Neetel Inside 文芸新都
表紙

One year
第一話 事の始まり

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春うらら。
冬を乗り越え、寒さが確実に暖かいものに変わってくるこの季節。
今年で19歳になる俺は社会人への一歩を踏み出す最初の季節。


のはずだった。


着慣れた制服を着て、登校したのは三年間通った西方高校。
通称西校と呼ばれる進学校でも不良校でもなんでもない、どこにでもある一般的な普通の高校だ。
正門から校舎に続く、並木道。その正門の前で、俺、竹柴 真志は四年目となる高校生活に突入する。







事の始まりは一年前。





始業式が終わり、めでたく三年となった俺の元へ二年の担任だった木元先生がやってきた。
「ホームルームが終わったら教育指導部に来なさい。」
教育指導部…名前の通り教育指導の部屋だが、進路相談や会議など、様々な用途で使われる場所でもある。
存在自体は一年の頃から知っていたが、行く事はなかった。自分で言うのもなんだが、一般的かつ普通の生徒である俺が、
行く必要もなかったからだ。進路相談にせよ教育指導にせよ必要なかった…はず。
三年に上がったばかりの俺がいきなりそんな風に呼び出されるのは、正直焦りを隠せなかった。
近くにいた友達からは「お前何やったんだよ」と肘で突付かれ、からかわれる。
「何もないって。どうせなんか手伝ってくれとかそんなんだよ。」と冷静を保ちながら、俺は最初のホームルームを迎えた。

新しい担任は長谷川先生。一度か二度、話したかどうか…そんな記憶しかなかった。
元々三年を担当していた先生だけあって会話する機会もなかった。どこかの顧問だったわけでもないし。
最初のホームルームはすぐ終えた。現在の二年生から授業制度が変わるという内容だったが、
すでに三年生の俺には関係ない。適当に聞き流し、俺は早々と教室を出て、教育指導部へ向かった。

………教育指導部ってどこだっけ?









長谷川先生に場所を聞き、本館の一階へ向かう。

うちの高校では本館と別館が二つ、体育館、武道場、グラウンドとだいたい六つに分けられている。
俺の教室があるのは別館。別館は新館と旧館があり、俺達三年生は旧館の2階が教室となっている。
新館は主にパソコン室など特別教室の他、通常の教室よりも大きめの部屋が用意されている。
本館は三階建てで、二階が一年、三階が二年となっている。一階には職員室、保健室、そして教育指導部など、
教員がいる部屋が多い。このあたりはどこの学校を探してもほぼ同じ作りだろう。
体育館と武道場は隣り合わせにあり、その裏側に各それぞれの部室がある。
とはいってもうちでまともに活動しているのは野球部、サッカー部、バスケ部、剣道部ぐらいで、
バレー部やテニス部ばほぼ活動しておらず、文化部も吹奏楽部と演劇部ぐらいだ。
入学当初はたくさんの部活動があったが、時が経つにつれほとんどが人数割れだったり、先に挙げた部活に練習場所をとられたりと、
活動を停止せざるをえない状況だった。
結果、約二十室ある部室も使われてるのは事実5,6室。空いた部屋は運動部の物置に使われている。
しかし、グラウンドは狭い。野球部とサッカー部がグラウンドを取り合う姿を見る事も多い。
一応日によって決められてはいるようだが、その時の部活人数によってどちらが使用を主張する事が多い。
その点、バスケ部はバレー部が活動していない事もあり、体育館を丸ごと使えてるのが強み。
ちなみに文化部は新館の空いてる部屋で活動している…らしい。あまり近寄らないので詳しいことはわからないが。





さて、ここが教育指導部だ。
なんていうか…職員室や保健室に比べ、どこか入りづらい空気を出している。
ドアの上には『教育指導部』と書かれたパネルがあり、間違いなく教育指導部だ。
しかし…入りたくない。なんかこう、なんていうか…ドアが重い。見た目的に。
だが呼ばれている以上、無視をするわけにいかない。もしここで帰ったら…。
「三年一組 竹柴 真志、すぐに教育指導部まで来なさい」
という次の日にネタにされるであろう放送がかかるのが目に見えている。ただでさえクラスメートにからかわれてるんだ。
これ以上、変にからかわれる前に問題はぱぱっと終わらせよう…ドアに手をかけ、少しだけ息を吸った。

「失礼します。」

がちゃ、と見た目だけじゃなくそれなりに重いドアを開ける。
そこには木元先生の他、二年時の別クラスの担任、そして教育指導部の担当、大山先生もいた。
「きたか竹柴。ちょっと中に入って待ってなさい。」
教育指導部の中は意外と質素だった。
教員用机が四つ、来客用と思われるソファーが二つ。特別何か珍しい物があるわけでもなく、
本当に職員室を小さくしただけの部屋だった。
中に入り、言われた通りに待つ。先生は「遅いですね」とまだ何かを待ってる様子だった。
「一体なんだろうか」「早く帰りたいな」頭の中でぼーっと考えていると、教育指導部のドアが、がちゃっとゆっくり開いていく。

「遅くなりましたー!」
そこから顔を出したのはバンダナを巻いた笑顔満開の男。
「あれ、真志、お前も?」
俺に気づき、よう、と挨拶を済ます。

こいつは小山 春好。
一年、二年と同じクラスでよくつるんでいた。三年になってからクラスは変わってしまったが。
一般的に言う不良の位置に該当する生徒だろう。煙草を吸ったりケンカをしたりと無茶はしないが、
いわゆる「我が道を行く」タイプで、授業中だろうが何だろうが腹が空けば飯を食い出し、
面倒になれば家に帰る。本能のままに生きている。いわゆる馬鹿だ。
ちなみにチャームポイントのバンダナは真っ赤で、本人曰く「俺にケンカを売った奴の血」らしいが、
その直後に後ろにあった値札\500でまさしく真っ赤な嘘だった。
髪に金が入っているため、赤がとても映える。

