Neetel Inside 文芸新都
表紙

EXAM to LIVE
第3話

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 仮に此処が剣と魔法のファンタジーな世界なら、“それ”はモンスターだとかクリーチャーだとか呼ばれる存在なのだろう。
 しかし、此処はリアルの世界。
 剣が一振り打たれる間に何十丁もの拳銃が生産され、魔法は科学とほぼ同義の世界。
 呼び方云々の前に、存在そのものが否定されなくてはならない世界。
 だけど、今俺の目の前に、確かに“それ”は存在している。
 「何だよ……コレ」
 「うーん、悪霊って言えば分かりやすいかな」
 「悪霊?」
 「いや、正確には違うんだけど」
 確かに“それ”は、少なくとも俺の中の悪霊のイメージとは違うものだった。
 まず、ヒトの形をしていない。
 と言うよりも、どの生き物にも属さない見た目。
 いたるところに眼球の有る真っ青な球体に、黒い腕と脚が何本も生えている。
 幾つかの眼からは赤い液体を出しており、血の涙を流しているように見えた。
 「で、やっぱりアレだよな」
 「アレ?」
 「このシチュエーションはどう考えても、なぁ?」
 「その予想で当たってると思うよ」
 「そうですか」
 「まぁコレは小型な部類だし、すぐに片付くよ」
 「……」
 「どうしたの?」
 「質問させてくれ」
 「うん?」
 残念なことに、夢想の類だと証明出来る材料がまるで無い。
 現実だと認めざるを得ない。
 現実を受け入れざるを得ない。
 なんかもう就職とかそれどころの騒ぎじゃないな、なんて思う余裕まで出てきてしまっている。
 溜め息を一つ吐き、死神に問いかけた。
 「俺は人間、お前は死神、コレは悪霊、間違いは?」
 「無い!」
 実は細かい部分で2箇所程間違いがあったのだが、それが判明するのはまた後のことだ。



