Neetel Inside 文芸新都
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その馬の名はスカイアリウープ。
母にローズS(GⅡ)勝ちのスカイハイ、兄に朝日杯フューチュリティS(GⅠ)を勝った2歳チャンピオン・インペリアルスカイを持つ
デビュー前はそこそこ注目された素質馬である。
最も、長年にわたり日本のチャンピオンサイヤー(種牡馬)に君臨し続けたサンデーサイレンスを
父に持つインペリアルスカイに対し、この弟の父は実績がないに等しい内国産馬・メジロマックイーンであり、
多くの競馬ファンに「兄の足元にも及ばない」との評価を下されており、少数の注目を与えるファンも
「マックイーンの4代連続天皇賞勝ち(この血統はメジロアサマ→メジロティターン→メジロマックイーンの3代が天皇賞を勝っている)
をもしかしたら期待できるかもしれない」という、言うなれば宝くじを買ったときのようなあの期待をしていたていどであった。


実際、3歳でデビューしたこの馬はお世辞にも「強い馬」ではなかった。ひとたび追われればあのタマモクロスに形容された
インペリアルスカイの鋭い追い込みに対し、この馬はいわゆるジリ脚で、脚を余すレースが多すぎたのだ。
もちろん、ダービーや有馬記念といった大レースには縁がなく、4歳になるまで準オープン以下(条件クラス。
メジャーリーグでいうAAAみたいなもの)でくすぶっていた。かといって調教では素晴らしいタイムをたたき出したりする、
いわゆる「テレンコ」であった。

そんなスカイアリウープでもなんとかOPに上がり、ついに重賞「ダイヤモンドS」(GⅢ・芝3400M)に挑戦する日が
やってきた。このレースは毎年あまりいいメンバーが集まるわけではないし、そもそもスカイアリウープは
実績がないに等しい馬である。(こんな馬がいるからメンバーが揃わないだとか言われる訳である。)
今日の鞍上はまだ4年目の若手・田村勝明(しょうめい)。重賞勝ちはあれど、まだ場数が少なく、GⅠに乗ったことのない
ジョッキーだ。12頭立て10番人気。1番人気は菊花賞3着のサイレントスナイプである。



そして日曜日の影が伸び始めた頃、メインレースのゲートは開くのであった・・・。


     

「(やべえ・・・!)」

田村は焦っていた。アリウープが「掛かった」のだ。
この「ひどい掛かり癖」こそがジリ脚とともにこのスカイアリウープの出世を遅らせている原因であり、何人もの騎手を手こずらせた。
そして兄の有名さもあり、掛かり癖のあるこの関西馬に関西の騎手は誰も乗りたがらなくなり、名を売らねばならない年齢で、
「馬なら所属を問わず」乗る関東の田村がこの馬に乗ることになった所以である。

「(どうする俺?・・・)」
田村は手綱を引くが、アリウープは下がらない。むしろ前へ行く始末だ。
「(おい!下がれよ!)」
さらに強く手綱を引くが、アリウープは嫌がるばかりでついにハナを奪ってしまった。
「(・・・・・)」
「(・・・ここで粘るしかない!)」ここにいたるまで30秒、残り3000Mもある中で下した決断である。
そしてその後はよどみなくレースは進行していった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「(仕掛けどころだ!)」サイレントスナイプ鞍上、鬼塚竜彦は軽く手を動かし、サイレントスナイプはそれに応える。
すでに後続と5~6馬身離れて逃げていたスカイアリウープに鈴を付けるために、単独2番手に上がる。

「さあサイレントスナイプ鬼塚が上がってまいりました先頭はスカイアリウープその差が4馬身3馬身と縮まる
さあ直線に入りましたスカイアリウープまだ粘る差が縮まらなくなったぞ2番手サイレントスナイプどうした!!」

サイレントスナイプは加速がそれほどよい馬ではないが、それでも今は「不発」なわけではない。

スカイアリウープが「一杯」にならない上にさらに「伸びて」いるのだ。


「残り200Mスカイアリウープが粘る伸びるサイレントスナイプは後退か後ろからはタイガーボーイ
そしてさらにプログレスオリオン伸びてくるしかし差は縮まらない
なんと!スカイアリウープ今1着でゴールイン!」




終わってみれば2着に5馬身差をつけ、レコードタイでの決着となった。



田村はこの奇策の大成功に小さくガッツポーズをしたが、観客席から
  「田村空気嫁!」
と野次られ少しばつが悪くなり、さっさと検量室へと退散した。
ちなみにその頃、「入着までいければ上出来かな?」と思っていたアリウープの調教師の山下和彦も、
うれしいと思いつつも反面関係者席の空気が悪くなったのを感じ、トイレに逃げて一人で喜んでいた。

