Neetel Inside 文芸新都
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たゆたう
第三章 たゆたうぼくら③ やさしげなひとびと

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 その髪型似合っているよ、と周ちゃんが言う。ちょっと戸惑ったけど嬉しかったので私は素直にありがとうと言った。そのやりとりでまた優作君にからかわれそうになるのだけれど。「周ちゃん。」私は彼を見て心の中で呟く、想いが少しでも届いたらいいなと思いながら。私は女の子であなたは男の子だけれど、そんなのすぐにどうでもよくなるよね。私はあなたとは友達でいたいから、だから周ちゃんも私のことを友達だと思ってね。ただの昔馴染みとかじゃあなくてさ。
 周ちゃんと優作君との話の最中、私の視界の隅に教室の後ろのドアから入ってくる他のクラスの生徒が一人、映りこんだ。あの人は…。こっちに近寄ってくる。どうしよう、周ちゃんは背後から来るあの人に気がついていない。
「周ちゃ…」
 私は言葉を掛けるのを躊躇った。周ちゃんの目がとても悲しそうだったのだ。なんで周ちゃんがこんな表情をしているのかはわからないけど、その時無理にでも声を掛ければよかったと思う。

ゴン

 鈍い音がした。私達に近づいてきた彼が突然周ちゃんを殴る。私は私の前でスローモーションのように周ちゃんが倒れていく様が見えた。漫画のようにガラララガシャーンというような音はせず、ドサッというような小さな音だったけれど、その音でそれまで賑やかだった教室の中が途端に静かになった。
「佐々原周一。」
 彼は口を開き、そして周ちゃんの名前を吐き出すように言った。彼の言葉だけが教室に響く。
「僕の名前をフルネームで呼ぶな。」
 周ちゃんが起き上がってそう言った。そして
「理由はないけど嫌なんだ。」
 と顔はまだうつむいたままにそう付け加える。
「あぁ、おまえ俺に口答えするのか?今日も朝練サボりやがって。殺されたいのか?」
 彼と周ちゃんが向かい合う。二人は並ぶと身長差がかなりある。もちろん…というかなんというか小さいほうが周ちゃんである。しかし周ちゃんは中学一年生として決して小さいほうではないと思う。彼が大きいのだ。
「君の名前は…田倉…田倉学だったか。僕と同じ部活の…。昨日も会ったか?」
 周ちゃんがそういい終わるや否や

ボスン

 という音がした。
「俺は昨日用事があったんだよ、佐々原周一。それと変なこと言ってんじゃねーよ。頭いってんのか?」
 彼は言う。私は殴られる周ちゃんを見て、そして動揺しながらも思う。周ちゃんが変なことを言っている?確かに。普通イジメッ子の名前を確かめたりするだろうか、まるで忘れでもしたみたいに。人には忘れられないことというものがあるのだ。いいことばかりじゃない。忘れたいような嫌なことも人は覚えていてしまうのだ。周ちゃんはこの人にイジメを受けているんじゃないの?ずっと。もう何ヶ月間か。本人達は隠しているようだけれど、そういう話は噂としてすぐに広がってしまうものなのだ。知らないのはいつだって先生達だけ。

ゴッ

 いや、そんなことを考えている場合じゃない。先生を呼びに行かないと。このままじゃ周ちゃんが壊されてしまう。
「知らなかったな。朝の練習をサボることはそんなに重大な罪だったのか。」
 周ちゃんが殴られながら言う。あぁ、もうやめておけばいいのに。
「あぁ、やけに反抗的だな?俺の奴隷のくせに。でも泣きながら言っても格好つかないぜ。」
 そう。さっきから周ちゃんはずっと手で顔を覆い隠し下を向きながら話している。でも…私は思うのだが…これは泣いている声じゃない。周ちゃんの声でもないような…そんな気がする。
「ごめんよ。僕に次があるならば出るようにしよう。」
 周ちゃんが謝る。私は安堵と、軽い失望を覚える。
「あぁ?意味わかんねえよ。」
 また殴られそうだ。だけどそのまま周ちゃんは続ける。前を向いて、顔を上げて。でも殴られて周ちゃんの位置がズレたせいか、私の立っている場所からは周ちゃんの顔が見えない。
「だからもうここから去れ。先生も直に来る。これ以上僕の周りに重い空気を作らないで欲しい。」
 相手の言葉は無視して周ちゃんは…そう言った。
「………」
 だめだ。また殴られる。

