Neetel Inside 文芸新都
表紙

この町のレゾンデートル
第一話「起きる事件」

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 この町に来て、今日でちょうど一年がたった。
慣れるのに、これほど時間がかかったものがあっただろうかと
思い返してみても、何も出てこないから驚きだ。
それほどにこの町、分舞町は特殊だった。
ほとんどが、レゾンデートルを見つけ出す修行だけで
この一年が終わってしまったけれども、これからの一年は
もっと楽しもうと思う。
 しかし、この一年間を懐かしんでる暇はなかった。
もう家の扉をノックする音が聞こえる。朝飯の準備をしなければならない。
「オッス、一周年おめでと。今日は朝飯と昼飯
両方捕まえにいかなきゃならん日だぞ」
 玄関を出るとひげ面の中年男が立っていた。
「どうも、み…ミキ…ルさん。
ああ、なんかやっぱり恥ずかしいですね、一年たっても慣れませんよ」
 ミキル・アルフォードさん。
こんな名前だが正真正銘の日本人で、この町に来たばかりの私に
先輩として色々と良くしてくれたみんなの兄貴分みたいな人だ。
「ミキルって名前決めたの大分前だからなぁ。
今思い返してみると、もう少しマシな名前を考えときゃよかったと思うよ」
 さっきも言ったけど、この町は特殊だ。
誰も本当の名前で互いを呼ばない。
引っ越してきたとき、新しい名前を決め、それで呼んでもらう。
「だからってハクラも無いとオレは思うけどなぁ。
カッコつけすぎじゃないか、それと男の名前っぽい」
「それは偏見ですよ。
それならミキルさんだって、ミキって女っぽいじゃないですか」
「ルがついてんだろ、ルが」
 そんな他愛もない話をしながら、
私たちが向かってるのは「狩りをする森」と呼ばれてる森だ。
本当は名前があるんだろうけども、狩りをするのにしか使われないから
みんなそうとしか呼ばない。狩りをするところと言ったらあそこなのだ。
 狩り。これもこの町独特かもしれない。
この町の人たちは三食の度に森に出かけて食べるための動物を狩る。
そのためなのか、銃刀法というものが
免除されてるのか勝手に持ってるのかは知らないが
みんなが武器を持ってるのも不思議なところだ。
「そういえば、狩りをする森以外で狩りをすることって、無いんですか?」
「何だ突然。名前の話じゃなかったのかよ?まぁいいや、なかなか感がいいな」
 よく、急に話題を変えるなと注意されることがある。
頭の中でいつも疑問がぐるぐると回って
聞きたいことをどんどん聞いてしまうからだとと思う。
「森にしかクイモノは出ないんだけどな、今日だけは至る所にクイモノが出る」
「い、至る所って、ヤバくないですか?ってうか何で今日なんですか」
 食い物と町の人たちは呼ぶけれども、私に言わせれば化け物なその動物たちは
クチバシを持った山犬みたいな動物で、人を見ると襲ってくる攻撃的な生物だ。
私は日本に、いや地球にそんな動物がいる事を
この町に来るまで知らなかった。
聞くところによるとこの町にしか生息していないらしい。
「お前はホント、まだまだこの町について知らねぇんだなぁ……。
一年前の今日、お前がこの町に来たのは偶然じゃあないんだよ」
「あ、なんか聞いたことがあります。毎年決まった日に人が引越ししてくるって」
「去年はお前一人でみんな大慌てだったんだぞ。
何しろ最近レゾンデートルが偏ってるから住民は多いほうがいい。
幸い今日は六人ほど入居してくるらしいぞ」
 レゾンデートルが偏ってる、長くこの町に居る人たちの口癖らしい。
バランスが肝心なんだと隣に住んでるおばちゃんもよく文句を言っていた。
「レゾンデートルって、魔法のことですよね?偏ってるってどういうことです?」
「オイ、もう狩りの話はいいのかよ」
「あ、すいません。クイモノが今日はたくさん出るんですよね、それと
住民の増える日が関係あるんですか?」
「ホントずかずか聞いてくるのに思考力は無ぇなぁ……。
なんでも聞かないで、まずは自分で考えてみるってもんだぞ」
「うーん、それは面倒臭いです」
 それに、この町は常識は通用しない剣と魔法の町だ。
考えたところで分かるとは思えないようなことばかりで、この町についての疑問は
素直に知ってる人に聞くことにしている。
「お前が来たときもあったろ、歓迎会だよ。
歓迎会には飯がいつもより沢山いる。
だから森の面積だけじゃ足りないんだろうな、住宅地にも普通にクイモノが出るんだ」
「ああ、パーティみたいでしたね、楽しかったです。……にしては、出ないですね?」
「ああ……さっきから思ってた。おかしいな、今日九日であってるよな?」
「あってますよ、私が来た日です。毎日日記つけてますから間違いないですよ」
 うーん、とミキルさんは唸り、黙ってしまった。

