Neetel Inside 文芸新都
表紙

ドミノガール
第三話(7/4)

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「ま、気にしないことね。あったでしょ前の学校にも正門ロータリー前のハゲ銅像とかいつまでたっても方言が抜けない教師とか。結局はそういうもんと同じなわけよ。名物というかなんというか」
 机に肘、手の甲を頬、実に女の子らしくない豪快さで足を組むという世にも行儀の悪い姿勢でクリームパンをかじりながら美也子は言う。
 鈴は既にげっそりしている。前の学校でロータリー前のハゲ銅像を危うく自分を模した銅像と差し替えられそうになったことを思い出したのもあるが、それより昼休みのほとんどの時間を『転校生の洗礼』に奪われてしまったのが大きかった。
 だいたい少しずつ時間をずらして押しかけてくるのがいけないのだと鈴は思う。一度にやってきてくれればわざわざ同じ質問に答える必要もないはず。昼休みだけで「名前なんていうの?」「どこから来たの?」が5回、「趣味は?」が3回、「部活はどうするの?」「ぅゎー髪の毛ちょ→さらさら~シャンプーなに使ってる?」「彼氏はいるの?」「すすすスリーサイズは?」が2回ずつ。いちいちハリウッド女優の対応をしていたのでは顔の筋肉と体力がもたない。有名人が重大な報告をするときに記者会見を開く気持ちがよくわかった。二足歩行に目覚めた動物園のレッサーパンダの気持ちも。
 おかげですっかり弁当を食べ損ねてしまった。空気を読んだ美也子が学食のパン2つを条件に人掃きをしてくれなければおそらく空腹を抱えたまま5時間目に突入するところだっただろう。
「もうほとんど恒例行事よ。本人たちは楽しんでやってるみたいだし、いや長坂先輩のほうはどうかわかんないけど、秋吉先輩のほうも基本的に人に迷惑はかけてないしね」
「私、転校初日にさらし者にされかけたんだけど……」
「そりゃ有名税でしょ。大丈夫よそんなのみんなすぐに忘れちゃうもんだから。熱が冷めるまではあたしに言ってくれれば今日みたいに昼食の時間くらいは作ってあげるわよ」
 で、また見返りを要求するつもりか。
 呆れつつも鈴はにやけ顔を隠せない。
 こういう関係の友人を待っていたのだ。経緯はアレだが『転校初日に縁あって仲良くなった後ろの席の子と仲良くお昼ごはん』というシチュエーションは萌える。萌える萌えないはさておき、こういう日常の中に組みこまれた毒にも薬にもならない関係こそ真の友情なのだ。間違っても『仁義』『落とし前』『筋』といった単語が飛び交う不特定多数との交際を友情とは呼ばない。
(いい……)
 ぞくぞくする鈴だった。
「で、どーすんの?」
「なにが?」
「部活見学。なんだったら放課後、校内案内ついでに付き合ってあげるけど」
 すばらしゐ。
 即決する鈴だった。

