Neetel Inside 文芸新都
表紙

本気と書いてマジと読む
鏡 by 濃すぎ

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なんとなく眩しい。
目覚める。朝だった。
カーテンを開けて、なんとなく窓を開ける。
特に見たいものがあるわけでもないが、テレビをつけてみた。
テレビには、老い肥えた占い師が偉そうに世論を述べている。
別に間違ったことを言っているとは思わなかったが、
どこかありきたりで、それが本心だとは思えなかった。
「アンタは、金星人マイナスね、来年は良いことがあるわよ。」
いつの間にか話題は星座の話にすり変わっていた。
金星人がどうとか、火星人がどうとか、信じる気になれなかった。
言ってしまえば、そんなことを信じている奴の気が知れなかった。
朝から全く、嫌なものを見た。黒い、不快感が込み上げてきた。
リモコンを拾い上げ、断ち切るようにテレビの電源を切り、またリモコンを投げ捨てた。
そして投げ捨てられたそれは、部屋のその辺に力なく脱ぎ捨てられている、パーカーの上に着地した。
パソコンの電源をつけた。
パソコンが起動するときの独特の音が、部屋に響く。
別に見なくてはいけないサイトがあるとか、そういうわけでもなかった。
しかしそれは習慣のようなもので、なんとなくパソコンをつけていないと落ち着かない錯覚に襲われるのだ。
恐らく、煙草がやめられないというのも、こんな感じなんだろうなあ。
別にパソコンを使うのは全く悪いことではない、と思っている。
インターネットを通じて多くの人と交流し、情報を入手することができるのだからな。
ふと、情欲が込み上げてきた。
物欲でもなければ食欲でもない、女を抱いている妄想が、頭の中を占め出した。
これは肉欲なのか、性欲なのか。
特に罪悪感は感じない。パソコンの画面には裸の女が映っていた。
情欲は、嵐のように突然現れ、
気づけばどこかへ消え去ってしまうのだ。

暇なので、自称小説家たちの集まる掲示板を見てみた。
小説の題名が、ずらりと並んでいる。
恋愛ゲームやら、親を殺したり、果てには殺人ゲームなど、
それはもはや、つまらないとかそういう次元ではない、
なんだこれは、という幼稚な単語の羅列だった。
内容は、まあ予想通りと言えば予想通りだった。
別に見ていて悲しいとも思わなかったし、当然楽しいとも思わなかった。
ここまで酷いもの見ると、むしろ笑いが止まらなかった。
狂ったように俺は、一人小さく笑い続けた。
その小説を書いた人は、小学生か中学生。はたまた高校生だろう。
これから日本を支えていく彼らがこんなことでは、
美しい国なんて出来るはずがない。
別に偽善でもなんでもない、純粋で無垢な不安がそこにあった。
やがて不安は失望に変わり、そしてその失望は苛立ちに変わった。特に理由は無い。
俺は乱雑な仕草でパソコンをシャット・ダウンした。

あと30分で学校が始まる。
急いで身支度しなくては。
洗面台に立って、鏡を見る。
自分には、口元に、特徴的とも言える大きなホクロがある。
別にコンプレックスだとは思わない。
むしろこんなものは個性さ。
俺は、鏡に向かって笑って見せた。
しかし、鏡の俺は笑わない。
笑ってくれない。
もう一人の僕は、誰にでもでも分かるほどにどこか汚い目をしていた。
汚い目?
そんな馬鹿な。
言い知れぬ恐怖が背筋を通り抜けた。心霊現象だ、心霊現象だ。
話題が出来たという1割の喜びと、9割の恐怖が心の中で渦巻いている。
恐ろしくなって、足早に洗面台を後にした。
もうあと10分で授業開始だ。
間に合わない、仕方が無い、今日も遅刻しよう。
別に遅刻することは悪いことではない、学校の言い分をわざわざ鵜呑みにする必要もあるまい。
人は、一人一人違うのだからな。それも、個性だ。
そしてなにより俺は希望に満ち溢れている。
この腐った国を建て直す、政治家に、救世主になるのだ。
別にキャリアのある有名進学校に通っているわけでもないのだが、
なんとなく自分が将来大物になるような気がしてならないのだ。
だって学歴が全てじゃないだろう?
人生、学歴なんて全くたいしたもんじゃない。
むしろ不要なものだ。大事なのは、心さ。
だから遅刻くらい、どうということもないさ。
今思えば、自分でも気がつかないほどに。
自然と、ごく自然と自分を正当化していたのだ。

家を出たころには、もう授業が始まっている時刻だった。
別に急ぐわけでもなく、通りすがる人々を睨み付け、自分を大きく見せようと必死だった。
しかし、カラダの大きなガラの悪い兄ちゃんが見えたら、急いで視線を下に向けた。
別にビビった訳じゃない。ただメンドクサイことは嫌いなんだ。
その気になれば、顔の形が変わるまで殴りつけてやる。ガラの悪い兄ちゃんが土下座するまで、
殴り続ける。妄想を見た。
拳を握り締めた。不敵な笑みを浮かべる俺。

途中、居酒屋のガラスに映る自分の顔を見てみた。
そこには、表情のない、のっぺらぼうが居た。
髪型も服装も、俺と全く同じものだった。
しかし、顔だけが無いのだ。
まあ、目の錯覚か、光の具合で見えなかっただけだろう。

猫が居る。猫を見ると和んだ。動物は基本的に好きだ。よく女の子にそう言うんだ。
でも蟻とか蚊とか蜘蛛は大嫌いだぜ。
あんなものは、存在価値が無い。この世から消えてしまえばいいんだ。
しかしよく見るとこの猫、ずいぶんと不細工な顔をしてるな。
よく見ると小汚い体だし、
しかも俺に喧嘩売ってるような目つきだな。
猫を思い切り蹴り上げてやろうかと思った。
だけどやめた。
そんなことで警察に捕まりたくないからな。
これをビビりとかいう奴は正直頭が悪い。
俺とは生まれ持ったものが違う。
本当に頭の良い人間は無駄なことはしないのさ。

学校へ向かって歩き出した。
今日も良い天気だなあ。
どうして空はこんなに大きく、青いんだろう。


少年は歩き去る。
猫はその背中をじっと見つめる。
猫はこう言った。

「君は僕で」

猫は不敵な笑みを浮かべて続けた


「僕は君」


猫の姿は、もう無かった。

       

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