 死神は勢い良く走り出し、悪霊と呼ばれるものに向かってドロップキックを放った。
 ……ドロップキックかよ。
 「痛い!着地ミスった!」
 いちいち言わなくてよろしい。
 それより、俺は何もしなくて良いのだろうか。
 「おーい」
 「何?」
 「俺はギャラリーに徹してればオーケイ?」
 「そんな訳ないじゃん」
 「ですよね」
 そうは言っても、こんなのとどうやって戦えと。
 そもそも悪霊を相手にするのに、霊感の無い俺に何が出来るのだろうか。
 仮に、飛び掛かったとしよう。
 何事も無かったかのようにすり抜けてしまう気がする。
 「つってもさ、俺に出来ることってあるのか?」
 「あ、そっか。忘れてた」
 「ん?」
 死神は強烈な回し蹴りで悪霊を吹き飛ばすと、俺の目の前まで戻ってきた。
 そして。
 キスされた。
 「ちょっ……」
 「これで大丈夫」
 「何がだよ」
 「変質者対策」
 「は?」
 「アレは普通の人には見えないんだけどさ」
 「そりゃそうだろうな」
 「アタシと君は見える状態だった」
 「要するに、傍から見たらコントをしてたって訳か」
 「そういうこと」
 「ドロップキックとはまた体張ったネタだな、と」
 「ちょ、ちょっと!恥ずかしいからやめてよ」
 着地ミスってコケた時にパンツ丸見えだった奴が何を、とは言わなかった。
 「ゴホン!それで、今のチューで普通の人からは見えなくしたから」
 「なるほど」
 キスは不可視状態になる為の儀式のようなものだったのか。
 余りにも突然だったから驚いた。
 「見えないだけじゃないんだけどね」
 「と言うと?」
 「声も聞こえないし、アタシ達の行動が何かに影響をもたらすこともない。例えば、今アタシがあそこに停まってる車の窓を割ったとしても“割れてない”と処理される」
 「この世に存在してないみたいだな」
 「それが正解に近いかな、言ってしまえば存在する次元を少しずらしたって感じだから」
 何やら難しい話になってきたが、つまりこの状態なら何をしても普通の人からは気付かれないということだろう。
 「これで存分に戦えるね!」
 死神は満面の笑みを浮かべている。
 「いや、うん、まぁそうなんだろうけど」
 「まだ何か?」
 「ほら、やっぱこう、俺のような弱い人間があんなバケモノと戦うならさ、せめて武器とか……」
 出来れば打撃や斬撃じゃなくて遠距離の武器が良い。
 ぶっちゃけた話、見た目がグロめなのもあって近付きたくない。
 「さっきシスターのお姉さんに何か渡されてなかった?もしかしたら武器かもよ?」
 「そういえば」
 翼さんに渡された袋を取り出し、その中身を確認する。
 そこには、今自分が他人から見られない状態であることを素直に喜べる物が入っていた。
 拳銃とナイフ。
 やはりあの人は確信犯だ。
 「良かったじゃん」
 「う、うん?」
 語尾に疑問符が付くのも当然だが、しかしこの組み合わせは……
 「CQCの基本を思い出して!」
 やっぱりそうきたか。
 「いや、思い出すも何もCQCなんて出来ないけど」
 マニュアル車の運転にしろ、この死神現世の事情に精通しすぎじゃないだろうか。
 只、この銃は回転式拳銃だ。
 そんな詳しいって訳でもないらしい。
 「じゃあアタシも本気でイキますか!」
 「是非そうして下さい」
 死神が手を掲げると、巨大な鎌が現れた。
 長い柄に青白い刃が光り、反対側には鎖に繋がれた鉄球が付いている。
 大鎌の召喚に呼応するように、悪霊が何本もの脚で這うようにこちらに向かってきた。
 「キモッ!こっちくんな!」
 反射的に銃の引き金を引く。
 が、弾は発射されない。
 「オイ、マジかよ」
 「下がって!」
 死神が大鎌を振り回し、鎖鉄球を悪霊にぶつける。
 派手な打撃音と共に吹き飛んでいくかに見えたが、脚を電柱に絡め途中で静止。
 即座に腕を数本伸ばししてきた。
 まるで触手だ。
 両手と両足を掴まれ、体が宙に浮く。
 更に腕が2本伸び、首へと届く。
 「うわ……っ!」
 首を絞める力も相当なもので、これでは窒息する前に首の骨が折れる。
 自分の死を直感したが、見えたのは走馬灯ではなく星空。
 死神が鎌で悪霊の腕を切り落とし、そのまま自然落下して仰向けで倒れたのだ。
 「ゲホッ!」
 「大丈夫?」
 「大丈夫じゃない」
 「よし、大丈夫だね」
 そう言うと死神は俺の手を持ち、引き起こす。
 「その銃、シングルアクションだよ」
 またこのパターンか。
 「シングルアクション?」
 「一度自分で撃鉄を引き上げてから、トリガーを引く必要があるの」
 なるほど、弾が撃ち出されなかったのも道理だ。
 「んー、もう梅酒届いたかな?」
 「こんな時に何を」
 「約束でしょ、シスターのお姉さんとの」
 「氷が溶けきる前に戻って来い、か」
 「そろそろ終わらせよ!ね?」
 こんな状況とは思えない程の笑顔だった。
 「んだな」
 それに応えるように銃の撃鉄を引き上げる。
 眼の一つにでも打ち込めば大人しくなるだろう、幸いにも的は多い。
 両手で銃を構えると同時に、死神も大鎌を担ぐように構えた。
 ガウン、と銃声が鳴り響くと同時に死神は跳躍。
 そこに壁があるかのように空を蹴り、悪霊に向かって突進していった。
 俺はと言うと、初めて扱う銃の反動で手が痺れそこに突っ立っているだけだった。
 もう完全に自分の仕事はこなしたつもりで、『骨に響くなぁ』なんて思っていると死神の声が飛んでくる。
 「ちょっと、外れてる外れてる!」
 ハッとして目を遣ると、さっきの俺と同じように死神が何本もの腕に絡め取られていた。
 非常事態にアレだが、エロい。
 けしからん。
 「んぅ……あぁっ、くっ」
 実にけしからん。
 「2発目を!速く!」
 「クソッ……!」
 “下手な鉄砲数打ちゃ当たる”だ。
 片手で銃を構え、空いている方の手を使い撃鉄を起こし速射。
 昔西部劇で見た技だが、初めて銃を扱う俺に完璧に出来る筈もなく、一発撃つ毎に反動と銃声で体が震えた。
 「オッケーオッケー!」
 死神から声が掛かる。
 なんとか一発は命中していたようで、死神を掴んでいた手が緩む。
 その隙を逃さず、再び空を蹴って跳躍。
 そのまま大鎌を振り下ろし、一刀両断。
 2つに分かれた体に鎖鉄球で追撃を加えると、悪霊は砂で作った像が崩れるようにして消滅した。
 


