Neetel Inside 文芸新都
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らぶぞ
第二話 勇者とアンドロイド

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「俺は勇者だ」
「はあ」
 さて、どうしたらいいんだろうね。
 自称・勇者が目の前に立っている。いや、なかなかある事じゃない。やったね、僕。
『そして私が勇者の証、聖剣《ランケア》だ』
 おもむろに彼が持つ十字型の剣がやたらと渋い声を発した。
 無線でも搭載しているのだろうか。
「驚いたのか」
「いや、驚くっつーか」
 しかも、自称・勇者の彼はなかなかにイケメンな風体で、さらさらの前髪をいじりながら話すもんだから。
「どう反応して良いのか分からないんだよ」
 言葉を濁しても彼等は消えてくれそうに無いので、思ったことをそのまま口にしてみる。
『無理もあるまい。轍の民はオドを繰る術を知らぬ』
「何だ、俺の最強呪文に驚いたのか。フッ、もう何も恐れる事はないのだが」
『もう少し考えて撃つべきであったな。先程の《ダエーワ》も仕留めきれてもおらぬ』
「何!?俺の最強呪文で滅ぼしきれなかっただと!?何者なんだ!?」
「いやごめん、すいません、さっぱり訳が分からないです」
 勝手に話を進めようとする《勇者》と《聖剣》の間に割って入る。
「つーか、それ何?」
 勇者の携えているそれは、少なくとも僕の目にはただ大きなだけの古い西洋剣に見える。
『それ、とは少々礼儀がなっていないな。私は数千年の歴史を持つ由緒正しき自我剣(エゴソード)で……』
「勇者であるこの俺、笠原勇の所有物だ」
「はあ」
 凄いや。
 生まれてこの方、こんなにも話が通じない人達を見たのは初めてだ。
「で、勇さんはこんなところで何やってんすか」
 どうやらろくな感じがしないので、僕はその辺を深く追求するのをやめる事にした。
『我々は轍の民の国に生まれ出でてしまった魔性を追っている』
「いや、剣には聞いてないんすけど」
『満身創痍で異界から逃れた魔王《ザッハーク》がこの地にて滅び、その影響で時と空間を歪ませた』
「聞いちゃいねえ」
『歪んだ時空はこの地に住まう轍の民に力を与えた』
 剣は言う。
 
『そして力に飲まれた多くの轍の民が、人にあらざる魔性《ダエーワ》に身を落とす事となったのだ』
 
 
 これは、あまり聞きたくない話だ。
 そんな気がした。
 
 
「ダエーワ?」
「魔王が滅びる際に飛び散った純粋な力の塊は、ちょうどその近くに居た人間達の願いに反応し吸収された。その時、その瞬間、強い願いを抱いていた者が、不運な事にその願いを叶える力を得たって訳だ」
 勇が両腕を組んでいちいちキザなポージングを取りながら言う。
『だが所詮は魔性の力よ。負の願いには負の形を。そうして、生身を持ちながらにして悪しき姿と力を得、己の欲望を無限に吐き出し続ける存在と成り果てた人間』
「それが《ダエーワ》」
 
 
『お前の傍に居る、そこの少女の様な者の事だ』
 
 

     

 
 右手は勝手に動いた。
 持ち上げたファイブセブンの銃口は勇の頭を。そして、勇の持つ聖剣の刀身は僕の首筋に。
 お互いの得物を向けたまま、僕達は向かい合う。言葉はない。
 無意味だからだ。
 勇は冷たく細めた眼を僕に向けている。彼は言動はシュールだが、なまじ美形なだけに妙な迫力がある。
 さて、僕は一体どんな顔をしているのだろうか。
『落ち着くのだ、少年よ』
「うるさいよ」
 剣が再び口を開くが、今度は聞いてやるつもりなどない。
「彼女には借りが出来た。手出しをさせるわけにはいかない」
 我ながら変わり身の早い事だとは思う。けど、そうしなければいけないと思うのだ。
 
 僕は彼女達の様に一線を踏み超えていない。
 異常者ではあるが、異能者ではない。
 その気になれば『元の場所』に戻る事も出来るだろう。
 だけど、そんな宙ぶらりな僕だからこそ選べるんじゃないだろうか。
 
 ピクリともせず横たわる森山さんには、やはり生気がない。
 当たり前だ。とうに死んでいる筈の人間なのだから。
 
 僕は後悔している。
 どうして、『ただ死なないという理由だけで、彼女を連れてきてしまったのか』。
 考えてみれば彼女が僕に付き合う義理などは当然ないし、何の利益にもならない筈だったのに。
 どうして気が付かなかったのか。
 彼女は本当に、純粋に僕を案じていたんじゃないだろうか。
 その森山さんを、こんな得体の知れない勇者とやらにくれてやっていいわけがない。
 
『案ずるな。その少女は未だ完全には目覚めておらぬ』
 
 剣はそんな事を言う。
「ランケア、だからといって見過ごすわけにはいかないだろう」
『勇、お前は黙っていろ。人心の機微などお前に理解出来るとは思わん』
 咎められた勇はばつの悪そうな顔をして剣を下げる。
 やっぱり訳が分からない。
『見た所、魔性と化しているにしては人の形を留め過ぎている。確かにオドの量と流れは人外のものではあるが、それにしては歪みも少ない』
「つまりどういう事なんだ?」
『時間を置けば、或いは元に戻るやも知れん』
 先程まで僕に向けられていた剣は、そんな、意外な事実を口にする。
 喜んで良いのだろうか。
『宿したオドの力をこれ以上使わなければ、の話だがな』
「さっきから気になってるんだけど、オドの力って何だ?」
『その少女の願いが何であったかは分からぬが、お前には心当たりがあるだろう。理から外れし在らざるべき願いの具現、その形に』
 
 -------蟲を模した異形。
 -------爆ぜる金色の光。
 
 そして-------死なない身体。
 
「……」
『その少女を《ダエーワ》に身を落とさせたくなければ、くれぐれも注意する事だ。なれば、果てぬ欲望を満たし続けるためだけに在る存在へと成り果てる。そうなればさすがに捨て置けぬ』
「分かった」
 具体的にどうなるかは分からない。けど、僕の脳裏には蟷螂男と化した旧友の姿があった。
 それに正直、あんな魔法みたいな力を使う相手に勝てるとは思えない。
 勇とこの聖剣はなるべく敵にすべきではないだろう。
「フッ、命拾いしたな」
 いちいち人差し指を僕に向けて吐き捨てる勇。
 ちっ、どうしてコイツはこんななんだ。
 

       

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