Neetel Inside 文芸新都
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九月四日(MON)午前七時〜九月五日(TUE)午後六時

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一日目

九月四日(MON)午前七時

 最近、妹が恐ろしい。
 元々冷たい目をした奴だったけど、ここんとこそれに磨きがかかっているような?
 顔洗うときとか、便所の入口で交錯するときとか、朝飯の最中とか――凄い目で、俺のことを見
ている。
 なんなんだ。
 なんでなんだ。
 何か、あいつの気に障るようなことしたか? 俺。
 してねぇよな?
 あれか、生理か?
 女は生理の週は機嫌悪いことがあるって聞くしな。
 うん、そうだ。
 そういうことにしておこう。
 俺に非はない――はず。

九月四日(MON)午後七時

 最近、お兄ちゃんを普通に見られない。
 あの日からだ。
 お兄ちゃんが、部屋で誰かの名前を呟きながら――いやらしいことをしていたのを、ドアの隙間
から見てしまった時。
 あれから、なんだろう、おかしい。
 この気持ちが何なのか、分からない。
 ただ、一つだけ確かなのは。
 あれがきっかけになって、あたしは今凄くお兄ちゃんが気になっている。
 今だって、お兄ちゃんのことばかり考えている。
 体が、火照ってる。
 なんだろう、この、妙な気持ちは――

二日目

九月五日(TUE)午前七時四十分

 ヤバイ、間に合わない。
 これは走らなければ。
 と思ってた時に、妹が背後から近付いてきた。
「お兄ちゃん」
 煩い。
 お前は、学校近いんだから、まだ出なくても間に合うんだろうが、俺はヤバイんだよ!
「悪いけど、俺は時間が――」
「あ、あたしも、一緒に行きたい」
 何を言ってるんだ。
 お前の中学と、俺の高校は逆方向にあるんだぜ。
 戯言に付き合ってられない、という意思表示のため、俺は勢いをつけて立ち上がって、ドアノブ
に手を掛けた。
 しかし、妹はそんなことお構いなしに靴を履いている。
「お前な――何を考えてんの?」
「お兄ちゃんの高校にね、カッコイイ人がいるの。で、その人の写メ撮って来る係になっちゃっ
て――」
「なんだその妙ちくりんな係は」
 妹は赤面して、手をぶんぶん振っていた。
「じゃ、ジャンケンで負けたのー!」
「あっそう。まあ、来るのはお前の勝手だけど、走るからな」
「うん!」
 朝だというのに、明るい声。

九月五日(TUE)午前八時

 汗が、こぼれる。
 必死に呼吸を整える。
 てか、あいつはえぇ!
「お兄ちゃ~ん! 遅いよぉ」
 お前がはえぇんだよ。
 てか、校門前で「お兄ちゃ~ん!」とか言うな! ハズいわ!
 ――ということを言いたかったが、如何せん、俺は酸欠だった。
 膝に手をつき、屈んで、体力の回復に努めるしかなかった。
 チャイムまであと五分。必要以上に飛ばしすぎたかもしれない……
「…写真、撮れたのか……?」
「え……と、なんか、いなかった」
「ふうん……お前、遅刻すんじゃね?」
「走れば、大丈夫かな」
 妹はそう言って、俺の肩に手を置いた。
「体力ないねぇ」
「…お前、陸上部だっけ?」
「ううん。演劇部」
 演劇部も、筋トレとかすんのかな。
「和也ー」
 後ろから、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。俺の名前をこんなにも美しく、はきはきとした声で呼
んでくれるのは、麻子(あさこ)だけだ。
 麻子を見て、妹の顔が、急に険しくなった気がした。
 気のせい、だろう。
「なに、その子」
「妹の都子(みやこ)だよ。お前見たことなかったっけ?」
「そういえば、妹いるって言ってたっけ。はじめまして、黛(まゆずみ)麻子です」
 都子は、小さく頭を下げただけだった。
「お兄ちゃん。あたし、もう時間ないから行くね」
「ああ」
 都子が性急に去って行った。
「都子ちゃん、可愛いねー」
「そうかあ? あんなの、邪魔くせぇだけだぞ」
「えー? あ、そうだ」
 麻子はそう言ってから、急にモジモジし出した。俺は耳を近付けてやる。麻子は両手で俺の耳を
包んで、間に開いたところに口を当て、ひそひそと喋った。
「今日、行く?」
「んー、行きたい」
 今日は朝から最悪だったが、ようやく救われた思いだ。
 麻子のほうから誘ってくれるとは。
「早く学校終わんねぇかなー」
「バカ」
 放課後が、楽しみだ。

九月五日(TUE)午後六時

 なに、あの女。
 ――彼女?
 お兄ちゃんに、彼女?
 いるわけないと思っていたのに。
 だって、お兄ちゃんは自分で自分を慰めていたのに――
 あたしは、確かにそれを見たのに。
 ああ、もう。
 今日は、授業にも部活にも全然集中できなかった。
 あの女のせいだ。
 あの女。あの女――
 ――死ねばいいのに。

「ただいま~」
 溜息交じり。
「おかえり~」は、返ってこない。
 お母さんはパートだから、この時間にはいない。
 お兄ちゃんは部活をやっていないから、この時間には大抵家に居て、そして、「おかえり」って、
返してくれるのに――
 友達と、遊んでいるのだろうか。
 …友達?
 …彼女?
 …あの女?
 ――あの女?
 あの女と、いるの?
 あたしは、足元の座布団を蹴り上げた。
 どうしてこんなに怒っているのか、自分でもよく分からない。

       

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