     

 もう森のすぐ前まで来てしまっていた。
相変わらず真っ青な幹が現実離れした森だ。
 やっぱりこの町は不思議だ。
地図を見ても、どこにも分舞町という町名は載っていない。
幹がコバルトブルーな樹も、どの樹木図鑑でも見たことが無かった。
「実は去年、お前の歓迎会のときもクイモノが住宅地に出なかったんだ」
 やっと口を開いたミキルさんは、そんなことを言い出した。
「一日だけ動物の数が増えるっていうほうが、私には不思議に思えますけどねぇ」
「オレもそうだったよ。
けど11年もこの町にいればそうじゃないほうが奇妙になってくる」
「11年もこの町に住んでたんですか!?」
「言わなかったっけ?
けどお前の隣に住んでるメシナおばさんは二十年近く住んでるらしいぞ」
どうやらレゾンデートルが偏ってる、という口癖は
長く住んでいるほど多くなるらしい。
「そのメシナおばさんも言ってたんですけど、
レゾンデートルが偏ってるって、どういうことです?」
「ああ、さっきも聞いてたな。
レゾンデートルのことはもう大体わかってるんだよな?」
「魔法のコトでしょ?私の傷を治す力みたいな」
「ぜんぜんわかっとらんな……。
オレも詳しくは知らないが、レゾンデートルってのは
存在理由って意味のフランス語らしい。
転じて、この町では町民一人一人が個別につかえる特別な力のことを指すそうだ。
この町では一人として同じことができる人間はいないってことだな。
だからこそ、それがこの町においての一つの存在理由にになるわけだ」
「なーんか、アニメみたいですねぇ」
「ここに来たばかりの若いヤツはよく言うよ」
ミキルさんは苦笑した。
これは感だが、きっとミキルさんも始めてきたとき
同じ事を言ったんだろう、そんな気がする笑いだった。
「で、だ。レゾンデートルってのは大体人の人生観みたいなので内容が決まるそうで、
最近くるヤツは攻撃的なレゾンデートルが多いんだよ。
レゾンデートルを活用する場は主に狩りなんだが攻撃役ばっかいても困るんだよ」
「自分も攻撃するレゾンデートルじゃ……」
「オレはいいんだよ。オレのきた時はまだバランスが取れてたほうだった。
同期の子で、今はもうこの町から出て行ったんだけどもな。
すごく可愛い子がいたんだ。
その子は頑丈な障壁をはるいい防御のレゾンデートルだったなぁ」
ミキルさんが珍しく鼻の下を伸ばしていたので、
しばらく拗ねてるフリをすることにした。
「ああぁ、悪かった悪かったって。
お前だって回復のレゾンデートルじゃねぇか、いい能力じゃねぇか」
「……。私のレゾンデートルが判明したとき
町の人たちがすごく喜んでました、そういえば」
能力をほめられたことには触れず、ぶっきらぼうに思い出したことを言った。
「傷治したりするのは珍しいからなぁ……。
この町には医者が居ても大掛かりな医療ができないから
病気や怪我はレゾンデートルに頼るほか無いんだ」
「えっ?けっこう、いくつも病院ありません?この町」
「大掛かりな、って言ったろ。
この町は電気が使えないんだ、大掛かりな医療器具は動かねぇんだよ」
「アニメっていうより、やっぱりゲームみたいですね」
「そーいうのに例えるのやめろって。現実離れしてるけど現実なんだからよぉ」
 本当に現実なんだろうか、なんて思うことすらある。
人工的に生み出した電気が使えないというこの町の灯りは、すべてランプだ。
そんな風景は、ロールプレイングゲームの村によく似ている。
 ふと前を見ると、ガリガリにやせた犬のような物がこちらを睨んでいた。
「あ、いましたよミキルさん、化け物!!」
「んあ?ああ、クイモノか。化け物って言い方やめろよ、気味悪いんだからさ」
 クチバシの生えた犬を化け物と言わないなら何ていうんだと思う。
「そんなことより来ますよ!」
クケェー!とニワトリのように鳴いた化け物もといクイモノは、