ただ、田村も山下も感じていたのが「この勝利が決してフロックではない」ということである。
そして、田村は勝利騎手インタビューで「力もあるし、まだまだ上を狙える」と言い、
山下は次走に阪神大章典(3000M・GⅡ、天皇賞の前哨戦)を打ち出したのである。



だが、阪神大章典では「世代最強長距離馬」である菊花賞馬・ズームフライトや様々な強豪が立ちふさがるのであった。

     



そして3月────────

阪神競馬場のパドックにいるスカイアリウープの500K超の葦毛の馬体はあのダイヤモンドSのときよりより充実ように見える。
ただ、多くの注目を集めるのはその隣にいる「世代最強距離馬」ズームフライトの450Kのアリウープより一回り小さい馬体である。


ズームフライト

父ダンスインザダーク
母ロングビーチジャム(母の父サドラーズウェルズ)

1つ上の兄に「ブライアンズタイム最後の大物」皐月賞・菊花賞の2冠馬ネバートゥーレイトを持ち、
自身も皐月賞3着・ダービー2着そして菊花賞制覇と「どこまでも伸びる末脚」でクラシックで安定した成績を残した。
昨年のクラシックは皐月賞がハマノライディーン・ダービーがタネダイーグル・菊花賞がズームフライトと「3強クラシック」
の模様を見せた訳だが、ハマノライディーンは菊花賞に出ずにそのままマイル路線へ転向、
タネダイーグルはJCで凱旋門賞馬ウィッシュアポナスターとの死闘を2分22秒2で制した際に骨折し休養してしまった。
すなわち、このズームフライトこそが「暫定世代王者」なのである。
そして、有馬記念で当時4歳のナイトウホライズン(ダービー馬)と兄・ネバートゥーレイトの後塵を仰ぎ、
関東№2の鞍上・河村大輔ともども春の天皇賞(3200M)でリベンジを果たす・・・つもりであったが、
ナイトウホライズン・ネバートゥーレイト共々回避が決まってしまい、少々肩透かしを食らった感があるもののまずは
とりあえず盾を獲って充実した状態で宝塚記念でリベンジを果たそうということになったのである。


今日は他にもステイヤーズS(GⅡ)を制した有馬5着の7歳馬・タカノオブライエン、
1000万下から万葉Sまで4連勝でここに来たウエストナックル、AJCCを勝ったサンライトガーデン、
アルゼンチン共和国杯→日経新春杯のGⅡ二連勝中のリトルフィートなど、まさに「天皇賞の予行練習」といった感じの面々である。

その中で、ダイヤモンドSの圧勝はフロックだと言う声も多いいスカイアリウープであるが、この面々のなかで3番人気というのは
さすがマックイーンの仔というべきである。田村も「この馬が一番強い」と思ってはばからなかった。
田村は、1年目に早くも重賞を勝ち、昨年も30勝を挙げ騎手生活において未だに「挫折」というものをほとんど味わっていない
騎手であった。(「ほとんど」というのは、2年目の春に騎乗停止がらみで有力馬の主戦を降ろされたのだが、
そのことは後に語られるだろう)
つまり、田村は実力はあるものの、乗り馬に恵まれないことで出世が遅れ、転じて「馬がよければ俺はもっと勝てる!!」
と自意識過剰になっている男なのだ。河村や関東№1ジョッキーの金城修一などは騎乗に対する真摯な姿勢というものがあるから
強いのだということに田村は気づいていない(関西№1の古城聖一は本当の天才であり、どこか天然ボケ臭い性格で
往年の福永洋一のようである、と、あるベテラン解説者は言う)



騎乗指示がかかり、田村はスカイアリウープへ乗る。一月前よりも心なしか大きくなったような背中。
ここに跨っていれば、GⅡなんて簡単に取れる。
そう思ってはばからなかった。



ゲートに入るとアリウープはちょっとチャカついたが、これは武者震いといった感じで、むしろ田村も気合が乗ってきた。
対照的にズームフライトはまったく落ち着いていて、河村も背中で落ち着いている。

1頭ゲート入りを嫌がる馬がおり、ゲート前で立ち上がり、騎手が振り落とされた。すでにゲート入りしていた騎手は皆驚き
一斉に後ろを振り返った。当然、田村も振り向く。騎手は腕を押さえてうずくまり、ドクターが駆け寄る。
少しして馬は除外が決まりゴタゴタしているうちにスタートが遅れた。

「(人が気合が入っているときに・・・)」眉間にしわを寄せ、そう思った。
「田村君」声をかけられ、田村は振り向く。河村だ。
「なんだかよくわからんけど、なんかあった?」あれほどのことがあったのに、河村は状況を把握してない。
「ああ・・・なんか中村さんが落っこちて、プログレスマインドが除外になったみたいっす」
「へ~・・・なんか合図かかんないと思ってたらそーゆーことか。わりいね」そういって再び河村は前を向く

「(アレに気づかなかったのかよ・・・やっぱ一流は集中力がちがうのかな)」そう思いつつも田村も前を向いた。


そして、合図が掛かった
よおい、



 ガシャン!




