Neetel Inside 文芸新都
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 その瞬間だった。デンコウが飛び込んだ。脚で何も伝えていない。手綱も持っていない。それなのに。
 距離が消される。再び剣の距離になった。いや、デンコウが剣の距離にした。
「なっ」
 男が目を見開いた。槍が脇を削り、火花が激しく飛び散る。今が好機。
 斬り上げた。槍が螺旋を描き、虚空へと吹き飛ぶ。間髪入れず、柄尻で胸を激しく突いた。男の身体が馬から落ちる。態勢を整える前に、剣の切っ先を喉元に突きつけた。
「終わりだ」
 同時に、槍が地面に突き刺さった。
「くっ・・・・・・」
 刃が、太陽の光を照り返していた。一瞬の出来事だ。デンコウでなければ、死んでいた。心臓を貫かれていた。
「僕の負けだ。首を刎ねろ」
 切っ先は動かさない。刎ねるつもりなどない。
「どうした、早くしろよ」
 俺の実力じゃない。俺が勝てたのは。
「馬だ。馬の差で勝った。俺に首を刎ねる権利などない」
「何を言ってる。馬の差でも、勝利者はお前だ」
 結果を言えばそうだ。だが、満足が行かない。それに小僧のくせに強い。実力伯仲。一言で言えば、こうだろう。
「ならば、兵を退け」
「首を刎ねろ」
「ダメだ。お前はまだ若い。俺は、またお前と勝負したい」
「・・・・・・本気で言ってるのか」
「本気だ。本来ならば、皆殺しにしなくてはいけないが、それ以上の物を得る事が出来た。だから、兵を退け」
 神王に何か言われる。もしかしたら、処罰が下るかもしれない。しかしそれでも、この小僧を生かしておく意味がある。
「ハンスさんに相談する」
「左翼の奴か?」
「そうだ。僕には甘い」
 だから、コイツを抑え切れなかったのか。どの道、情けない上官だ。
「分かった」
 剣を喉元から離した。一騎討ちで敗者が生き残る。それは生き恥を晒すのと同然だ。
「お前は負けていない。俺の軍では、そう言っておこう」
 何を馬鹿な事を言っているんだ、俺は。敵に情けをかけるとは。
「・・・・・・」
 男は、歯を食いしばっていた。
 俺は剣を鞘に収め、自分の陣へと帰還する。勝った。だが、殺していない。兵たちは、怪訝な表情で俺を見ていた。
「ラムサス様、騎馬隊は動かしませんでした。これで良かったでしょうか」
 ギリだ。さすがに、俺の性格をよく掴んでいる。
「あぁ。あれは、俺の実力で勝ったわけでは無いからな」
 そう。デンコウの力で勝った。つまり、俺はまだまだ未熟だという事だ。
「反乱軍の兵が退いたら、帰国するぞ」
 
 ローレンが敗れた。
 反乱軍の中で、ローレンに勝てる者は誰一人として居なかった。それは、自分とて例外では無い。武芸の天才だった。反射神経も、動体視力も、馬を操る技術も、どれを取っても一級品だった。だがそれでも、敗れた。
 意外だったのは、エクセラの総大将がローレンの首を取らなかった事だ。殺戮の国、エクセラの総大将が、ローレンを見逃した。
「ハンスさん、申し訳ありません」
 顔を伏せたローレンが戻ってきた。声が震えている。泣いているのだろう。
「あの総大将は強いな」
 ローレンが頷く。顔は伏せたままだ。
「兵を退くぞ。どの道、作戦は失敗だ」
 それに、ローレンが負けた事で兵の士気がガタ落ちだ。クラインの指揮する前衛部隊も疲弊していた。
 激しい攻撃だった。車輪の陣形、良いものを見せてもらった。外から見ていても、抗し難い圧力だと分かった。
「良いのですか」
 鼻をすすりながら、ローレンが言った。
「これ以上、ここに留まっても仕方が無い。兵も早く帰りたいだろうからな」
 ローレンが静かに頷いた。始めての負けだろう。だが、これをバネに大きく成長する。ローレンは、まだ若いのだ。
 ふと、作戦の事を思い浮かべた。
 エクセラは、どんな規模の小さい反乱でも、万単位の軍を導入してきた。そして例外なく、皆殺しだ。これは何年もかけて調べた事だ。だからこそ、ここに隙があると考えたのだ。
 エクセラは国土が広い。東から北にかけて、隙間なく大地を保有している。それに比べ、私たちは西から南にかけての『L』字型でしか領地を保有していない。
 今回の作戦は、これを利用したものだった。私の軍二千五百は、あくまで囮だ。エクセラ軍が大軍で攻め寄せてきた時の時間稼ぎ。だからこそ、精鋭で固めた。
 主力は南の方だった。兵力は四万。反乱軍の全兵力だった。西でエクセラの大軍を釘付けにし、南から大挙して攻め寄せる。エクセラは、北からやって来る異民族からも国土を守らないといけない。どうしても、兵力は分散されてしまうのだ。
 だが、何故か今回だけは二千五百で現れた。冗談だと思い、すぐさま突撃を仕掛けたが、本当だった。
 戦略が看破されたと思った。そしてすぐに南へ連絡の者を送り、作戦の中止を知らせたのだ。
 そして、この結果だ。
「エクセラは、やはり手強いな」
 思わず、苦笑してしまった。現実は甘くない。もう四十になるが、改めて身に染みた言葉だった。

       

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