そういえば始業式にいなかったような…さぼったな、こいつ。
「小山、遅いぞ。」
「すいませーん。で、何か用ですか?」
「あぁ。とりあえずちょっと待っててくれ。」
木元先生が春好と入れ替わりで出て行く。
「なんなんだ?」と聞いてくる春好に対し、俺は一言「さぁ?」と返した。

春好と「どこのクラス?」と適当な会話をしながら、そこでひたすら待つ。
「そういえば高貴が…」
春好が止まらない口でそう言いかけると同時に、学校内スピーカーから声が聞こえてきた。
「三年一組 大城 高貴、三年二組 円井 定史、三年三組 川上 幸太、三年四組 伊谷 香苗。すぐに教育指導部に来なさい。繰り返す…」
木元先生だ。外行ったのは放送のためか。
それにしても今呼ばれた名前…
「高貴達全員呼ばれてたな。」
春好がどこか楽しそうにしている。いつみても陽気な奴だ。

大城 高貴、円井 定史、川上 幸太。
この三人と春好は一年の時からよく一緒につるんでいた連中だ。
春好がライトな不良だとするなら、前三人はヘヴィな不良。煙草も吸うし、ケンカもする。
校則違反の原付だって乗るし、授業をサボるのは日常。先生とよく言い争う姿も見る。
春好が何故そこにいるのかはわからないが、そのおかげか俺も一緒に丸められ、不良四人組ではなく五人組と呼ばれていた。
「しかし香苗ちゃんも来るのか。」
伊谷 香苗。
おそらく同級生なら全員知っているだろう。

元々西校の運動部は地域から見て強豪に分類される位置にいた。
野球 サッカー バスケ 剣道、現在活動している三つの部活動を始め、今でこそ停止状態のテニス部もそれなりに強さを誇っていた。
しかし、一年の夏が過ぎると三年は部活を引退する。その後、残った二年生や一年生で大会に挑んだのだが、
結果は惨敗。個人の部では一人を除き全敗、団体戦も同じ結果となった。
それから部員のやる気がなくなったのか、一人また一人と部員は減っていき、
三学期が始まる頃には三、四人しかおらず、二年に上がる頃には一人しか残っていなかった。
その状態では新規部員も来ることがなく、そのまま今の状態に至っている。

その一人が伊谷 香苗。
伊谷は一年の頃、テニス部の有望選手として学校に入学し、テニス部に入部した。
その噂に偽りなく、一年で団体のレギュラー入り、個人戦でも成績を残し、三年生は引退した。
しかし、強豪だった三年生とは打って変わって、二年生はまったくと言っていいほど勝てなかった。
これは噂ほどでしか聞いた事がないので事実はわからないが…どうも、伊谷の活躍が面白くなかった一部の二年生が、
わざと負け、テニス部の存続を危うくしたとかなんとか…。その二年生はもう卒業しているので確かめようもないが。
その後、たった一人のテニス部となった伊谷だが、部員の定員割れ、新入部員の皆無…その結果、教員会議にてテニス部は活動停止となった。

それから伊谷はしばらく学校に顔を出さなかった。
根も葉もない噂では「プロになるためにテニススクールに入った」だの「よくない連中と遊んでいる」だの、
色々流れていたが、二年生の三学期頃に学校に現れた。
教員の計らいか忘れていたのかは知らないが、伊谷はまだテニス部に所属している事となっており、
一人しかいないため、部長という事になっている。
だが、当の本人はその後テニスをした姿を見せていない。
元々あまり関わりがなかったため、春好からの情報でしかないが…その伊谷がまた似つかわしくないメンバーと一緒に呼ばれたもんだな。

「…失礼します。」
放送してしばらくすると、教育指導部のドアが開けられた。
そこから現れたのは伊谷 香苗だった。
黒髪を後ろで結び、いわゆるポニーテール姿…だったのが、テニス部の伊谷。
今はそのポニーテールを見る事がなく、下ろしたロングへアーとなっている。
一年の頃、話題になってたから話したことはないが見たことは当然ある。
その時は明るく友達の多い印象だったが…今は、暗い表情だ。三学期からの復帰後、彼女は明るい姿を見せなかった。
一度だけ、テニスコートを遠めに見る彼女を見かけたことがある。
今の彼女は、テニスがなくなったためこの状態になっているかもしれない。

「伊谷か、悪いがもう少し待っててくれ。」
「…はい。」
ドアを閉め、俺達と同じように立ち尽くす。
「香苗ちゃんも呼び出し食らうなんてなんだろうねー。」
春好が変わらない口調で話し出す。
…そういえば、こいつ中学の頃はテニス部だったかなんかで、一年の頃は伊谷とよく話してたな。
当の伊谷は聞いてるのかどうかわからない感じで「うん」や「そうだね」と繰り返している。
そんな状態で話を続けるあたり、春好の性格も凄い気がする。

     



それから何分経ったか。
大山先生も外に出て行き、俺達は話も尽きてただ立って待っていた。
春好が「せんせー、まだー?」と時折発するが、先生からの返答は「もう少し待て」ばかりだ。
やがて立って待つのも飽きたのか、教育指導部にある本を読み始めた。

