Neetel Inside 文芸新都
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 「…すみません、色々と迷惑を掛けてしまって」
風呂から上がってきた彼女は、そう言って頭を下げた。いやいや、こちらこそ悪かった、とすかさず俺も謝る。
「ところで」
俺はさっそく話を切り出す事にした。また面倒事が起こらない内に色々と聞き出さなくてはならない。
「君はあの猫なんだよね。ほら、俺が助けた」
「ええ。あのまま生き埋めになっていたら餓死していました。貴方は命の恩人です」
恩人。あながち間違いではないが、何だかなぁ。
「どういたしまして。…で、どうして生き埋めに?」
「実は…、私の主人(マスター)が魔女と戦っている最中に、相手の攻撃でビルが吹き飛んで巻き込まれてしまって…」
「魔女?そんなもの実在するわけがないし。…まあ、百歩譲って実在したとして、君の主人はどんな人なんだ?ビルを倒壊させるような相手と張り合えるなら、相当アレな人物なんだろ?」
俺の問いかけに、彼女はええ、まあ、と頷いた。果たしてどんな厨二病患者が飼い主なんだろうか。それ以前に、彼女自体が既に怪しげな電波を飛ばしている感じなんだがな。
「私の主人は…」
「主人は?」
「私の主人は…強力な力を持った魔女です」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で思考が停止した。数秒の後、ストップ状態から脱出した俺が抱いた感想はひとつ。こいつは駄目だ、早く何とかしないと…!
「何だ、普通の人間が助けたのか」
不意に背後から声がして、俺は即座に振り返った。その視線の先で、紅い双眸が俺を直視している。まるで獲物を見つめる猛獣のごとく、狩りの体勢に入った猛禽類のごとく。俺は動揺を見せまいとその視線に耐えるが、しかし、その目から視線を反らす事はできない。まるで金縛りだ。それは、感情の篭らない口調で再び喋った。
「彼女の飼い主として礼を言う。…心配するな、食いはしない」
それの視線が反れると同時に、俺は瞳の呪縛から脱出した。いつの間にか、冷や汗が額に浮き出ている。何だ、こいつは。いつの間に入ってきた。
「ご主人さまぁ~♪」
俺とは反対に、猫少女は嬉しそうな表情をしてそれに抱きついた。ご主人様、という事は、目の前にいるこの少女が彼女の飼い主というわけだ。どうやら、俺は知らない内にとんでもない奴を呼び寄せてしまったらしい。ノーライフキングなあの人並みの、とんでもない何かを。少女は自分を抱きしめている猫少女の頭を撫でながら、俺に向かって話しかけてきた。
「ところで、私が来るまでに魔女と遭遇した事はなかったか?」
「その魔女とやらの基準がよく判らないんだが…。まあ、通学路で何人かとすれ違った位だから、遭遇してはいないと思…」
そこまで言いかけて、俺はテーブルの上に見慣れないトランプが一枚置かれているのに気がついた。何でこんな所にトランプが置いてあるんだ。さては姉貴が片付け忘れたか。そんな事を考えながらカードを取ろうとした時。
「触れるな!」
彼女が叫ぶと同時に、目の前のカードがふわり、と浮き上がった。誰かが拾い上げたわけでもないのに空中で静止したカードは、直後、大量のトランプを俺目掛けて吐き出した。
「うわっ」
思わず仰け反った俺を掠めるようにトランプが飛んでいく。冗談じゃない、何でトランプに攻撃されなきゃいけないんだ。ふと後ろに視線を向けると、カードは壁なり床なりに深々と突き刺さっていた。カードを突き刺すとか、何処の暗殺者だ。まったくもって理解できない。
「やはり罠魔法(トラップ)か」
そう言って、少女は本体である最初のカードを掴んだ。と同時に、彼女の右肘から先を覆い尽くすかのように、赤色の文字のようなものがぼわっと浮き出る。
「呪文解除(ディスペル)」
彼女がその一語を唱えると、トランプは一瞬眩い光を放ち消滅した。もちろん、壁などに突き刺さっていたものを含め全てが。一体何が起こったのか、俺には全くもって理解できなかった。
「今のは何だったんだ…?」
「おそらく魔女の仕掛けた術だ。この家に私達が来る事まで察知していたようだな」
彼女は淡々とした口調で答えた。つまり、俺があの猫を救出して家に連れ帰る事まで予想済みだった、という事か。その魔女とやらは、相当の変態か超能力者の類なのだろうか。いずれにせよ、こいつと同様ロクな奴でない事は確かだろう。
「さて、これでお前を巻き込む事になった」
どうやらそうらしいな。そう答える事しかできなかった。
「という事で、私たちは暫くここに滞在させて頂く」

       

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