 鐘が鳴った。キーンコーンカー……と。

「おまえ…佐々原周一。放課後覚えておけよ。」
 …助かった。どうやらこれで終わりらしい。そう思ったのだけれど…
「田倉。」
 口を開いたのは周ちゃんだ。
「なっなんだ?」
 いままで暴君のように振舞っていた彼としてはちょっと以外な返事だ。周ちゃんは彼に歩み寄っていく。そして目の前で止まってボソッとなにかを呟いた。その後彼は教室から去っていき、彼が去った後教室の皆は少しづつ動き始め、また日常の空気に戻っていった。周ちゃんは自分と一緒に倒れた椅子を元の位置に戻している。
「ゆうさくー。今度またやろうな。早口大会。」
 不意に周ちゃんがそう言った。明るく、何事もなかったかのような声で。
「あ、ああ…今度な。」
 あの人が来てから動かなくなっていた優作君はまるで石化から元に戻ったようになって答えた。何事もなかったかのように明るい声で。
「うーい。始めるぞー。」
 先生が来た。そしてそのままみんな、私も、席に着く。そして何事もなかったかのように授業が始まる。本当に何もなかったんじゃないだろうかと思えるほどに。ただ…
「周ちゃ…や…佐々原君。」
 私は隣の席の周ちゃんに声を掛ける。頭が混乱していてもう呼び方がめちゃくちゃになっているけど今はそんなことはどうでもいい。ただ…私は周ちゃんの顔をまだ見ていないのだ。
「何?」
 周ちゃんは窓を見たまま私の方は向かずにそう答える。こっちを向いて。そう私は心の中で叫ぶ。だけど私はそれ以上周ちゃんにかける言葉が見つからずそのまま押し黙ってしまった。
「きりーつ」
 号令が始まる。私達は立ち上がる。理由はない。ただ「立て」と言われたから。号令係の人のせいじゃない。だって号令係はそういう仕事をしなくてはいけないと言われただけなのだから。先生だってきっとそうだ。ここにいる誰にも立ち上がる理由はないのに。私達に命令をするのは誰?
「ごめん。」
 私はその声を聞いて周ちゃんの方を向いた。相変わらず周ちゃんはこっちを見てくれていないが、並んで立っているので横顔は見える。
「君に…神楽に…怒った顔を見られたくないんだ。」
 そのままの姿勢で周ちゃんはそう言った。横顔を覗くと彼はさっきの悲しい目をしていた。