「…一体なんだろうね。」
春好がいなくなったスペースの分、俺と伊谷は微妙な距離感ができてしまった。
なんとなく気まずくなった俺は声をかけることにした。
「なんだろうね。」
やはり聞いてるのかどうかわからない口調だ。
「伊谷は結構優秀だよな。春好は見ての通り馬鹿だからここに呼ばれる理由もわかるが…」
本を物色している春好が「なんだとー!」と言ってるが、あえて無視をすることにした。
「竹柴君は違うの?」
「俺は一般的かつ普通の男子生徒だから呼び出される理由はいまいちわからない。」
「一般的かつ普通…結構、春好君達と一緒にいるように見るけど。」
う…それを言われると少しつらい。やはり普通の生徒から見ると、どうも五人組の一人として捉えられるらしい。
だが、それなりの点数と成績を残してるからそこにいる馬鹿とは少し違う。うん、そう思いたい。

そんな事を話しながら…いや、一方的ではあるが、待っていると教育指導部のドアが再び開かれる。
「っんだよ! 離せよ!」
大山先生と木本先生が入ってくると同時に、その後ろから凄まじい声で暴れながら、捕まえられた定史と幸太が入ってきた。
「おー定史、幸太。遅いぞー。」
「あ? なんだ、春好に真志か。お前らも呼ばれたのかよ。」
二人が完全に中に入ったところで先生から離される。その後は特に暴れる事なく、地面に居座り春好と喋り出した。
「おい円井に川上。大城はどうした?」
「あいつなら今日きてねーよ。呼べっつってもさっきから電話でねーから無理だべ。」
「呼ぶなら直接家まで行けよ。いるかどうかしらねーけどな。」
やれやれ、相変わらずな二人だ。
高貴はまだ話のわかる奴なんだが、この二人はやんちゃな小学生がそのまま高校生になったような感じだ。

「じゃあ仕方ありませんね…大山先生。」
「うむ…よし、お前らよく聞けよ。」
大山先生が机から何かの何枚かの書類を出し、それを俺達に手渡ししていく。
内容は…二年度成績報告書? なんだこれ。
「今日のホームルームで話があったとは思うが、今年度から少し授業制度が変更となる。」
そういえばそんな話をしていたな。
二年の事は関係ないと思って聞いてなかったが…確か、単位がどうのこうの。
「今のお前らの授業制度には変更がない。二年生からの適用となるので、現在の一年も授業制度に変更はない。
 ホームルームでは簡単な説明しかなかったと思うが、詳しく話すとだな…。」


今の二年、一年から、現在の普通科は廃止され、総合学科に移行される。
適用されるのは二年からだが、総合学科は単位制度となり、授業も生徒が選ぶ形となる。
もちろん必修科目もあるが、文系を目指す生徒は文系を、理系を目指す生徒は理系を、自由に選択できることとなる。
これにより進路をうまく選択することができる、らしい。
とにかく総合学科に移行することにより、二年生の授業内容が一気に変わるということだ。
だが、それが俺達に何の関係があるのだろう。

「さて、では本題に入ろう。まずさっき渡した書類を見てもらえばわかると思うが…。」
俺は再び書類に目を通す。
二年度成績報告書…俺はそれを隅々まで調べる。

【単位不足のため卒業は困難】

…落ち着け。もう一度見るんだ。

【単位不足のため卒業は困難】

………俺はゆっくりと残りの奴らを見る。
春好達はほとんど見てない。
伊谷は…動揺していない。あれ、俺だけか!?


「ちょ、先生、これなんですか?」
「見ての通りだ。」
いや、そうだけど。
もうちょっと詳しく…


「つまりそういうことだ。お前ら全員、二年生の時、出席日数が不足している。
 それを変更された授業制度にして考えると、それだけの単位が足りないんだ。」

もう一度書類を見る。
その発言を聞いたからか、春好達も書類を手に取り始め、最後に書かれた文字を見て騒ぎ出した。
ゆっくりと読む。最後の文字の近くに、【十二単位不足】と書かれている。
…多いのかどうかわからない。

「一つの授業は基本的に二単位だ。十単位足りない場合は五つの授業、二十単位足りない時は十の授業が足りない。」
「俺八単位足りないんだけど!?」
何!? 春好、俺よりも少ないのか!?
「おいおい、俺と幸太は十八だぜ…。」
「…伊谷は?」
「…言いたくない。」
…多いんだな、多分。春好が一番少ないのは何か気に入らない。

「…不足してるとどうなるんですか?」
恐る恐る聞いてみた。ここに書いてある内容通りだと補習や何やらが追加されると思うのだが…。
「今の授業制度ではこうなると補習だけでどうにかするのは難しい。そこで会議の結果…」


「お前達、七人にはもう一年高校に通ってもらう事になる。」


………ああ、つまり、
「留年かよ!?」
ありがとう春好、俺の気持ちを強く代弁してくれて。でも出来れば聞きたくない単語だよ、それ。
「つまりそういうことだ。だが、制度の変更に伴い、来年留年しても今のように三年生として通うのは難しい。」
授業制度が変わるのだ、それもそうだろう。
二年生が三年生にあがっても、授業制度は変わらずそのまま適用される。つまり、今の俺達の授業のように、
教室で全員揃って授業するということはほぼないのだ。

「ってことは…留年した場合はどうなるんですか?」
「うむ、それだが…新たに四年生となって、高校に通ってもらう事になる。」
よ、四年生…。
三年として通うのではなく、四年生として通うってことか…それ、凄く恥ずかしいな。
四年生ってことは留年してますってのをアピールしているもんじゃないか…別に四年生じゃなくても知られるだろうけど。