    *     *     *

 部室棟の屋根が赤いからという理由で、運動部を見てまわることにした。
「運動得意なの?」
「ううん、全然」
「足が速いとか?」
「実はマラソン大会には一度も出たことがなくて……」
 別にズル休みしまくっていたわけではない。たまたまマラソン大会の日に限って季節はずれの台風が直撃したり、会場近くの川が氾濫したり、抗争が激化したり、一日中パトカーの音が町中から耐えなかったりして中止続きだっただけだ。
「なのに運動部見てまわんの?」
「運動できるできないの問題じゃないと思うんだ。ほら、汗と涙と努力と友情と勝利とかそういう」
「週刊誌のお約束みたいな話ね……」
 嘘である。
 まるっきり嘘というわけではないが、鈴自身も自分の運痴では到底その全項目を完遂できるとはあまり思っていない。
 だからこそ、マネージャーなのだ。
 運動ができようができまいが関係なく、極上の紅茶を淹れる腕がなくとも麦茶の水出しパックに水をぶちこめさえすればいい。ドジや非力が欠点になることもなく、むしろなんだよこんな軽いのも持てないのかハハハこやつめ俺と付き合わねえ?、と夢の学生生活へ逆転ホームランの可能性だってある。
 ああ青春。健全な青春。
 赤い屋根の部室棟は鈴にとって魅惑の宝庫だった。
「で、どの部に入ろうとか考えてるわけ?」
「うんとね、やっぱりバスケ部とかサッカー部とか。野球部も外せないよね高校生としては」
「ああマネージャーがやりたいわけね」
 美也子が鈴の胸中など知るわけもなく。
「でもマネージャーって、この時期じゃもうどこの部も募集してないんじゃない?」
「え、そうなの?」
「うちの運動部はマネ競争率高いわよ。スポーツ系けっこ強い学校だし。4月ならともかくこの時期じゃどうかしらねえ」
 逆転ホームランへの道、いきなりの危機。
「ま、とにかく一通りあたってみましょうか」
 部室棟をめぼしいところから順番にまわっていく。しかし美也子の言ったとおり、
「マネか、マネはなあ……今はちょっと足りてるかも。悪いな」
「ああ、その子が例の転校生? うんうん、うちのクラスでも噂になってたよ2組に平和をもたらしたって。え、マネ希望? うん、それ無理!」
「ただのマネージャーには興味ありません。宇宙人、未来人、異世界人、超能力者のマネージャーがいたら入部しなさい。異常!」
 最後のはこちらからお断り願った。
 前途多難な様子に鈴は気落ちする。これでは逆転ホームランどころか相手ピッチャーすらいない状態だ。
「現実は厳しい……」
「やっぱねえ。スポーツそのものが人気のあるやつはだめね。もう少しハードル下げてみたら?」
「例えば?」
「卓球とかどう? ほら、ちょうどここ卓球部の部室よ」
 えー。
 鈴は露骨に嫌そうな顔をする。贅沢を言うつもりはないが、最低限の青春が保障された部でなければ意味がない。
「卓球部って運動部って感じじゃないし……」
 口にした瞬間だった。
「卓球をバカにするやつは誰だああああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァ!!」
 派手な音を立てて卓球部部室の扉が開き、中からもう既に涙目の男が飛び出してきた。
「お前かああああぁぁぁぁ!?」
「な、なになにーっ!?」
「お前だな!? 卓球バカにしたのお前だな!?」
「すみませんすみませんすみません!?」
 涙目の男にものすごい勢いで接近されるのはもはやホラーだった。
「あー、出てきちゃったよ……」
 面倒くさそうに美也子がつぶやく。
「美也子ちゃん、この人なに!?」
「卓球部の部長よ」
「いきなりすごくテンション高いんですけど!?」
「あー、まあちょっと頭のネジがアレで有名な人だから」
 つまりアレな人か。鈴は戦々恐々とする。
 この手の人々となるべく関わり合いを持たないことを最優先に心がけていたのに、なんだか転校初日から裏目にばかり出ているような気がする。このままでは前の学校での二の舞だ。
「幼少の時分から神童と呼ばれ、ティーンになる頃にはピン球王子ともてはやされ、日本卓球界の救世主だと国民の期待を一身に背負ってきた私の前でなんたる暴言!」
「え、そうなの?」
「妄想妄想。いつもの病気だから」
「過去の話ではありません今だってれっきとした国体選手なんです! だけどこの学校に入学してしまったのが運の尽き……『卓球部は運動部じゃない』、そう何度も言われてきました。生徒だけならいざ知らず学校側からもですよ! 普通なら国体選手といえば学校中の注目と話題の的であり、下駄箱には日々ラブレターとチョコと画鋲の入ったトゥ・シューズで溢れかえっていて当然だというのに、その間違った偏見のせいで閑古鳥が鳴くありさま!」
「この学校って基本土足だよね……」
「そうね、下駄箱とか存在しないわね」
「思い返せばこの世の中間違った偏見だらけ! ええもう当たり前の事実のようにあちこちで言われ続けています!
 ______________________
|・卓球部は運動部じゃない ・足なんて飾り  |