ミキルさんに跳びかかってきた。
「大丈夫大丈夫、オレはこいつばっか十年も食ってきたんだ。
いまさら負けるわけもないさ」
 食い物よりも高く飛んだミキルさんは、そのまま腰の剣を抜いて急降下する。
そのまま大降りに剣を振り下ろすが、クイモノはひょいと体を右に逸らして避けた。
「調子に乗ってるから、いつも私のレゾンデートルが必要になるんでしょうが!」
 クイモノは、今度は短く鳴くと、金色の針を口から吐き出す。
うわっと!とミキルさんは再び上昇し、針を全力で避けた。
が、そこに食い物は飛び上がると、大きな前足の爪を振り下ろす。
ミキルさんのうめき声と共に、赤い液体がポタポタと上空から降ってきた。
クイモノの跳躍力はすごく、
五メートルは余裕で跳ぶことができる正真正銘の化け物だ。
そして針には毒が含まれている。
これは私の力では治せないのでミキルさんも絶対に避ける他ない。
だからといって爪の鋭さも負けてはいない。回復や防御のレゾンデートルが
欲されている理由が少し分かる気がする。
「早く降りてきて!それ傷深くない!?」
「大丈夫だ、それよりコイツはやく狩っちまったほうがいい」
 ミキルさんはクイモノにむかって急降下と急上昇を繰り返す。
大きく動いているのはぶっきらぼうだからじゃない、
攻撃が武器しかない私にターゲットをできるだけ向けないためだ。
それに私の武器は銃。ミキルさんの両手剣と違って接近向けじゃない。
 私は腰のホルスターから銃身を抜き、
ミキルさんとじゃれ合っている食い物にしっかりと狙いを合わせる。
大丈夫だ、なんて強がって居るけれども
ミキルさんは明らかに痛そうな顔をしていた。
早めに終わらせないと……。
「今だハクラ!」
ミキルさんは、クイモノの針を刀身で防ぎ、さっきよりも高く飛んだ。
クイモノの針は一呼吸置かないと再び吐けないが、
クイモノはその間にも攻撃をやめようとせず
爪かクチバシでなんとか相手に傷をつけようとする。
 届かないとわかっていながらも、クイモノはそれを追いかけるように跳躍した。
その大きな隙に向かって、私は銃弾を撃ち込む。
クイモノが大きく、向こうに吹っ飛ぶ。
しかし銃弾が一発当たったぐらいでクイモノは死なない。
「トドメ!」
 ミキルさんが声を張り上げ、起き上がろうとするクイモノの首に剣を突き立てる。
グ、と鳴きかけたクイモノが、白目をむいて動かなくなった。
 思わずため息をつく。クイモノとの戦いは、いつも命がけだった。
できるなら、気づかれないうちに遠くから撃ったりして狩りたいものだが
気づくのはいつも向こうが先だった。
「オイ、なにボーッとしてんだ、早く治してくれ」
 はっと我に返ると、目の前に真っ赤になった傷を指差すミキルさんが居た。
「すいません、すぐやります」
 私は目を閉じ、傷がつく前のミキルさんを思い浮かべた。
もう一度目を開けたとき、そこには思い浮かべたとおりのミキルさんが居た。
「ふぅ…相変わらずなんか一瞬だな、たまげたレゾンデートルだ」
 ミキルさんは、不思議そうに傷のあった肩をさすりながら呟いた。
これが私の、この町に来てできるようになった事、レゾンデートル。
傷のついた物や人を、その前の状態を知っていれば戻すことができる能力。
まるで魔法のような力だけれど、同じように、違った力をみんなが持っていた。
「もう少し、光が出たりする演出がほしいですよね」
「だぁから、そういうゲームみたいな発想はやめろってば」
「ビュンビュン空飛ぶ人に言われたくありませんよ」
「鳥だって空飛ぶだろ、けどどこにも傷を治せる動物はいやしないからな」
「火吹く動物だっていませんよ。ホントこの町って不思議ですよね」
「メシナおばさんは多分、
この町に来る前から火吹けそうだぞ、鬼みたいな顔だからな」
「あ、そんな事言うんだ。あとで告げ口ときますからね」
「うへぇ、やめろ、本気で火だるまにされる!」

