Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

「崖上に丸太・岩を設置し終えました」
「あぁ、わかった。すまないな」
「いえ。次は、落とし穴でしょうか」
「そっちはクライン軍がやってくれている。お前たちは、食事を取れ。休んでいないのだろう」
「ハンス様に比べれば、我らなど。罠をもう一つ、作って参ります」
 そう言って、部隊長が去っていく。
 国境。
 何とか自国まで逃げ延び、敗軍をまとめた。生き残った者は全軍で僅かに四千だった。二万がただの一戦で、四千にまで減った。いや、四千も生き残ったと言うべきか。あの戦、全滅してもおかしくはなかった。当然、私も戦死していただろう。ローレン軍が命を捨てた。捨て身で退路を確保したのだ。そのおかげで、私は生きている。四千の兵が生きている。
 ローレンが負傷していた。左腕を刃物でえぐられ、肉を削ぎ落とされていたのだ。おびただしい血の量で、応急処置は施したが、万事を取って寝かせていた。出血していた時間が長かったのだ。
 私を守るため、ローレンは勇猛果敢に突き進んだ。私に迫りくる敵を何人も突き殺し、飛んでくる矢を払い落とした。だが、そのせいで左腕をえぐられた。しかしそれでも声を上げず、あいつは苦悶の表情で駆け続けた。私に要らぬ心配をかけさせたくなかったのだろう。
 私は情けない人間だ。素直にそう思う。突出した所が何一つとしてない。あるとするならば、人望だった。だが、それは目に見えないものだ。それが私を余計に不安にさせる。敗戦、ローレンの負傷、兵の死。これらは、私に何か突出した能力があれば、免れたのではないのか。
 ローレン軍の兵たちは、私に生きろと言ってきた。グロリアスに必要なのは私だ、と。だが、あの兵たちもグロリアスに必要なのだ。命に優先順位などない。あってはならない。だが、私は生き、ローレン軍の兵たちは死んだ。私を生かすために死んだ。
「ローレン、左腕の具合はどうだ」
 陣屋に入った。ローレンは寝床に伏せっている。
「大丈夫です。次の戦にも出られます」
 強がりだろう。額に大粒の汗が浮かんでいる。痛みをこらえているのだ。息も荒い。
「お前のおかげで、私は生きている」
「僕は務めを果たしただけです。それより、まだラナクは来ませんか」
 斥候を出したが、ラナク軍の進軍は緩やかだった。すでに勝ったつもりでいるのだろう。確かに、あそこまで完膚なきまでに叩きのめせば、余裕も出てくる。だが、本来ならば追撃を急ぐべきだ。敵の君主が居る。しかも手負いだ。これ以上にない機会なのだ。
「あの男、戦の経験は少ないのだろう。大軍を恃んで、余裕を持っている」
「そうですか。僕と一緒ですね」
 確かにローレンも戦の経験は少なかった。だが、天性の勘を持っている。センスだ。これは時に経験をも凌ぐ。
「とにかく、罠をいくつも張って、敵には退却願おう。ラナクは現場の指揮は見事なものだったが、大局は見えていないらしい」
「はい」
「ローレン、お前は眠った方がいい」
 言って、陣屋を出た。
 兵でのぶつかり合いは避けたい所だ。ぶつかるにしても、士気を極限にまで削ぎ落としてからだ。国境が山間に位置しているおかげで、罠は仕掛けやすかった。岩なだれと落とし穴で敵の数と士気を削ぐ。ラナクの進軍が緩やかなおかげで、罠はいくつも作れる。
 兵たちが、よくやってくれた。昼夜兼行で動いているのだ。
「ハンス殿、ローレン殿の具合は」
 クラインが駆けてきた。
 クラインは目立った負傷はなく、兵と共に罠作りに従事していた。
「強がってはいるが、辛そうだ。しばらく前線には立たせない方が良いだろう」
「ふむ、そうですか。しかし、ここが踏ん張りどころですな」
 その通りだった。ここでエクセラ軍を追い返さねば、後がないのだ。
「あぁ。私も罠作りを手伝おう」
 アイオン、ラムサス、お前たちは勝っているのか。

       

表紙
Tweet

Neetsha