|・カレーは飲み物     ・首相は猿人類  |
|・ゲーム脳        ・やる夫はリア充 |
|・CLANNADは人生      ・Fateは文学   |
 ――――――――――――――――――――――
 まるでそれこそが正しいと言わんばかり! いくら正論を訴えてみても、どうせ最後には偏見がまかり通ってしまうのです!…………絶望した! 間違った偏見がまかり通る世の中に絶望した!」
「半分以上は偏見じゃないような……」
「つっこまないほうがいいわよ。余計ややこしくなるから」
「というわけで卓球勝負です」
「なんで!?」
「卓球をバカにした報いです。私が勝てばあなたには土下座で謝ってもらいます」
「えーっ!」
「ふ、おもしろいわ」
 なぜか美也子が反応する。
「んじゃこの子が勝った場合は? もちろん一方的なペナルティ条件ってことはないんでしょ?」
「もちろんです。万にひとつ、いや億にひとつもないでしょうが、私が負けた場合はそうですね、そちらのお嬢さんがわが部のマネージャーになることを許可しましょう」
「あら、よかったじゃない望みどおりの展開で」
「こういう人がいる部にはちょっとっていうかあんまり等価条件になってないような!?」
「卓球をバカにするなああああぁぁぁぁ!!」
 滅茶苦茶だった。
 たまらず鈴は美也子に救いを求める。雨に打たれる捨て犬のような視線を投げかける。
 美也子は意図を察し、天使のような柔和な笑みを浮かべて、
「大丈夫よ安心して。勝っても負けても決してあたしには害はないから。約束するから」
「え、ちょっと待って? それなんかおかしくない?」
 とんでもなく自己中な天使だった。
「よろしい! では今すぐ勝負を始めようじゃありませんかさあ!」
「望むところよ!」
「あのちょっと? 私やるなんて一言も? え、無視?」
「成瀬さん……いえ、なるりん! 確かにあいつは日陰者で根暗で過剰悲観主義な変態だけど……実際強いわよ」
「なにその『そんなに強敵ではないだろうと踏んで勢いで勝負にかこつけたまではいいものの実は苦戦必至』な一言!? ねえおかしくない? この展開で私が戦うのっておかしくない?」
「卓球をバカにしたのは事実だしね。ま、自分の発言には自分で責任を持ちなさいってことよ」
 お前が言うな。
 正当な抗議も空しく、準備は鈴本人を無視して着々と進められ、グランドのど真ん中には卓球台という名のリングが用意された。
「グランドのど真ん中ってなに!?」
 文字通りだった。間違いなくグランドのど真ん中に卓球台は置かれ、プール側に鈴と美也子、校舎側に卓球部部長が陣取っている。
「屋外!? 卓球部で!?」
「なんですかひょっとして何も知らなかったんですか? 我々はフィールド卓球部ですよ。風を読み大地を愛し大自然に囲まれて卓球をする部活です。まあ若干マイナーな競技だということは認めますが」
「全国でも競技者数が5人くらいしかいないって話だったわね」
「それ別に国体選手だとしてもそんなに凄くないんじゃあっていうか全国に5人もいることに驚きなんですけど!?」
 しかもこの競技とんでもなく危ない。なにが危ないって、グランドのど真ん中に設置されているものだから、隣接して活動中の野球部やサッカー部や陸上部などからボールや砲丸が頭上や足元を飛び交っていく環境が。
 ほら今も飛んできた。鈴の足元50センチの場所に大槍が突き刺さる。
「すみませーん、槍取ってくださーい」
「死ぬとこだった! 一歩間違えれば死ぬとこだった!」
「あーそのへん危ないっスよ。砲丸と槍と円盤とハンマー落ちてくるあたりっスから」
 危ないの一言で済むレベルではない。完全に常軌を逸している。
(こ、こうなったらタイミングを見計らって逃げるしかない!)
 逃走イズベスト。苦労続きの鈴の処世術でもあった。
「では行きますよ。サービス2本交替の11点先取制、1ゲーム勝負です!」
 架空のゴングが鳴った。(卓球なのに?)
 次の瞬間、鈴は一目散に校舎へと駆けた。タイミングを見計らっている場合ではなかった。一刻も早くこの場から逃げ出さなければいつ砲丸やハンマーの下敷きになるかわからない。勝負などもうどうでもいい。勝っても負けてもこんな部にはもう関わらないのだから。
 次の瞬間、日陰者根暗過剰悲観主義変態部長のサーブがまさに鈴の進行方向を襲った。部長は日陰者で根暗で過剰悲観主義な変態に加えてセコかった。世にも仰々しいトスを上げておきながら、サービスはネットすれすれの場所をいやらしく襲ったのだ。
「なっ……読まれただと!?」
 部長は驚愕する。完全に意表と突いたと思っていた。実際には意表を突く以前の問題だったわけだが、たまたま鈴とピン球の進行方向が一致してしまったことが誤解を生んだ。
「なんかきたー!?」
 鈴が剛速ピン球をぎりぎりのところで避ける。が、避けた拍子にバランスを崩してしまい、運悪く足元に転がっていた予備のピン球(フィールド卓球用強化仕様)を踏み抜き、鈴はあっぱれなくらい派手にすっころんだ。