「っざけんな!」
定史と幸太が立ち上がった。
「なんでもう一年学校なんかに来なきゃいけねーんだよ! ただでさえ退屈なところにきてやってんのに、
 もう一年通うなんてめんどくてやってられねーよ! 俺達は帰るからな!」
そう言って、出て行く。
木元先生が追いかけるが、大山先生が「放っておきなさい」と呼び止めた。
…多分、どんだけ暴れても言い争っても、これはもう決定事項なんだろうな。
「せんせー。」
一人残って座っている春好が手を挙げた。
「さっき七人って言ってたけど…ここにいる俺と真志と香苗ちゃんと…さっきの二人と高貴で六人だよな? あと一人は?」
そういえばそうだ。
呼び出しをいれた分を入れても六人。あと一人足りない。
呼び出しも使わないとなると、事前に連絡が入っている…と考えるべきか。

「ああ、今日は欠席してるんだが、あと一人、林田 舞が該当している。」
林田 舞…あいつか。

春好も当然知っているが、一年の頃同じクラスだった奴だ。
青のショートカットへアーで男気溢れる、男じゃないのかと思うぐらい男っぽい女だ。
確か校則違反なのに原付の免許をとって運転してると交通事故にあって、二年生の半分以上は病院で過ごしていた。
今の話と関連性を持たせると、おそらくその期間の間に単位不足になったんだろうな。
元々校則違反の原付運転での交通事故だから学校側もかばいきれず、全部欠席扱いにされてたんだっけ…。
そのへんは、伊谷と少し似ているだな。…多分、多いことだろう。
確かもう退院はしてるはずだが、今日は休んだのか。ケガの具合、あんまりよくなかった気がするし。

「で、そういうことだ。大城や林田にはまたこちらから話すが、ひとまず最初に話しておく。
 学校の考えとしては、やはりきちんと卒業したほうが今後のためにもなる。だが、それでももう一年となると、何かと問題があるだろう。
 どうするかは、両親との話し合いで決めてくれ。私達は強制的にもう一年来いとは言わない。」



そして俺達は教育指導部から解放された。
帰り道、せっかくなので春好と伊谷と一緒に帰りながら話をしていた。
「真志はどうすんの?」
「俺は…面倒だが、高校は卒業したほうがいいだろ…。」
先生の言うとおり、きちんと卒業したほうが今後のためにはなると思う。
しかし、俺一人では決めれない。両親と話もしなきゃいけない。…なんだか憂鬱だ。
「香苗ちゃんは?」
「私は…どうしようかな。」
伊谷の単位数は驚きの二十四単位。…話を聞くと、総合学科は一日の授業は三回ある。
六時間ある中で三回なので、一つの授業は二時間だ。
月火水木金の五日間あり、一日三回の授業。つまり単位は六単位だ。
最大の単位数は三十単位。それの二十四単位不足ということは、ほぼ毎日だ。
ちなみに春好は八単位なので、四つの授業しか出なくていい。俺は六つ。…考えると案外楽だな。
しかし伊谷は多い。二年の間、ほぼいなかったからだろう。
二学期が丸々抜けているから全部足りないんじゃないかと思ったが、どうやら運よく、月曜の授業分だけ、足りていたらしい。

そこまで多いとさすがに考えるか。
伊谷の好きなテニス部もないし、復帰したとはいえ伊谷が学校に居残る理由はほとんどないかもしれない。
帰り道、普段騒がしい春好も静かになり、俺達はとぼとぼと帰路を歩いていた。



     



それから、一週間後、定史と幸太は学校をやめた。
先生に聞いたところ、話をした次の日に退学が決定したらしい。
春好と高貴はもう一年、通う事にした。
春好に聞いたところ、高貴は「社会に出るのが一年遅くなったと思えばラッキーだろ」と言っていたらしい。
伊谷は…どうなんだろうか。あれから見ていないが…もしかしたら、やめるかもしれないな。
俺も人の事は言えない。一週間経った今も、親に話すらしていない。
ここの学校に通うため、アパートを借りて一人暮らしもしている。そのため、俺もある程度資金を出しはしたが、
9割は親に出してもらっている。それをもう一年、だなんてのは…ちょっと言いづらい。
かといって、やめるにしても言う必要がある。どちらにしても言わなきゃいけないんだが…。

「竹柴。」
悩んでる俺のところに、木元先生が声をかけてきた。
「あれから伊谷と話はしたか?」
「いや、してないけど…なんかあったんですか?」
「うん…実はな、伊谷、大学からスポーツ推薦がきてるんだよ。」
へぇ…まぁ、中学の時から有名だったらしいからな。何かのオファーはあってもおかしくないだろう。
「だが、テニス部があの調子では、今の推薦も無しになってしまう。伊谷の才能は確かなものだから、俺としてはなんとかしてあげたいんだよ。」
そういえば、木元先生はテニス部の顧問だったっけ。
テニス部廃止の時に最後まで粘っていたのも木元先生だって聞いた事あるな…。
「そこで、来年からテニス部の活動を復帰させる運動をしている。
 残念ながら留年した伊谷は公式大会には出れないが、在学して部に関わってると分かれば推薦も通りやすい。
 もちろん伊谷のやる気次第ではあるんだが…。」
なるほど。しかし、当の伊谷はどうなんだろうか…テニスは、きっとやりたいとは思うが…。
「伊谷には話してないんですか?」
「この前の時は場所と時期の関係で話せなかったんだよ。だから話そうと思ってるんだが…学校にきてないんだ、あいつ。」
やっぱりそうか…このまま、放っておけば伊谷も学校やめてしまうかもしれないな。
………うーん、俺としては留年仲間は多いほうがいい。また春好や高貴をつるんでいると、変な噂が立ちそうだ。
よし、ここは木元先生や伊谷のために…。
「わかりました。じゃあ伊谷に連絡とってみます。」
「おお、そうか! 連絡がとれたら、一度学校に来るように話してみてくれ。」
それだけ言うと、やや上機嫌に木元先生は去って行った。
さて、とはいうものの…伊谷の連絡先はわからない。というか、そういうのって学校が把握してるもんじゃないのだろうか。
まぁ知ってそうな奴は検討がつくけどな・・・。





