Neetel Inside 文芸新都
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そして3月────────

阪神競馬場のパドックにいるスカイアリウープの500K超の葦毛の馬体はあのダイヤモンドSのときよりより充実ように見える。
ただ、多くの注目を集めるのはその隣にいる「世代最強距離馬」ズームフライトの450Kのアリウープより一回り小さい馬体である。


ズームフライト

父ダンスインザダーク
母ロングビーチジャム(母の父サドラーズウェルズ)

1つ上の兄に「ブライアンズタイム最後の大物」皐月賞・菊花賞の2冠馬ネバートゥーレイトを持ち、
自身も皐月賞3着・ダービー2着そして菊花賞制覇と「どこまでも伸びる末脚」でクラシックで安定した成績を残した。
昨年のクラシックは皐月賞がハマノライディーン・ダービーがタネダイーグル・菊花賞がズームフライトと「3強クラシック」
の模様を見せた訳だが、ハマノライディーンは菊花賞に出ずにそのままマイル路線へ転向、
タネダイーグルはJCで凱旋門賞馬ウィッシュアポナスターとの死闘を2分22秒2で制した際に骨折し休養してしまった。
すなわち、このズームフライトこそが「暫定世代王者」なのである。
そして、有馬記念で当時4歳のナイトウホライズン(ダービー馬)と兄・ネバートゥーレイトの後塵を仰ぎ、
関東№2の鞍上・河村大輔ともども春の天皇賞(3200M)でリベンジを果たす・・・つもりであったが、
ナイトウホライズン・ネバートゥーレイト共々回避が決まってしまい、少々肩透かしを食らった感があるもののまずは
とりあえず盾を獲って充実した状態で宝塚記念でリベンジを果たそうということになったのである。


今日は他にもステイヤーズS(GⅡ)を制した有馬5着の7歳馬・タカノオブライエン、
1000万下から万葉Sまで4連勝でここに来たウエストナックル、AJCCを勝ったサンライトガーデン、
アルゼンチン共和国杯→日経新春杯のGⅡ二連勝中のリトルフィートなど、まさに「天皇賞の予行練習」といった感じの面々である。

その中で、ダイヤモンドSの圧勝はフロックだと言う声も多いいスカイアリウープであるが、この面々のなかで3番人気というのは
さすがマックイーンの仔というべきである。田村も「この馬が一番強い」と思ってはばからなかった。
田村は、1年目に早くも重賞を勝ち、昨年も30勝を挙げ騎手生活において未だに「挫折」というものをほとんど味わっていない
騎手であった。(「ほとんど」というのは、2年目の春に騎乗停止がらみで有力馬の主戦を降ろされたのだが、
そのことは後に語られるだろう)
つまり、田村は実力はあるものの、乗り馬に恵まれないことで出世が遅れ、転じて「馬がよければ俺はもっと勝てる!!」
と自意識過剰になっている男なのだ。河村や関東№1ジョッキーの金城修一などは騎乗に対する真摯な姿勢というものがあるから
強いのだということに田村は気づいていない(関西№1の古城聖一は本当の天才であり、どこか天然ボケ臭い性格で
往年の福永洋一のようである、と、あるベテラン解説者は言う)



騎乗指示がかかり、田村はスカイアリウープへ乗る。一月前よりも心なしか大きくなったような背中。
ここに跨っていれば、GⅡなんて簡単に取れる。
そう思ってはばからなかった。



ゲートに入るとアリウープはちょっとチャカついたが、これは武者震いといった感じで、むしろ田村も気合が乗ってきた。
対照的にズームフライトはまったく落ち着いていて、河村も背中で落ち着いている。

1頭ゲート入りを嫌がる馬がおり、ゲート前で立ち上がり、騎手が振り落とされた。すでにゲート入りしていた騎手は皆驚き
一斉に後ろを振り返った。当然、田村も振り向く。騎手は腕を押さえてうずくまり、ドクターが駆け寄る。
少しして馬は除外が決まりゴタゴタしているうちにスタートが遅れた。

「(人が気合が入っているときに・・・)」眉間にしわを寄せ、そう思った。
「田村君」声をかけられ、田村は振り向く。河村だ。
「なんだかよくわからんけど、なんかあった?」あれほどのことがあったのに、河村は状況を把握してない。
「ああ・・・なんか中村さんが落っこちて、プログレスマインドが除外になったみたいっす」
「へ~・・・なんか合図かかんないと思ってたらそーゆーことか。わりいね」そういって再び河村は前を向く

「(アレに気づかなかったのかよ・・・やっぱ一流は集中力がちがうのかな)」そう思いつつも田村も前を向いた。


そして、合図が掛かった
よおい、



 ガシャン!




スタートがうまくいき、田村はまた前へ出る。早くも後ろに3馬身をつけ、悠々の一人旅である。
そしてすぐにややスピードを落とし、この前とはちがう「作戦的な逃げ」を試みた。後ろも気づかない程度に、である。
(田村は今日も条件戦で7番人気の馬を逃げ切らせており、前での競馬の技術には定評がある。)
一周目のスタンド前を先頭で気分良く突入すると、歓声が沸く。だが、よく聞くとその声は「河村いかんか!」とか「フィートいけ!」
「田村今日は勝つなよ~」であったりと、あまり田村を応援する声はない。
しかし、その声こそが逆にこの男の闘志に薪をくべたのである。そして、田村は少しずつ腕を動かし、後ろとの差が5~6馬身へと
広がった。このとき、シンガリのズームフライトとの差は15馬身ほどに開いていた。


「アリウープは疲れているのか?」田村がそう感じたのはバックストレッチを通過したあたりであった。
それもそのはず、バックストレッチで2000Mを通過したときのタイムは2分1秒。それこそ2000Mのレース
さながらの大逃げをしており、そろそろアリウープの息づかいが荒くなってきたのである。
たまらず田村は第4コーナーを前にしてアリウープを少し下げる。そして後ろとの差が4馬身、3馬身と縮まる。
「(これでいいんだ・・・)」田村はそう言い聞かせていた。今日も条件戦でこの「死んだフリ」がハマり、半馬身差の
勝利をモノにした。このスカイアリウープも直線まで他馬を引き付け、若干溜めた末脚で勝負しようというのだ。
この馬はズブいとはいえ追い込みをしていた馬だ。最加速はできる―――――それが田村の下した結論だ。
しかし、現実はそうはいかなかった。そこでもし「驚異的な末脚」を誇る馬が上がってきたら―――――「もし」は起こった。
第4コーナーで「引き付けられた」のはロングスパートをかけたズームフライトであった。




あとは想像に難くないであろう。
リードが無くなったスカイアリウープはズームフライト相手に一瞬の抵抗を見せるも、すぐに交わされてしまった。
そして、そのままやる気を失ったスカイアリウープは直線で溜めた余力を残しながらもズルズルと後退し、12着に終わった。
なお、二着に5馬身差をつけて圧勝したズームフライトは、スカイアリウープの「ナイスアシスト」によりあのナリタトップロードの
レコードを0.1秒更新していた。



天皇賞には、出場表明馬の面子からみてGⅢの賞金でなんとか出られそうである。しかし、果たして勝負になるのであろうか。
山下も、田村も、そしてオーナーの谷崎も、そんな疑問と「天皇賞に出したい」という願望の狭間で帰路に着いた。



そして3者が出した結論は「GⅠという舞台に全力を尽くす」ということであった。

       

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Neetsha