 パンツおっぴろげのムーンサルトが宙を舞う。

 そのとき同グランドにおいて、新都高のシュバインシュタイガーと呼ばれている一年生サッカー部員の足から放たれたコーナーキックが目標を大きく逸れ、グランド中央へと勢いよく飛んでいった。

 そのとき同グランドにおいて、新都高の山崎武司と呼ばれている三年生野球部員のコンニャク打法から放たれた長打性の打球が左中間をまっぷたつに破り、グランド中央へと鋭く飛んでいった。

 そのとき同グランドにおいて、新都高の室伏広治その他と呼ばれている陸上部員たちの手や腕や上腕二頭筋などから放たれた砲丸と槍と円盤とハンマーが目標通り、グランド中央へと拡散ロケット弾のごとく一度に飛んでいった。

 全てはわずか数秒のうちの出来事だった。
 飛んできたサッカーボールはムーンサルト中の鈴の足に当たってゴールマウスへ吸いこまれ、着地時に咄嗟に掴んだ槍(未回収だった)が運悪く地面から抜け、勢い余ってぶん回した拍子に飛んできた硬球をジャストミートし、いよいよ地面に倒れそうになったところで卓球台にのしかかってしまい、ストッパーが外れて動いてしまった卓球台の上に砲丸と槍と円盤とハンマーが降り注いできて鈴はこけた。
 ひとたまりもなかった。
 工事現場の廃材でももう少し丁重に取り壊されるんじゃないかというくらい、卓球台は無残に逝った。
 そのときグランドにいた誰もが、たった今その場で起こった出来事に空いた口を塞げないでいた。皆一様に身動きのひとつ取れない。
 真っ先に我に返ったのが鈴の最も近くにいた卓球部部長で、
「特注品の卓球台がああああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァ!!!?」
 その叫びと同時に空気が動き出した。
「どうしてくれるんですかうちにはこれ一台しかないんですよ謝罪と賠償を要求すぬわーーっ!!」
 ありとあらゆる方向からやってきた人垣に、卓球部部長は押しつぶされて死んだ。
「ななな成瀬さん今のなにどういうこと!?」
「運動神経がいいってレベルじゃねえぞ!」
「天才? 天才なの?」
「ぜひその類まれな才能を我がテニス部に!」
「いやいやハンドボール部に!」
「マネージャーだなんてもったいない選手として迎え入れたいんだが! 野球部だけど!」
「うちに」「いやぜひうちに」「今なら洗剤つけるよ!」「ならうちは遊園地の優待券を!」
 最も恐れていたことが起きてしまって涙目の鈴だった。
「ち、違うんですこれは事故でーっ!」
「一緒に甲子園を目指そう!」
「国立を!」
「花園を!」
「両国国技館を!」
「だから今のは違うんですってーっ!」
「何が違うと言うんだああああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァ!!」
 人垣の中から卓球部部長が復活する。体中足跡だらけだった。
 血走った目が鈴を捉える。(人垣で)逃げ場のない鈴はおろおろするしかなかった。
「事故? 事故ですと? こんなにもピンポイントで私の命よりも大事な卓球台を破壊に追いこんでおいて事故だと?」
「いえあの、事故というのはどっちかというとこの騒ぎ全体のことでして……」
「言い訳など聞きたくありません! しかし今わかりましたよあなたの狙いが!」
「ね、狙い?」
「最初からうちの部を潰すことがあなたの目的だったんです。理由こそわかりませんがそう考えれば少なくともあなたの行動には説明がつく。考えてみれば最初からおかしかったんです我が部に入部したいなどと」
「いえその、探していたのはマネージャー募集中の部なんですけど……ていうかそれ以前に私卓球部に入る気なんて少しも」
「マネージャー! ついにボロを出しましたね!」
 鬼の首を取ったように卓球部部長は鈴に指を突きつける。
「あなたはマネージャーがやりたくて我が部の扉を叩いた。しかしそれはありえないんです。なぜなら我が部の部員数は私を含めて一名! というより私一名! つまり試合はおろか練習すらできない状況なんです! そんな部のマネージャーを希望する人間などいるわけがない!」
「ですから扉を叩いた記憶も卓球部のマネージャーを希望した記憶も」
「潜入工作をするには少々事前調査が足りなかったようですね。まあ結果としては卓球台を潰されてしまったのであなたの勝ちということになりますが、最後の最後で私に作戦を見抜かれてしまったということで痛み分けと言っていいでしょう。かといってもちろん、私の命より大切な卓球台は返ってきませんがね!」
 ああなぜこの学校は、いやこの学校もまともに人の話を聞かない人間ばかりなのか。鈴は頭を抱える。
 頼むからもうこれ以上話をややこしくしないでくれ。頭を下げて済むのならいくらでも下げるから。
 そう思って鈴が頭を下げようとしたとき、
「ちょっと待ちなさい!」
 威風堂々たる静止の声が上がった。
 美也子だった。
「黙って聞いていれば勝手なことばかり。あんたそれでもアスリートなの?」
「もちろんです。なぜなら卓球はスポーツですからね」
 卓球部部長も怖気づかずに応戦する。
「卓球はスポーツ、そうね、その通りだわ。でもそれとあんたがアスリートかどうかは全くの別問題よ」
「なに、どういうことです?」
「あんた自分がアスリートだと思ってるくせにわからないわけ? どうしてなるりんが卓球台を壊したのか」
「なんですって?」
「は?」
 驚くのは突然名指しされた鈴だ。
 卓球台を壊した理由、そんなものがあるわけがない。たまたま偶然ドミノ式に起こってしまった事故以外の何物でもないのだから。
「ははっ、なんですかそれは。まさか彼女が我が部の卓球台を壊したのに他に理由があるとでも?」
「わかんないか。そりゃそうよね。それがわかんないから今この状況があるんだから」
「わけがわかりません。どういうことか説明してもらえませんかね」
「周りを見てみなさい」
「周り?」
 言われて、卓球部部長は周囲に視線を巡らす。
「おい、またフィールド卓球部だよ……」
「今日って活動日だっけ?」
「違うんじゃね?」
「だよな。だから俺らもグランド広く使ってたのに」
「邪魔なんだよな。いっつもグランドのど真ん中使いやがるし」
「グランドの利用配分表見てないんじゃね?」
「てか卓球部って部員一人だけなんでしょ? どうやって練習してるわけ?」
「なんか「大地の風よ!」とか叫びながら向かい風と対戦してるらしいぜ」
「うっわーありえねー」
「根暗ー」
「ヒソヒソ……」
「ヒソヒソ……」
 鈴の勧誘に集まっていた各部の部員たちがヒソヒソ話をしていた。
「こ、これは……っ!?」
 卓球部部長の顔が驚愕の色に染まる。
「わかったでしょ。あんたは自分はアスリートだと言い張っておきながら、アスリートに一番大切なスポーツマンシップをおろそかにした。自分が卓球さえできればいいと考えて周囲の迷惑を全く省みなかった。その結果がどう? どれだけ卓球が巧くても、それこそ国体レベルにまで達していても、周囲は誰もあんたを認めようとしない。部員は増えないし(架空の)下駄箱もすっからかん、そんなことは全部あんたのその腐った性根が招いた結果なのよ」