     

 クイモノをあと三匹ほど狩ってから、私たちは住宅地へ戻った。
広場はもう、歓迎会の飾り付けがされ大いににぎわっていた。
「あらぁハクラちゃん、おはよう。一周年だね?おめでとさん」
クイモノを広場に運んでいると、メシナおばさんが声をかけてきた。
「おはようございます。今日は大賑わいですね」
「歓迎かいだものね、今年もハクラちゃんみたいないい人がくるといいわねぇ。
何しろレゾンデートルが偏ってるから、六人とも回復でもいいぐらいよ」
 おばさんは例の口癖を口走り、
何がおかしいのかでっぷりとしたお腹を震わせて笑った。
「四匹も狩ったのかい…ワンペアあたり二匹がノルマなのにすごいねぇ。
やっぱりバランスのとれたペアは違うね、
銃と剣、回復と攻撃。いいペアじゃないか、ねえ?」
 メシナおばさんは、よくミキルさんと私の狩りペアを褒めてくれる。
その度に、とても照れくさくなって
話を逸らそうとするのだけれども、今回はその必要は無かった。
「誰か、誰か回復役の人はいないか!?誰か助けてくれ、うちの兄さんが!!」
 そう叫びながら広場に走ってきた青年は、見知った顔だった。
たしか仲良し兄弟の弟、オルマ・ドンカルテ。
「……ハクラちゃん、はやく行ってやんな」
 おばさんに言われるまでも無い、私はオルマさんのもとに駆け寄った。
「キミはたしか、去年来たハクラさん。キミ、回復役なのかい!?」
「はい。お兄さんがどうかしたんですか?」
「そ、そうなんだ!!」
あわてようが尋常じゃないオルマさんは
引きつった顔のまま私の手を引くと狂ったように走り出した。
「兄さんッ!!」
自分の家のドアを蹴りあけて、オルマさんが飛び込む。
もちろん、手を引かれている私も一緒に転がり込んだ。
「う…ギ…」
 驚いてこっちを見た人物は、私の知っているドンカルテ兄ではなかった。
「兄さぁん!!」
オルマさんが兄と呼ぶその人は、しわくちゃにしわがれた老人だった。
「狩りの仕度をしていたら、急にこうなって……!」
説明を耳にしながら、私はオルマさんの兄、
アルマ・ドンカルテの姿を思い浮かべ目を閉じる。
「た、助けてください……」
目を開けたが、そこにいたのは変わらぬ老人だった。
「……オルマさん。この人本当にアルマさんですか?」
おかしい。私が治せないのは目に見えない病気か、元の姿をしらない人。
この老人が本当にアルマさんなら、治せないはずが無い。
「急に老けたのをしっかり見ました!!早く、戻してやってくださ…イ……」
激情して叫ぶオルマさんの顔が
みるみるうちにシワだらけになり、隣にいる老人とそっくりになった。
「ひっ!」
 そのグロテスクな光景に思わず口を塞いだが、
あわててレゾンデートルを試してみる。
しかしいくら目をパチパチさせても、そこにいるのは二人の老人だった。
「タスエ……ッ」
 助けを請う言葉が、最後まで言われる事は無かった。
変わり果てた兄弟は、そのまま折り重なるように倒れ、息を引き取った……。

       

表紙

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Neetsha