが、これが戦なのか。これが、圧倒的兵力差での戦なのか。父は、こんな戦に幾度となく勝利してきたのか。
 戦神。その意味の重さを実感した。他国が震え上がり、無血開城したのも頷ける。この戦、俺一人ならば、どうにもならなかっただろう。アイオンが策を持っている。これに全てを賭けたのだ。
 本当に俺は、軍神なのか。軍神という名に溺れていなかったか。連戦連勝したのは間違いない。だが、勝って当たり前の戦ばかりだった。兵力が五分と五分のハンスとの戦ですら、引き分けに終わった。
 俺は、何もしていない。父から教えられ、その方法で勝って、父の軍を受け継いで、父の異名を借りたに過ぎない。俺自身は、何もしていないのだ。
 ドーガの言っている親の七光り。これは真実ではないのか。
 悔しさが、心の奥底から滲み出てきた。こうやって耐えている事が出来るのも、父の教えのおかげだ。俺は、何もしていない。
「凌ぎきれッ、ここが正念場だぞッ」
 だがそれでも、それでも俺は軍神だ。俺に付き従ってくれている兵たち、反乱を起こそうとしているエクセラの兵たち、この者たちは、軍神である俺を信じている。ドーガに侮辱されようと、俺の力がドーガに及ばない事がわかろうと、俺を信じている者たちが居る。これは紛れも無い事実だ。
「歩兵、もっと槍を突き出せッ。騎馬隊、歩兵と組んで敵を迎撃しろッ」
 だからこそ、俺は今を戦う。戦い抜く。この思いが、恐怖を抑え込んでいた。
 後方から矢の雨が降り注いだ。アイオンが射掛けさせたのだ。敵の騎馬の勢いが、ほんの少しだが緩んだ。反撃の機か。いや、アイオンは下がれと命令している。ここは、このまま耐え抜く。
「ラムサス様、敵軍の勢いが死んでいますッ。打って出るべきではッ」
「いや、ダメだッ。アイオンの命令を最優先するッ。今のうちに、崩れ掛かっている陣を組みなおせッ」
 敵軍が動揺している。次々と矢で騎馬が落とされているのだ。どうする、ドーガ。
「ちィッ。勢いをつけ踏み潰すッ。反転しろッ」
 妥当な判断だ。これで距離が開く。アイオンの命令通り、これで下がれる。
 ドーガ軍が一斉に反転した。大軍の反転。圧巻だ。土煙が砂嵐のように舞っている。
「今が機だ、ラムサス軍、下がれッ。反転して、全力で駆けろッ」
 言って馬首を回す。アイオンの旗を見る。内通の命令。ここで出すのか。一体、何故。ここで敵軍を寝返らせても、ドーガ軍の勢いに飲み込まれるだけだぞ。
 いや、考えるな。アイオンの命令だ。俺はそれに従うまで。
「ギリ、旗を振らせろッ。アイオンから内通命令が下ったッ」
 ギリが困惑している。俺もお前と同じ気持ちだ。だが、信じろ。アイオンを信じろ。ドーガ軍が反転を終え、こちらに駆けてくる。凄まじい勢いだ。あの圧力に耐え切れるのか。
 旗を振らせた。
 瞬間、ドーガ軍の後方で混乱が起きた。だが、混乱が小さい。やはり、ルースが手を回していた。これでは、ドーガを止める事は出来ない。ドーガが一瞬、後ろを振り返った。だが、お構いなしに突撃してくる。許容範囲の混乱と判断したのだ。つまり、大した成果をあげていない。アイオン、どうするつもりだ。
 旗。アイオンの旗が振られている。後退命令。しかも、後衛の陣までだ。何がしたい。
「何がしたいんだ、アイオンはッ」
 だが、命令だ。
「ラムサス軍、全力で駆けろッ。俺がしんがりをつとめるッ」
 急ぐしかない。ドーガの軍勢が駆けてくる。もう踏みとどまる事など出来やしない。全軍で受け止めるというのか。無理だぞ。あの勢いと兵力の前では、損耗した俺たちの軍など一飲みだ。
 デンコウの振動が激しくなった。地面が荒れているのか。地に目をやる。枯れ木、枯れ枝、枯れ草。おかしい。こんな物、布陣した際にはなかった。辺り一帯に配されている。山積みにされているものが十数点。
 空気が乾いている。
 駆け抜けた。後衛と合流する。振り返る。ドーガ軍の先頭が、枯れ木、枯れ枝、枯れ草の地帯に足を踏み入れた。
 その瞬間だった。火矢が、赤い雨が降り注いだ。
 その無数の赤い雨が、地に降り立った瞬間、紅蓮の竜が咆哮をあげた。
「火計かッ」

       

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