 「お、終わった?おっつー」
 「そんな軽いノリで出来ることじゃなかったですよ」
 店内に戻ると、翼さんが溶けかけの氷だけが入ったグラスを持って待っていた。
 待ちきれなくて飲んでしまったらしい。
 自分の分も注文すれば良かったのに。
 「初めてにしてはなかなかの戦いっぷりでしたよ」
 死神がそう報告すると、翼さんは満足そうな顔で頷いた。
 そういえば一度店を出る前、翼さんも何か知っているような感じだった。
 それにまだ、この一件が一体何だったのかを聞いていない。
 「なぁ」
 「ん?」
 「結局、今のはどういう……」
 「あー、そういえば説明してなかったね」
 そう、説明。
 試験とは何か、死神とは、悪霊とは、この状況は何か。
 説明無しでは理解することは出来ない。
 「じゃあ、説明の前に一つ重大発表!」
 「今回のと関係あることか?」
 「あるある」
 「ふむ、何だ?」
 「君、実は死んでます」
 「はぁ!?」
 マジだぞ、と翼さんに付け加えられなかったら絶対信じなかっただろう。
 「まぁ正しくは“死んでる”んじゃなくて、“生の有効期限が切れてる”んだけど……」
 「生の有効期限?」
 「そうそう」
 「普通は有効期限イコール寿命なんだけど、たまに有効期限が切れてても生きてる人が居るんだよね」
 「それが、俺?」
 「正解」
 「てことは、俺はもっと前に死んでるべき人間ってことか?」
 「一概にそうとも言えないんだよねー」
 「どういうことだ?」
 「あっち側の手違いで、寿命と有効期限の設定が合ってない人が大半だから」
 「あっち側って言うとやっぱり」
 「あの世だね」
 普通に信じがたい話だが、あの悪霊と死闘を演じてしまった以上信じるしかない。
 「で、そういう人に有効期限を延長する為の試験を課している訳」
 「なるほど、それがさっきの」
 「そう、悪霊狩り」
 「悪霊狩りは第Ⅰ種試験と呼ばれていて、他にもあるんだけど──」
 そこで翼さんが割って入ってきた。
 「俺は第Ⅱ種だったな」
 翼さんも試験の経験者だったのか、それなら納得出来る。
 死神が説明を続けた。
 「試験は全部で3種類あって、死神と共に規定数の悪霊を狩る第Ⅰ種、吸血鬼と戦って勝利することが条件の第Ⅱ種、それと」
 「第Ⅲ種が、ゾンビに噛まれてもゾンビ化しないことで達成だっけか?」
 「ですです」
 第Ⅱ種はともかく、第Ⅲ種は随分と簡単そうだな。
 その後も説明は続いた。
 それによると、俺のような有効期限切れの人間に、それぞれランダムで担当官として“死を司る者”が付いて(憑いて?)試験が行われるらしい。
 第Ⅰ種試験は他の試験と違い担当官と対峙しなくて済むので、俺はラッキーな部類に入るそうだ。
 まさに不幸中の幸いと言ったところだろう。
 しかし翼さん、第Ⅱ種を合格したってことはやっぱ吸血鬼を倒したんだよな。
 シスターどころじゃなくてバンパイアハンターじゃないか。
 「じゃ、自己紹介しとこうかな」
 「そういえばそうだったな」
 「アタシはアンナ、これから君の担当官として頑張っていくんでよろしくね」
 「逢沢真、マコトでいいよ」
 「そして俺が……」
 「いや翼さんは知ってますから」
 「フッ、今日から俺はシスター・ウィングだ」
 バンパイアハンターWの方が似合ってますと言いかけて、やめた。
  

       

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Neetsha