 学校が終わる。何事もなくか何かがあったのか。勉強に部活にと充実した生活は送っているので私には不満はない。今日は昨日の繰り返し、明日は今日の繰り返しで。でもそれでもいい。私はこのままが一番いいと思う。中学校を卒業して、高校生になって…そこには様々な出会いがあってステキなこともたくさんたくさんあるのだろうけれど、でもその出会いの数と同じくらいの別れもあるのだろうと思う。別れた人にはもう一度会えるのだろうか。もしかしたらお互い忘れてしまうんじゃあないだろうか。私は最近そんなふうなことを思ってしまう。
 昨日とは別の意味でショッキングな事件が今日もあったけれど、そういうショッキングなものは繰り返された時、日常となってしまうのだろうかと思う。周ちゃんがいじめられているのは今日に始まったことではないし、そのことは私も他のみんなもすでに知っていたことだった。だから実は、私はそれほど驚いていたわけではないのだ。
「はぁ、なんか嫌だな。」
 溜息と共に私はそう独り言を呟く。
「お疲れ。じゃね、加奈。」
 そう言って部活の友達が下駄箱でもたもたしている私を追い越し、帰っていった。確かに疲れたな。早く帰ってシャワーを浴びよう。でもどんなに体にお湯を流してもこの頭のもやもやは取れないような気がする。
「神楽。」
 また私に声を掛ける人がいる。誰だろう?
「これから帰り?」
 私は上履きから靴に履き変えてから顔を上げる。そこにはケイちゃんが立っていた。
「あ、ケイちゃん。あれ、佐々原君はどうしたの?」
 ケイちゃんは周ちゃんと同じく私と小学校からの仲である。私が周ちゃんと違って小学生の頃からの呼び名である「ケイちゃん」を使っているのは彼を「木村」や「さとし」と呼ぶ人が全く居らず、しかも「ケイ」と呼ばないと本人が気付いてくれないからだ。
「ケイちゃんか。神楽は周一も佐々原君じゃなくて‘周ちゃん’って呼んでいたんじゃなかったっけ?」
 ケイちゃんが言う。痛い質問だ。
「えっと、そうだけど…でも…」
 私は戸惑う。さて、なんと答えたらいいものか。
「まぁ、いいや。周一ならもう帰ったよ。」
 答えに困っている私を置いてケイちゃんは話を進める。しかし昨日は一緒に帰ろうと言っていたのに今日はもう帰ってしまったのか。部活でまた田倉という人となにかあったのだろうか。
「……」
 ケイちゃんは何か口篭もっている。
「ケイちゃん、もう帰り?」
「ああ。そうだよ。」
「じゃあ帰り道一緒だ。」
「うん。」
 こんなものだ。中学生の私達はどことなく男女の関係を意識してしまう。別に一緒に帰るぐらいなんでもないことだというのに。
「あのさ、三組の奴が噂していたのを聞いたんだけどさ…」
 私と目を合わせて話せないような内容なのか、それとも成長すると男の子はみんな目を合わせて話すことが嫌になるのか。まるで前にもう一人誰かが歩いているのかのようにケイちゃんは言うのだった。
「どんな噂を聞いたの?」
 私は逆にケイちゃんの目を見ようとしながら話すことにする。コミュニケイションの第一歩は表情なのだと昔誰かに教わったのを思い出しながら。
「ん、周一が神楽に抱きついたっていう噂だよ。」
 ケイちゃんのその言葉を聞いた私は少し驚く。ケイちゃんからは私が少し目を見開いて、口があんぐりしたように見えたかもしれない。
「いや、でも噂だろ。どうせ転んだ調子に二人がぶつかったとか・・そんなのなんだろ?まぁタバコのないところに煙はたたぬともいうけどさ。」
 昨日のことだ。何事もなく過ぎたと思っていたのに。私は囃したてられるのも嫌だけどそういう噂がたつのはもっと嫌なのだ。噂はお互いの関係を気まずくさせ、そしてただの友達でいることを周囲が許してくれていないような、そんな気にさせられるから。
「火のないところに、だよ。」
 色々考えたけどとりあえず私はそう返した。ケイちゃんは「え?」と言う。
「だから火のないところに煙はたたぬよ。タバコじゃなくて。」
 ケイちゃんは「ああ、そうだっけ。」と言いながら頭を掻く。その仕草を見て私はふと思った。
「ケイちゃん、背伸びた?」
 昔からケイちゃんのほうが私より背が高かったけど、小学生の時はそれでも同じくらいだったのだ。それが今、私はケイちゃんと話すのに少し彼を見上げる形になっている。
「そっかな。成長期が来たかな。」
 ケイちゃんは自分の頭に手を置いて身長を計るようにして答えた。そんなことをしても自分の成長はわからないと思うけど、まぁ気分でやったのだろうな。
「佐々原君も大きくなるのかな。」
 私はそう言って思う。周ちゃんも私と同じくらいだったけど、小学校五年生の時くらいからは私のほうが少し大きい。周ちゃんはなんとも思っていないことかも知れないけれど、私は抜かれるのはちょっと嫌だなと、なんとなく思う。
「大きくなるんじゃないかな。二百メートルぐらいの巨人に。」
 ケイちゃんが言う。こういう冗談を聞くと周ちゃんの友達なんだなと思う。昨日も周ちゃんは帰り道、そんな変なことばかりを言っていたような気がしたが、私は昨日の周ちゃんを思い返して「そうでもなかったかな。」と思った。周ちゃんを通して語られるから変に思えるだけで、実際はたいしたことのない話だったような気もする。周ちゃんの言葉は魔法の言葉だなぁ、と妙に関心してしまった。
「本当だよ。」
 私は少し間を置いてからそう言った。
「は、何が?」
 不意をつかれたのかケイちゃんは少しびっくりしてそう言った。
「だから私が周ちゃんに抱きしめられたっていう話。」
 私は平然とした感じでそう言ってみる。別の話題に変わって話す必要がなくなったような気もしたけれど、隠していても仕様がない話だと思ったのだ。だが私のその告白にケイちゃんは「ふうん。」とだけしか答えない。意外な展開にうろたえているのか、答えに困っていてなのか、はたまたどうでもよくなったからなのか、その「ふうん。」の後私達の間にはちょっとぎこちない静寂が流れる。そしてタイミングの悪いことに私達はそこで丁度踏み切りに出くわした。カンカンカンと鳴る警報が手を下ろして私達の道を遮る。私達は無言のまま下ろされた遮断機の前で止まることになった。
「神楽はさ。」
 五六秒の後、ケイちゃんは静寂を破って言葉を作り始める。
「神楽は周一のことが好きなの?」
 今日の昼間も同じような言葉を聞いた気がする。だけど「好きなの?」とケイちゃんが言った時、その言葉は最初ただ私の耳を通り過ぎていっただけだったので反射的に私は「うん。」と言いそうになってしまった。「う」まで出かけたその言葉は引っ込めたが、私は別に答えを持っていたわけでもないので「うん。」と言ってしまったほうが楽だったのかもしれないとちょっと後悔した。