「香苗ちゃんの連絡先?」
昼休み、中庭で紙パックの牛乳を飲みながら春好に声をかける。
「あぁ、お前なら知ってるだろ。ほら、パン食うか?」
「食べる。…いやまぁ、知ってるけどさ。なんでまた?」
「まぁまぁ、いいじゃないか。ほら、牛乳飲めよ。」
「飲む。…まぁいいけどな。ちょっと待ってろよ。」
携帯を取り出し、パンを頬張りながらぴこぴこ打ち始める。
「ほれ、これが香苗ちゃんの連絡先だよ。」
メールアドレスと電話番号が表示される。俺も携帯を持ち出し、それを電話帳に移す。
「さんきゅ。じゃあちょっと連絡してくるよ。」
「ほー。」
まだパンを頬張っている春好を置いて、俺は一人中庭を出て屋上に向かった。

さて、どうしようか。
いきなり電話したところで、はたして出るだろうか。向こうは俺の電話番号なんて知らないだろうし。
かといってメールではすぐに返答が来ないかもしれない。…やはり電話しかないな。
電話帳を開き、伊谷の電話番号を出す。
ピ、ピと発信を開始。何度か電話番号が点滅し、ぱっと消える。
何度かコールが続く。出ないな、今いないのだろうか。あるいは、知らない電話番号だから警戒しているのか…。
六、七回のコールの後、静かな声で『もしもし?』という声が聞こえた。
「もしもし、伊谷か?」
『どちらさまですか?』
「竹柴だ。今、大丈夫か?」
『…竹柴君? 大丈夫だけど、なんで電話番号知ってるの?』
「春好から聞いたんだ、ちょっと話があって。」
『…何?』
俺は木元先生の話をする前に、今後学校はどうするのか聞いてみる事にした。
来年も来る意思があるのならば俺の口から言う必要はないし、ないのなら話してみるしかない。
『来年はまだわからないけど、親に負担かけるのも悪いから、行かないかも。』
俺と同じ理由か。そういえば伊谷の家は県外だから、一人で住んでいるんだったっけ。
「親とまだ話してないのか?」
『一応話はしたけど…親は、私が決めていいって。』
ふむ。意思を尊重、というところだろう。
しかし当の本人がこれでは、来年は怪しいな。…仕方ない。

「実はな、伊谷。今日木元先生から聞いたんだが…。」

伊谷にスポーツ推薦が来ている事、来年テニス部の再建を開始する事。
木元先生が中心となって、伊谷も一緒にテニス部を復活させて頑張ろうぜ、と若干フィクションをいれながら、
伊谷の気持ちを盛り上げるため、なるべく言葉を選びながら話してみた。
『…でも…』
返答はよろしくない。それもそうか、伊谷は一度テニスから離れていたんだ。
すぐにまたテニスを、といってもピンとこないかもしれない。だが、俺は知ってるんだ。
「伊谷、テニスのことまだ好きだろ。」
『…』

「前、一度見たんだよ。テニスコートをじっと見てる姿。一年の頃みたいに髪を束ねる事なくなったみたいだけど、
 テニスのことまだ好きなら、来年またそのチャンスがあるんだぜ。大学にいけば、またテニスできるし。
 それに木元先生が伊谷を今もテニス部の部長として残してくれてるんだ。だから来年じゃなくて今年もテニスコート自体は使える。
 何なら、俺も再建手伝うしさ。来年、授業あんまり多くないし、結構暇になりそうだから。」
『…髪束ねるの、知ってたんだ?』
「あぁ、結構有名だったからな。春好と一緒に見たことがあるよ。」
『そうだね…そういえば、見たことあるよ。春好君が騒がしかったから、その横に、ね。』
そうでした。春好が無我夢中で応援してる横で俺も見ていた。
当然騒がしいとそこは目立つ場所になり、春好が「やったぜ真志!」とか言ってれば俺も目につくだろうな…。
「まぁ、そういうわけだ。…とりあえず一度学校に来いよ、木元先生から詳しい話も聞けるはずだし。」
『…うん、そうだね。ありがとう。』
通話を切り、ふう、と一息つく。
多分、大丈夫だろう。後は木元先生に任せよう。


予想通り、伊谷は次の日に学校へ来た。
俺も同席して、木元先生と話をした結果、来年も学校生活を迎えることとなった。
そして、来年のテニス部の再建を目指し、テニス部の施設整備も始まった。
俺も適度に暇を見つけそれを手伝い、楽しそうに見えた春好も手伝いにやってきた。
新一年生に新入部員はいなかったが、来年までに部員募集を正式に取り上げ、テニス部の再建を目指す。