スタートがうまくいき、田村はまた前へ出る。早くも後ろに3馬身をつけ、悠々の一人旅である。
そしてすぐにややスピードを落とし、この前とはちがう「作戦的な逃げ」を試みた。後ろも気づかない程度に、である。
(田村は今日も条件戦で7番人気の馬を逃げ切らせており、前での競馬の技術には定評がある。)
一周目のスタンド前を先頭で気分良く突入すると、歓声が沸く。だが、よく聞くとその声は「河村いかんか!」とか「フィートいけ!」
「田村今日は勝つなよ~」であったりと、あまり田村を応援する声はない。
しかし、その声こそが逆にこの男の闘志に薪をくべたのである。そして、田村は少しずつ腕を動かし、後ろとの差が5~6馬身へと
広がった。このとき、シンガリのズームフライトとの差は15馬身ほどに開いていた。


「アリウープは疲れているのか?」田村がそう感じたのはバックストレッチを通過したあたりであった。
それもそのはず、バックストレッチで2000Mを通過したときのタイムは2分1秒。それこそ2000Mのレース
さながらの大逃げをしており、そろそろアリウープの息づかいが荒くなってきたのである。
たまらず田村は第4コーナーを前にしてアリウープを少し下げる。そして後ろとの差が4馬身、3馬身と縮まる。
「(これでいいんだ・・・)」田村はそう言い聞かせていた。今日も条件戦でこの「死んだフリ」がハマり、半馬身差の
勝利をモノにした。このスカイアリウープも直線まで他馬を引き付け、若干溜めた末脚で勝負しようというのだ。
この馬はズブいとはいえ追い込みをしていた馬だ。最加速はできる―――――それが田村の下した結論だ。
しかし、現実はそうはいかなかった。そこでもし「驚異的な末脚」を誇る馬が上がってきたら―――――「もし」は起こった。
第4コーナーで「引き付けられた」のはロングスパートをかけたズームフライトであった。




あとは想像に難くないであろう。
リードが無くなったスカイアリウープはズームフライト相手に一瞬の抵抗を見せるも、すぐに交わされてしまった。
そして、そのままやる気を失ったスカイアリウープは直線で溜めた余力を残しながらもズルズルと後退し、12着に終わった。
なお、二着に5馬身差をつけて圧勝したズームフライトは、スカイアリウープの「ナイスアシスト」によりあのナリタトップロードの
レコードを0.1秒更新していた。



天皇賞には、出場表明馬の面子からみてGⅢの賞金でなんとか出られそうである。しかし、果たして勝負になるのであろうか。
山下も、田村も、そしてオーナーの谷崎も、そんな疑問と「天皇賞に出したい」という願望の狭間で帰路に着いた。



そして3者が出した結論は「GⅠという舞台に全力を尽くす」ということであった。

     

そして・・・・・



皐月賞の興奮冷めやらぬ5月。

東京では青葉賞(GⅡ・ダービートライアル)が行われ、古城聖一とトリプルダブラーが先頭から先頭を
譲らず強い競馬で勝利した。デビューが遅れ皐月の舞台には立てなかったものの、その強さはすでに新聞等
で歴代のダービー馬と比較されるほどであり、本番では皐月賞馬・スピードウェイを越える単勝倍率が
予想されている。


しかし、この青葉賞はあくまで「土曜日」のメインレースであり、あくまで日曜日の「前座」に過ぎない。
では、この「本番」とはなんなのか?もうお分かりであろう。





「天皇賞・春(GⅠ・3200M)」





ある人は「菊花賞馬」の更なる躍進を、またある人は「地方の星」の悲願達成の瞬間を、
そしてある人は「血」の奇跡を目の当たりにしようとこの京都競馬場へ足を運んでいる。
―――有馬記念1・2着馬が共に回避し、天皇賞の格というものが改めて疑問視された背景はあるが、
それがかえって「自分らでも盾を狙える」と全国の調教師が総力を揚げて馬を仕上げ、
今日ここに16頭の先鋭達が集結した。

ここまでGⅡ3勝を挙げ、今日こそはGⅠを獲らんとすリトルフィート。
あのメイセイオペラに次ぐ第2の勲章を岩手に届けるべく挑戦者・キングソンバーユー。
栄光ある血統表に「第4の馬」として名前を刻まんとすスカイアリウープ。
「出来損ない」のサラ系から生まれた星・ユメデアエタラ。