ガタンゴトンガタンゴトンガタガタガタ

 電車が来た。左から右へ。私達の前を圧倒的な力で通過する。そして去る。小さく小さくなって彼方へ消えていく。遮断機が上がる。警報が止む。そしてその一連の動作に組み込まれているかのように私達は線路の向こう側へと歩き出す。私とケイちゃんの二人の間に静寂を引き連れて。
「周一はきっと、神楽のことを好きなんだと思うよ。」
 ケイちゃんは一人ごとのようにポツポツと話し出す。きっと私に聞かせるための言葉であって返答は求めていないからだろうと思う。
「恋愛感情は別にしたとしてもさ。」
 私のほうは見ないままでケイちゃんはそう続けた。私は黙っている。そしてそのまま沈黙がまた二人を包み込んだ。だけどもう家も近い。ケイちゃんももう言葉を紡ぐ気を無くしたのか、今度は黙り続けている。私はその場のぎこちない雰囲気を紛らわすために少し目を動かして視界を広げると、私の視界に私達とは反対の方向から来るランドセルを背負った小さな女の子が目に入った。その女の子は元気なさそうにトボトボと歩いている。小学生がこんな時間に帰ってきているあたり、先生に居残りでもさせられたのだろうかと私は勝手に想像する。
「あっ。」
 突然ケイちゃんが小さく声を上げた。
「どうしたの。」
 私はそう聞いた。
「周一の妹がいる。」
 ケイちゃんはそう言って私達の前方の小学生を指差し、「あかりちゃん。」と大きめの声で叫んだ。小学生がこっちに気がついて顔を上げたのを確認してからケイちゃんは小走りにその小学生の元へと向かった。そして私は一人取り残される形になったのに気づいて慌ててケイちゃんの後を追う。
「よおっ。今帰り?」
 ケイちゃんは小学生にそう切り出す。