一ヶ月。
四年生が決まった俺と春好はこれ以上単位を落とさないように、今までにないような頑張りを見せていた。
とはいっても、普段授業を出ないことが多いだけで普通の学校生活を送っていれば落とすことはそうそうない。
学校帰り、俺達はいつものようにぶらぶらと歩きながら、家を目指す。
春好は地元なので実家から通っている。総菜屋をやっており、春好もこんな馬鹿だが料理ができる。
俺も時々お邪魔して、おいしく頂いてる時もある。一人暮らしの俺にはありがたい存在となっている。
「今日これからどうする?」
「んー…そうだ ぬぁ!?」
春好が突如吹っ飛んだ。凄い勢いで、前方に。
塀の上で寝ていた猫も驚き、吹っ飛ぶ勢いで塀の内側に飛び込んで行った。
「…春好ー生きてるかー。」
「…」
返事がない、ただのしかばねのようだ。
いきなり飛び込んでくる奴は一人しか思い浮かばない。はぁ、とため息が思わず出てしまう。
「舞…まともな挨拶できないのか?」
「春好にはこれぐらいがお似合いだろ? おっす。」
スカートで蹴ってきたのか、こいつは。
なんていうか…女じゃな い゛!
「…なんか不穏な空気を感じたな。」
「いきなり殴るのはどうかと思う…」
超能力者だな…いてて。
男勝りな性格してるくせに、そういう扱いすると怒り出す。なかなか扱いに困る奴だ。
「…舞! いきなり蹴るな!」
春好復活。
しかしせっかくの抗議も「はは、悪い悪い」で済まされる。これで済む春好も凄いが。
「で、何やってんだ?」
「何も。今から何するか、と話してたところだ。」
「舞、お前は四年目どうすんの?」
そういえば、一ヶ月、その話題をしてなかったな。
まぁ舞があまり学校に来なかった事もあるが…今の蹴りを見る限り、もう大丈夫なんだろう。
「ん、行くよ。あたしはほとんど二年生通ってなかったからねぇ、親も反対しないし。」
相変わらずさばさばしてるな。でもまぁそれもそうか。舞は学校にきたくてもこれなかったわけだし。…自業自得だが。
その後、結局何するわけでもなく俺達は三人で過ごした。
…俺はどうしようかいまだに悩んでいたが。

     



あれから一ヶ月。
先生は「最終決定はまだ先だから」という言葉もあり、ずっと先送りしていた。
該当者の七人のうち、まだどうするか決めてないのは俺だけだ。
今日は土曜ということもあり、親に連絡しやすいが…携帯を何度も開き、何度も閉じる。
家にいても仕方ない。俺は外に出て、少し気分転換をすることにした。



「ん…真志。」
駅前を歩いてると、不意に声をかけられる。
「高貴か。」
脇に女の子を連れている。…彼女か。
「高くん、友達?」
「ああ、一年からの友達でクラスメートなんだ。今日は一人か?」
「特にすることもないからな。」
気づいたら駅前にきてたと言っても過言ではない。
春好と遊ぼうにも、あいつは日曜日の昼は店の手伝いで出て来れないし…。
「ふむ。…わり、ミイコ。ちょっとこいつと話あるから今日はこれで…」
「えー!? …まぁいいよ、高くん友達思いだしね。」
ばいばーい、とミイコと呼ばれた彼女が去って行く。
「…話なんかあったっけ?」
「まぁ気にするな。ほれ、あそこ入るぞ。」

男のロングは暑苦しい。よくそう聞くが、こいつの場合はどこか形になっている。
一年生の頃からかわりがない髪型だからか、見慣れているっていうのもあるが…。
それにしても、大和撫子びっくりの黒髪だ。美形な上にこんな感じだからモデルに勘違いされるのもわかる。
まだ未成年だというのに煙草を吸い始める。私服だし、こいつの見た目も高校生っぽくはないから大丈夫だろうけど。
「で、お前。」
ふーっと、煙を吐き出し、指を一本立て、こちらへ向ける。
これは高貴の癖だ。誰かを名指しして何か一言言う時、指を立てて向ける。
人に指差すな、と何度も言ってるがやめる気配がないのでいつしか注意することもなくなった。
「まだ四年生悩んでるのか?」
「う…」
やはりそこか。どうも高貴は人の悩みに気づくのが早い。
彼女の言ってた「友達思い」ってのはここからきてる可能性があるな。
「まぁ…ね。」
しぶしぶと俺も答える。
実際、ここまで歩いてきたがまだ解決してないのだ。電話しようと思うが、電話もできない。
「なんでそこまで悩んでるんだ?」
「なんでって…そりゃ」
両親に迷惑を…と言いかけたところでふと止める。

「高貴の両親は何も言わなかったのか?」
「質問を質問で返すな。…まぁ、色々言ってきたが、結局、折れたよ。」
煙草を咥え、再び吸い始める。
「…俺も最初は考えたがな。しかし、早いほうが気分的に楽だろ。遅くなっても親に話は行くだろうしな。
 お前、まさかそんなところで悩んでるのか?」
「…」
「やれやれ、案外気弱だな、お前。もっと図太いかと思ってたが。」
「はは…」
図太い、か。
そうでもないよ、高貴。俺は強くないさ…だから、今もこうしているんだから。
「まぁ話してみろよ。ダメだったら定史や幸太が相手するだろうし、行けるならまた一年頑張ろうぜ。」
定史や幸太の相手をするのはむしろ俺になりそうだが。
まぁ、そうだな。どっちに転んでも友達は確かにいる。…話してみるか。
「じゃあちょっと連絡してみるよ。」
「おうおう、そうしろそうしろ。じゃあ俺は女のとこ行ってくるからな。」
「…女ってさっきの?」
「いや。これからもう一人約束してるんだわ。どこで区切りつけようかなと思ってたところにお前がいて助かったよ。」
なんて奴だ。ちょっと友達思いでいい奴だなと思ったが、撤回しておこう。
「んじゃな」と煙草を消し、料金だけ置いて店を出て行った。