そして、「躍進する菊花賞馬」ズームフライト―――そんな馬ばかりが集まった、最強古馬決定戦の
第一ラウンド―――それがこの天皇賞である。


それを見にきた熱心なファンは、パドックに他のレースより一際豪華な横断幕を下げ馬や騎手を応援する。
そんな中、パドックでズームフライトは小柄ながら阪神大賞典からさらに充実した馬体を披露し、
一番人気に応える準備は万端だとばかりに落ち着いてゆっくりと歩いている。
地方の星・キングソンバーユーは父トウケイニセイそっくりの好馬体を見せ、はるばる東北からやってきた
ファンたちの期待に応えんとしている。

そんな中で1頭、ファンを「お?」と思わせる馬がいた。スカイアリウープである。
この葦毛の巨漢馬の鼻の上に、体と同じ色の白いシャドーロールが乗っていたからである。
「この前余力を残して走るのを止めてしまったから・・・」山下は新聞記者にそう語っていた。
それは、誰の目から見ても「悪あがき」に過ぎないものであったが、「調教が良くなった」と田村も
絶賛していた。その田村自身、あの大賞典以来悔しさで眠れない日が続き、その末に自分に無かった
真摯さというものを少し手に入れ、騎乗命令がかかると以前より落ち着いてこの馬にまたがった。
そして本場馬入場。キングソンバーユーの出走もあり、地方からもファンが詰め掛け京都のスタンドは
田村が見たことの無いくらい人が詰め込まれていた(もっとも、田村が京都でGⅠに乗るのはこれが初めて
である。)







「さあまもなく今年も優駿16頭第○○回天皇賞・春の本馬場入場であります。
本場馬入場順に各馬と騎手の紹介をさせていただきます。」






「岩手の将軍、京都に現る!カク地初の芝の栄冠を手にすべく岩手よりやってまいりました
―――キングソンバーユー・鞍上は公営岩手のジョッキー・山崎祐二」

「前哨戦での不祥事はここで晴らす!栗毛の小兵は進歩の心を忘れません
―――プログレスマインドと中村良司」

「もうGⅡはいらない。強い馬が回避でもいい。俺がほしいのはGⅠの勲章だけだ!本日の2番人気
―――リトルフィートと鞍上・西信」

「天才・古城の手で復活はなるのか?2年前の春の天皇賞馬に初コンビ・1年の休養明けの不安は無し!
―――ミスターシームーンと平成の天才・古城聖一」

「母は牝馬でこのレース5着・今日勝って親の七光りとはもう言わせません。今年の大阪杯馬であります
―――シャイニンカープ・前田晃一」

「兄は昨年の天皇賞馬・スーパーアマゾンであります。兄の幻影に追いつくために俺は走る!
―――シルエットロマンス・兄と同じ金城修一ジョッキーとのコンビで挑みます」

「ダイヤモンドSで伏兵にしてやられるも、日経賞で真の実力を見せ付けました。4歳馬であります
―――サイレントスナイプと鞍上・鬼塚竜彦」

「さあそしてそれがその伏兵であります。4代連続天皇賞制覇を目指す葦毛のシャドーロール
―――スカイアリウープ・鞍上は田村勝明」

「未だGⅠ未勝利の鞍上に大輪の花束を渡すべく春の京都に現れました。AJCC牝馬であります
―――サンライトガーデンとジョッキーは阿部裕心(ゆうしん)」

「150万円のサラ系がここにいようとは誰が夢見たことであろうか。日本在来の大和魂を知る馬
―――ユメデアエタラと渡辺清」

「そしてついにやってまいりました。昨年の菊花賞馬は2つ目のGⅠ制覇に向かって今飛び立つ!
本日の1番人気―――ズームフライトと河村大輔ジョッキーであります」

「たとえ空気の読めない悪役と言われようが、俺は相手を叩き潰す!昨年のこのレース3着
―――バイスシティと太刀川和哉」

「夏には祖国へ帰る鞍上に伝統のGⅠの手土産を渡したいところです。昨年2着で今日が最後のレース
―――エルマタドールとデイビット・クラーク」

「2年目にして早くも鞍上はこの大舞台に立たされました。その手腕にこの馬が応えます。
―――ワカトラウェルズと矢野亜津史」

「老兵未だその力衰えること無し!経験で若武者達を倒すのは大賞典3着で昨年のステイヤーズS馬
―――タカノオブライエンと川崎悠介」

「最悪の大外枠を引かされましたが、そういう舞台でこそ俺は輝く!奇跡の準備は整った
―――ジーノキセキと鞍上・村田知弘」



―――――――以上優駿16頭により、天皇賞・春はまもなく3時40分より発走であります。




       

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Neetsha