 ズガーン。青天の霹靂がほとばしる。一本は卓球部部長に、もう一本は鈴に。
「えっと、あの、美也子ちゃん?」
「なるりんは黙ってていいわよ。わざわざあんたの口から言わなくても、代わりにあたしが叩きつけてあげるから」
「じゃなくてあのちょっと? なにやらさらなる誤解を招きかねない予感がひしひしとですね?」
 まるで聞き耳を持ってくれない。
 美也子は続ける。呆然と立ちすくむ卓球部部長めがけて、容赦のない言葉を叩きつける。
「あんたは強いわ。もしフィールド卓球がオリンピック競技として認可されれば代表選手に選ばれるレベルかもしれない。でもね、今のままじゃだめなの。あんたは才能に恵まれすぎた。そのせいで周りが見えなくなっていた。そんなあんたに、なるりんは救いの道を示したわけ」
「なん……だと?」
 なん……だと?、鈴も同じ気持ちだった。
「まさか……そのために?」
「そう、そのためになるりんは卓球台を壊したの。わざと部室前で卓球部の悪口を言って、あんたを怒らせて試合を持ちかけさせて、全てはこうなるように。あんたの命より大事な卓球台を、あんたの目の前で壊すことで、あんたを心から生まれ変わらせるためにね!(どーん)」
 いやいやいやいやいやいや。
 なんですか。なら私ゃ本人の顔も見ないままその性根と才能と問題点を見抜いたっつーことですか。エスパーですか。ボールと硬球と砲丸と槍と円盤とハンマーがあの地点に飛んでくることも予測済みですか。思念体ですか。
 鈴は頭を抱える。同時に卓球部部長も頭を抱えてうずくまる。
「そ、そうだったのか……っ! くそう、くそう、私が間違っていたのかーっ!」
「そうよ、あなたが間違っていたの」
「いやいやいや、どう考えても間違ってるのってその深読み」
「そして間違いを正してくれたのがなるりんよ。感謝することね」
「ははーっ! これからは心を入れ替えて精進させていただきますーっ!」
 もうどうにでもなれ。
 卓球部部長が感涙し、美也子が満足したように腕を組みながらしきりに頷き、運動部員たちが再び勧誘攻めを繰り広げる中で、やけっぱちに天を眺める鈴だった。

    *     *     *

 同刻。
 鈴のジュラルミン製ジャベリンより放たれた硬球は、フェンスを越え、中庭を越え、塀を越え、木々が生い茂る裏山の奥へと長時間飛行を繰り広げていた。
 恐るべき滞空時間だったがしかし、硬球は空気摩擦によって徐々に失速し、高度を失い、赤松の立ち並ぶ窪地に向かって落ちていき――
 そして、そこで待ち構えていた人物のグローブの中に納まった。
 秋吉だった。
「くくく……さすがだ転校生くん。そうだ、それでこそ我が摩訶不思議研究部にふさわしい人材と言える!」
 手にしたオペラグラスはしっかりと遠くグランド中央部で放心中の鈴の姿を捉えている。
 おもしろい。おもしろすぎる。秋吉は不敵に笑う。どう考えても悪役の笑い方だが、秋吉は心底この状況が嬉しいだけなのだ。
「そうでなくてはなあーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
 オペラグラスを離し、グローブに納まっていた硬球を利き手で握り、秋吉は大笑いしながらそれを天高く放り投げた。

       

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Neetsha