「…さて、と。」
俺も外に出て、家に帰ることにした。親に電話…か。したくはないが、しなきゃいけないな。


大丈夫、大丈夫。
そう言い聞かし、俺はまた携帯を開いた。




「…ふう。」
時間はもう夜七時。
世間的に見ると夕飯を見るか、家族でテレビを見て過ごす時間だろう。
俺はそんな時間に親との重い会話が終了した。
「…続投か。」
誰に言うわけでもなく、俺は呟き、目を閉じた。


『そう。あんたが行きたいなら行けばいいじゃない。』
「…そうだね。」
『じゃあまた色々決まったら連絡しなさい。』
「あ、あのさ。」
『何?』
「…いや、何でもない。じゃあ、また。」


「…!」
がばっと起き上がる。
時間を見ると夜八時。…寝てしまったのか。
「…はぁ。」
憂鬱に浸る。
夢の中でも出てくるなんて、どうかしている。
「あのさ。」…俺は何を言いたかったんだろうか。
その言葉の続きもわからず、俺は起き上がり、顔を洗った。

ひどく、疲れた顔だ。
何もしていない土曜なのに。ただ、親と電話をしただけなのに。
何故こんなにも疲れた顔をしているのか。
「…」
いや、わかる。わかるんだ。疲れる理由は、明らかなんだ。
でも認めたくない俺がいるんだ。だから、何でもない。何でもないんだ。


日曜日。
俺はぼんやりとした中で起き上がった。
隣が騒々しい。
外に出ると、隣の部屋に大きな荷物を運んでるお兄さん方がいた。
「…引っ越し?」
「はい!」
後ろから突然声がした。
「今日から引っ越してきました。よろしくお願いします!」
「あ、どうも…よろしくお願いします。」
女性…いや、女の子…どっちだ。
俺と同じか、それ以上か…わからん、どっちだ。
「えーっと…竹柴さん、ですか。私、篠山 恵といいます。」
「あ、竹柴 真志です。」
つられて自己紹介してしまう。なんだか雰囲気を飲ませる人だ。
隣の部屋で「篠山さーん」と呼ぶ声が聞こえる。
「呼んでますよ。」
「あ、すみませーん、今行きまーす! それでは、またあとで!」
…いやはや、元気な人だ。
篠山 恵さんか。長いことお隣さんがいなかったが、少し賑やかになるかもな。
「…」
ん。篠山さんが立ち去った後、そこにもう一人いた。
「……だ。」
「え?」
「篠山 徹だ。…よろしく。」
「え、あ、あぁ、よろしく。」
今度は間違いなく、俺より年下。中学生ぐらいだろうか。
同じ苗字、ということは弟か何かかな。隣で「徹ー」と呼んでる声も聞こえる。
お辞儀をし、徹君も走って行く。…なんだが、静かな子だったな。
「ふぁあ。」
あくびが止まらない。起きたばっかだが、昼寝しよう。
断じて二度寝ではない。昼寝だ。



「真志、ほら、誕生日おめでとう。」
「わぁ、お父さん、ありがとう!」
「ケーキ食べましょうか。真志はどれがいい?」
「えーっとねー…真ん中のチョコレートがほしい!」
「これ? じゃあ、はい。」
「わーい!」
いつぞやの記憶。
誕生日の記憶。
一年が経った、その証拠の日。
ケーキとプレゼント、そして何より暖かい父、母。
楽しかった誕生日パーティ。それっきり、俺の誕生日パーティはこなかった。
一年経っても二年経っても、俺に誕生日パーティが開かれる事はなかった。
父と母と過ごした誕生日パーティ。記憶はそこしかない。
夢の中で楽しく過ごす俺がとても無邪気で、楽しく、それを見る俺はとても苦しかった。



「…ん。」
インターフォンの音。誰かが呼んでいる。
まどろみの中、俺はベッドから立ち上がり、部屋のドアを開ける。
「こんばんわ!」
篠山さんだった。
…気づけば、夕方。空がもう赤い。日曜日は寝てるだけで過ごしてしまった。
「お部屋のほうが大分落ち着いたので、改めてご挨拶にきました。
 私、篠山 恵です。後…ほら、徹!」
「…篠山 徹です。」
「これからお隣同士になりますが、よろしくお願いしますね! これ、家で作った肉じゃがですが、よかったらどうぞ!」
「あ、どうも…ありがとうございます。」
ラップに包まれた肉じゃが。まだ作りたてのようで、お皿が暖かい。
「えっと…竹柴 真志です。高校生です。」
なんだかよくわからない自己紹介をしてる気がする。
頭がうまく回転してない。
「あ、じゃあ西方高校の方ですか?」
「えぇ、まぁ。」
「真志、よかったね! 隣が先輩だよ!」
…この子、西方高校か。背が低いせいで、中学生かと思った。
「姉さん、俺まだ入学してないよ…」
「あ…そうだったね。」
「ん…どういうこと?」
まだ入学していないってことはまだ中学生、ってことかな。
俺の認識は一応合ってたらしい。
「えぇ、中学生で、今度西方高校に入学する予定です。真志さんは何年生ですか?」
「え…と、俺は…」
言いづらい。
凄く言いづらい。
せめて来年ならば、「四年生で留年しちゃってるんですよーハハハ」とか明るく言える。
だが留年確定しているのがわかっている状態で「三年生です」と言うと
「あ…じゃあこの子の入学と入れ替わりですね」とか言われるのが目に見えている。
かといって大っぴらに言うのもなんか恥ずかしい。…なんか。
「?」
「さ、三年生なんだけど色々あってもう一年行くことになったんだ。」
普通に言っても大差がないのに、中途半端にごまかしてしまった。
「そうなんですか、じゃあこの子が入学したらよろしくお願いしますね!」
ごまかせれたのか、深く考えてないのか。…多分後者だろうな。
白く長い髪を後ろで結び、下ろしている彼女、篠山 恵さんは元気だがどこかのほほんとしてる感じのする方だ。
徹君はやはり弟らしい。姉、恵さんと一緒で白い髪が整っている。
少しオールバックが入ってるのはなんだろう、気合いの表れだろうか。…背が低いため、少し可愛く見える。
「では、失礼しますね!」
「…失礼しました。」
明るく立ち去る恵さんの傍らで、少し無愛想な徹君。なんだか似てないが、バランスはとれてる。
さて…じゃあせっかくだし、この肉じゃがを頂くとしよう。
ラップを外し、じゃがいもを掴む。
あーん、と大きく口を開け、一口。同時に、ガリ、という鈍い音が口の中で聞こえた。

…恵さんの性格が少しわかりました。


恵さんは弟を連れて単身こちらにやってきたらしい。
詳しいことは聞いてないが、弟のためにこちらで働き、生活費を稼ぐという。
年齢は、当時二十歳。俺より三つ上だ。まだ若いというのに、弟のために頑張る姉。
そんな図を描きながら、あの料理を毎日食べる徹君に少しだけ同情した。







卒業期間の二月。そのため、他の生徒は来なかったが、俺達五人は一組の教室に集まっていた。
卒業しない俺達はこの二月の間も学校に来る必要があったからだ。
特に何かするわけでもない。授業中はなるべく教室にいるか、図書室などにいればよかった。
他愛のない話をしている中、春好が突然勢いよく喋った。
「卒業までに、皆で目標決めて達成しようぜ!」
話してる話題にはまったく共通がなかったが、その発言に舞が「いいねー」と乗り、高貴も「退屈な一年にならなくて済みそうだ」と同意する。
伊谷も「うん、そうしよう」と言い、俺も「じゃあ何か決めるか」と、五人揃って目標を決める事にした。
春好が勝手に机を漁り、手ごろな紙を取り出す。
「ここに書いて、皆で見せ合おうぜ。」
乗り気な春好に、舞や高貴、伊谷も楽しそうだ。
…この一年、もっとも変わったのは伊谷だな。テニス部の再建のおかげか、以前の明るさを取り戻した気がする。

さて、何を書こうか。
悩んでいると、まず最初に書き終えたのが伊谷だった。
「…まぁ、伊谷はそうだろうな。」
「あはは…」
そこには【テニス部を再建すること】と書かれている。予想通りだな。
「できた!」
春好が紙を突き出す。
「…【天下一の総菜屋になる】…お前、馬鹿だろ。」
「なんだと!?」
何年かかるかわからないが頑張ってくれ。
そして高貴も書き終える。【女性のメモリデータを500件】…なんていうか、夢がでかいようで、狭いな。
「ちなみに舞と香苗も入ってるからな。」
びし、と指を立てる。…舞のスルーっぷりはさすがだが、動揺するな、伊谷。
「よし、できた。」
舞もできたようだ。…何々、【大型自動二輪車免許を取得する】か。
「こりてないだろ、お前。」
「何がだよ。いいじゃん、十八歳なんだし。」
まぁ確かに。
そういえば車の免許は確かにほしいな…車はないが、持ってても不便じゃないだろうし。

うーん。皆が書き終わってる中、俺だけが書き終えない。
そもそも俺って夢とかあったっけ。…なんかあったっけ。
考えてる中、俺は気づかないうちに紙にペンを走らせていた。
「…っ」
すぐさま、その紙をぐちゃぐちゃにして、ゴミ箱に放り投げる。入らず、それは地面に落ちてしまった。
「どうした、真志。」
「いや…なんでもない、もう一枚もらっていいか?」
皆が不思議がる中、俺はもう一枚もらって、改めて書いた。
「【全員で卒業する】か…ふっつーだなぁ。」
「うるさいよ天下の総菜屋さん。」
「まぁらしいといえばらしいな、真志らしい。」
舞がフォローしてくれる。ありがとう、舞。

俺は立ち上がり、入れ損ねた紙を拾う。
「…俺は何を書こうとしたんだ。」
自分自身の苛々を隠せず、それをゴミ箱に入れた。
【あの頃へ】で止めた文字。俺は、一体何をしてるんだ…。





そして、まもなく三年生の終わりを迎える。
一年間、いたって普通だったと言わざるを得ない。
春好と高貴、そして舞は何も変わらない日々を過ごし、伊谷はテニス部の再建に精を出していた。
俺は俺で、三人とつるみながら、時に伊谷の手伝いをしながら、過ごしていた。
もう一年行くのが面倒だ、そんな気持ちが最初はあった。
だが、気づけばこの四人とならもう一年、という気持ちができていた。







そして、四月。

春休みを終え、始業式の日。新たに四年生を迎える日。
「よし、行くか。」
正門を一歩踏み越え、並木道を歩く。

今日から、四年目が始まる。




       

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Neetsha