「ちょっと。それじゃあナンパみたいだよ。」
「そう?じゃあ、お兄さんと一緒にこれからどこかに行く?」
「もう。ごめんね、この人いつもこんな感じだから。」

 私は屈んで、女の子と同じ目線になって言う。私達との突然の遭遇と会話に驚いたのか少し呆然としているようだ。
「お兄ちゃんの…友達?」
 少女は伏せ目がちにそう言う。その言葉を聞いてケイちゃんが私と同じように屈んで言った。
「ああ、結構周一の家とかで顔合わせたことあるんだけどな。ほら、覚えてない?」
 少女はその言葉を聞いてから、必死に記憶を巡らせているのか、ちょっと困ったような顔になった。その表情の変化があどけなくてとてもかわいい感じだった。
「ケイ?」
 少女はボソッとそう言った。どうやらケイちゃんはこの子の記憶の中にあったらしい。もしなかったら私達はこの子にとってただの怪しい人達になった恐れがあったので幸いなことであるけど。しかし実は私もこの子のことを周ちゃんを通じて知っているのだけれどな。まぁ、とは言えすれ違う程度の出会いなので私のことまでは覚えていないだろうなと思う。
「ピンポン、ピンポーン。せーいかい。僕の名前はケイだ。」
 本名はサトシでしょうに。私は心の中でそう呟く。多分この周ちゃんの妹は兄のせいなのかどうなのかはともかく、ケイちゃんは「ケイ」が本当の名前だと思っているに違いない。
「小学生がこんな時間に帰宅だなんて、居残りでもさせられた?」
 先程私がこの子を見て感じた疑問をケイちゃんも感じていたようだ。ケイちゃんは周ちゃんの妹にストレートにそう質問した。
「ううん。学校は楽しいよ?」
 周ちゃんの妹は無邪気にそう答えた。学校は楽しいからこんも時間まで遊んでいたということだろうか。私が小学生の頃は学校で友達と遊ぶ時でも一度家に帰って、ランドセルを置いてから遊びに行ったのだけどな。
「ねぇ、お兄ちゃんは?」
「ああ、周一ならもう帰った。君の家にいると思うよ。」
「ホント?良かった。」
 周ちゃんの妹とケイちゃんはリズム良く会話をしていく。でも「良かった」ってどういう意味かな。兄がいないと何かまずいことでもあるのだろうか。単純にそう思ったので私は思ったままに聞いてみる。
「お兄ちゃんになにか言いたいことでもあるの?」
 周ちゃんの妹はケイちゃんから私のほうに向き直して、そして私をじっと見てから口を開く。
「お兄ちゃんがいないと帰りたくないの。」
 私をじっと見たままに周ちゃんの妹はそう言う。その言葉の意味はよくわからなかったけど、私は何か、強い口調のように感じた。
「あかりちゃんはお兄ちゃんのことが好きなんだ。」
 軽い気持ちで私はそう聞いてみる。
「そうだよ。」
 多分そういう答えが返ってくるんだろうな、と予想していたけれど、即答されたことで私は逆に予想を裏切られたような感じになって言葉を失ってしまった。
「愛されているねぇ、周一の奴。」
 ケイちゃんが私達の上からそう呟いた。気付くと彼はもう私達と同じ目線にはいなくて、立ち上がっていた。
「お兄ちゃんはね。」
 周ちゃんの妹はケイちゃんの言葉は流し、私から目を離さずにそう言葉を繋ぐ。
「何、あかりちゃん?」
 別に喧嘩をしているわけではないし、する気もないのだけれど、私も負けずに彼女から目を離さずに見続けた。私の瞳に小さな少女の大きな瞳が入る。
「お兄ちゃんにはね、好きな人がいるんだって。」
 その言葉を聞いて私はちょっとビクッとする。横目にケイちゃんを見上げると彼は「へー」と言う感じの眼で私達を見下ろしていた。この後の展開如何によってはあなたに助け舟を出していただきたいのですが、と私は思う。
「だからもしあなたがそうだったらお兄ちゃんを取らないでね。」
 周ちゃんの妹はそうした私の心中にお構いなしに話を続ける。一生懸命なのだ。だけど予想していた類の質問(お兄ちゃんのこと好きなの?とか)は来なかったので私は幾らか安堵した。優作君やさっきのケイちゃんとの会話で少し構えていてしまったらしい。
「お兄ちゃんがいなくなったらボクは一人なの。」
 少女はそう言葉を続け、そして終えた。そしてその言葉を理解するために固まってしまっている私の横をすり抜けて、そして少女はそのまま去っていってしまった。
「なんだぁ。意味深な…」
 ケイちゃんが去っていく彼女を見つめながらそう言った。私も立ち上がり、そして周ちゃんの妹の走り去っていく後ろ姿を見つめた。そしてこう言った。
「私は好きだよ、周ちゃんのこと。」
「は?」
「さっき質問したでしょ?その答え。」
「え、ああ、うん…。」
「じゃね。」
「う、うん。さよなら。」

 バカみたいだ。普通こういう告白は本人相手にするものじゃないのか。でも言ってしまった。どうしようもない。周ちゃん本人に伝わるだろうか。でもどうでもいい。いや、本当はどうでもいいなんてはずはない。でも…あぁっもう。

 思考が溢れてくる。だから私は何も考えられなくなるほどに、頭の中が真っ白になるように、全力で、力一杯に走った。視界に入るものは入った先から後ろへ流れ、私の心臓がドクドク言い出し、息が止まりそうなほどに走った。でも結局どんなに走っても私の頭が真っ白になることはついになかったのだけど。












       

表紙

白時計 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha