Neetel Inside 文芸新都
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 炎が天を貫き、熱風が戦慄を巻き起こす。ドーガ軍が地獄の叫びをあげていた。
 阿鼻叫喚。現世の地獄だ。これが、アイオンの戦なのか。凄まじすぎる。
「ら、ラムサス様、これは」
 ギリの声が震えていた。無理もない。俺も状況に飲まれつつあるのだ。
 よく耐えた。今、頭に浮かんでくるのはこれだけだ。あの圧倒的不利な状態で、よく持ち応えた。俺が指揮したからではない。兵たちが、しっかりと気を持っていた。勝利のため、飛躍のため、主のため。それらが力となり、耐え抜いたのだ。そして、その結果がアイオンの火計。圧倒的勢いの大軍を一網打尽に粉砕・滅却へと導く計略。
「ラムサス、何をぼーっとしている」
 この声、後ろを振り返る。
「今が機だ。一気に逆転するぞ」
 アイオンだ。馬に乗っていた。
「どうすればいい」
「何を言ってるんだ? お前らしくもない。寝返ったエクセラ軍が、後方でドンパチやっている。そいつらをまとめろ。俺は火だるまの残りを仕留める」
 そう言って陣に戻っていく。
 そうだ。アイオンの言うとおり、今が逆転の機だ。火計に驚いている暇はない。
「ギリ、生き残りの兵をまとめろ。騎馬のみで編成する。歩兵は火計から逃れてくる敵を討たせろ」
「はっ」
 騎馬の生き残りはニ千という所だろう。ドーガとのぶつかり合いで、半数以上が死んだ。だが、それは無駄な死ではない。その死の上に、勝利がある。戦を終わらせるための勝利があるのだ。ランドの死も、兵たちの死も、決して無駄にはしない。いや、無駄にはしてはならない。
「騎馬隊、偃月陣。後方で寝返ったエクセラ軍が、反乱を起こしている。そいつらを援護し、勝利につなげるぞ」
 喊声。同時に駆ける。逆V字型の陣形。
 火炎地獄の脇を駆けた。焦げ臭さが、鼻を刺激した。人が焼ける臭いだ。叫び声は小さくなっていく。次々と死んでいるのだ。炎が、人や馬を次々と死へと追いやっている。
 これがアイオンの戦なのか。俺とは正反対のやり方だ。
 計略など。俺は今まで、そう思っていた。戦は兵がするものだ。兵が、将が強くなくて、何ができる。そう思っていた。そしてこれは、事実だろう。計略以前の話であり、戦の大前提なのだ。
 だが、勝てなかった。俺のやり方では、ドーガ軍に敗北していた。兵と兵のぶつかり合いでは、間違いなく数で踏み潰されていた。アイオンの火計が、勝利につなげたのだ。火計が全てを覆したのだ。
「しかし、気持ちの良いものではないな」
 呟いた。心の奥底にある嫌悪感を、口に出した。
 否定はしない。だが、俺とは縁のない戦の仕方だろう。計略は、全てを覆す。兵の質、将軍の質、士気、陣形での駆け引き。それら全てを覆す力を秘めている。戦は結果が全てだ。勝てば次がある。負ければ、全てを失う。過程や方法などに、こだわるべきではない。だがそれでも、俺は兵と兵のぶつかり合いが好きだ。アイオンのような戦の仕方もある。それを体験した。今は、それだけで十分だ。
 後方に回り込んだ。確かに、激しくぶつかり合っている。
 知っている顔がいくつかあった。父の代からの将軍たちだ。すでに陣形を作って応戦している。さすがと言うべきか。
「騎馬隊、陣を崩すな。このまま攻め入るぞッ」
 駆け抜けた。剣を構える。
「我が名はラムサス、グロリアスの軍神だッ」
 敵。首を飛ばした。血しぶきが舞う。熱風が全身をかすめた。ドーガの陣は、なおも燃え盛っている。
「エクセラからの離反者たちよ、今が機だ、喊声をあげろッ」
 燃え盛る炎を背に、兵が声を上げた。天を貫く勢いだ。士気が最高潮に達している。アイオンの火計が、さらにそれを突き上げる。
 エクセラ軍がとまどっている。
「突撃しろッ」
 そう叫んだ瞬間、蜘蛛の子を散らすかの如く、敵軍が逃げ出した。
 当然の結果だ。指揮官であるドーガは火の海の中で、生きているかどうかすらも怪しい。頭が無くなった軍など、烏合の衆も同然なのだ。
「追撃しろ、このままエクセラ領内まで踏み入るッ」
 ここから、どこまで攻め入る事が出来るか。グロリアス飛躍まで、あと一歩だ。
「ギリ、アイオンに追撃の旨を伝えろ」
「はっ」
「離反者たちよ、俺に続けぇッ」
 駆けた。ドーガの陣は、まだ燃え盛っていた。

       

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