Neetel Inside 文芸新都
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 4日ほど駆けた。デンコウと二人だけの旅だ。軍団長になってからというものの、こういう時間は全く取れなかった。当然と言えば当然だが、不満の一つでもあった。
「やぁ、見えてきたな。あの頃と変わりない」
 広大な牧場。見渡す限りの草原に、穏やかな風が流れていた。デンコウが歩を緩める。久々の故郷を見て、何かを感じ取ったのかもしれない。
「爺さん、居るか。ラムサスだ」
 草原の中にぽつんとある小さな家屋の前でデンコウを止め、俺は声をあげた。
 まだ父が生きていたころ、ここによく遊びに来た物だった。父は軍人で、滅多に顔を合わせる事はなかった。そして顔を合わせれば、いつも稽古だった。まだ幼少だった俺の逃げ場が、この牧場だったのだ。
 しかし、家屋から返事はなかった。
「留守か」
 突然の訪問だ。仕方ない。
 デンコウの傍に行き、首筋を撫でる。それに対しデンコウは、ゆっくりとまばたきをした。
「そうか、気持ちが良いか」
 この仕草は、喜んでいるのだ。
 デンコウをこの牧場から出してからは、ずっと戦だった。共に駈け抜け、共に生き、共に功を立てた。俺には、ハンス、アイオン、ローレン、ギリと信頼できる仲間は多く居るが、その誰よりもデンコウを信頼していた。
「初めてお前に乗った時は驚いた。まるで電撃のように速く、疲れを知らない力強い走りだったな」
 電光。俺はこの馬に乗った時、不意にそう感じていた。
 元々デンコウは、人になつかない馬だった。爺さんがいうには、プライドが高く、人間を格下と見ていたらしい。しかし、俺にはなついてきた。そんな俺を見て爺さんは、時代を超える英傑になれる、などと言ったものだった。
「あの頃から、周りから親の七光りと言われていたからな、俺は」
 風がなびく。目を閉じた。
 ずっと戦だった。穏やかで平和な日が頭に浮かんでこない。常に武器を握り、人を殺す術を、自分の身を守る術だけを考えてきた。何のために、俺は強くなるのか。エクセラに居た頃は、分からなかった。ランドが死んで、グロリアスに来て、世を平定するためだ、と分かった。
 しかし、それが正しいのかは分からない。これを言い出せばキリが無いが、結局の所は俺は戦いたかった。戦が好きだからだ。だが、こうして穏やかな風に当たっていると、心が澄んでいく。戦っている時とは違う気持ち良さが、ここにある。
「もしもし? お客さんかしら」
 女の声。俺は目を開けた。
「ふーん」
 女は、俺の姿をじろじろと見ている。
「あんた、軍人でしょ」
 女の目に殺意が宿った。強い殺気。無意識に、剣の束に手がいっていた。
「馬を買いに来た」
 言いつつ、剣の束から手を離す。こんな女に、俺は何を。心の中で苦笑する。
「軍人は馬を戦場にやる。戦場にいった馬は次々と死んでいく。そんな奴らに、馬なんか売れるものか」
「だが必要だ」
「売れないって言ってるだろ」
「爺さんはどうした」
「あたしの爺ちゃんは、もう死んだ。あんた達、軍人が殺したんだ」
 戦に巻き込まれたか。少し悲しい気持ちになったが、仕方がない。すぐにそう思った。
「そうか、死んだか。久し振りに顔を合わせられると思ったのだが」
「あんた、爺ちゃんの知り合い?」
「そういう事になる」
「名前は」
「ラムサス」
 俺がそう言った瞬間、女の目から、殺意が消えた。

       

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