Neetel Inside 文芸新都
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三題噺コンテスト会場
No.9/紅のスピッツ/Kluck

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 時計塔と呼ばれる通信機器で満たされたノードビル。吹き飛べば、東京の携帯電話の多くが無力化できる。だから、テロのターゲット。人払いしているが、通信を担う設備は24時間生真面目に動いている。通路の向こうから二人の足音がした。犬飼静佳は身を陰に隠す。男がこちらの通路の様子を伺って顔を出す。目つきの鋭い東洋系の男性。その瞬間、静佳は右手の銃の引き金を絞る。独特の鋭い銃声、空薬莢が床に落ちる音。数十m先の男の額に命中、後頭部が吹き飛び、向こうの壁に大輪の赤い花を咲かせた。残りは一人、テロリストのリーダーだけ。

 彼女は中学生の殺し屋。名前は犬飼静佳。嘘。本当はスピッツ。可愛らしい猟犬。そんな少女も恋をしている。相手はブリーダーの女性。少女と殺しの仲介者。日本語、感情の隠し方、効率的な殺し方、あと、料理と色々教えてくれた煙草の似合うクールな人。真似して吸って、苦くて咳き込んだ味を思い出しつつ、こっちに向かってくる足音の雰囲気を読み取った。制服の上からタクティカルベストを着た殺し屋は銃を握り直して、天井の換気口へと潜り込んだ。


「あのアマも上もクソッタレだ。ブツ仕掛けるだけで、五人も殺られるとかマジありえねぇ」

 若い男は大声早口の外国語で喚きながらも、敵を探す感覚だけは半端無く鋭かった。無遠慮に喚いてみせ、姿を見せない相手の注意を逸そうとした。小さな物音がした。天井の換気口に注意する。トリガーが引かれたノリンコのアサルトライフルは十数発の弾丸を派手な銃声と発射炎をまき散らし放たれる。金属蓋は穴だらけとなり、床に鈍い音を立てて落ちる。蓋の裏には巻き添えを食った瀕死の鼠がいた。舌打ちして、鼠を踏み潰す。少量の血が靴底を汚した。
 悪態を吐く余裕を静佳は与えるつもりはなかった。男が注意した換気口の二つ先を蹴り破り、飛び降りた。左側にはエレベーターホールへの通路を確認。ベルギー製の拳銃をセミオートで連射しつつ、ホールの壁を背に隠れる。息を切らす間もなく確認する。すでに殺した五人の間抜け程度なら、鮮血にまみれた肉片に変わっている。でも、自分の狙った場所に銃痕はあれど、体液の赤い印はない。そう、相手は犬。私みたいな犬。銃弾を避ける犬。それを悟った。

「さぁ、子猫ちゃん。いや、狗と呼ぶべきだな。お互いそろそろ決着をつけようじゃないか」

 男の捲し立て上げるように聞こえる外国語が聞こえた。相手にはしない。冷静に見極める。

「無視とは酷いな。中元節の先祖にも見えるような派手な祭りをブチ壊した張本人さんよー」

 直後、強烈な銃声とともに、静佳の背にした壁に20円の小さな鉛玉がめり込む。わずかな時間に正面に回られた。ただ、頭の中で辛うじて冷静な部分が安直な反撃を抑える。これはカマカケ。安っぽい挑発。銃なんて当たれば勝負は一瞬。ボディーアーマーなんて気休めだから。

「おいコラ、狗! 出てこいや! お互い狗同士仲良くじゃれ合おうや! なぁあ、おい!」

 足音の反響、声の大きさ、その要素から距離を割り出し、勝機があることを確認する。彼女は銃を向けて飛び出した。発射。直径5.7mmの鉄とアルミでできた銃弾が秒速600mで男に向かう。相手も一回り大きい口径のアサルトライフルを向けて撃った。二つの銃声が混ざり合う。
 外した。互いに外した。20mに満たない距離での犬同士のバーリトゥード。無駄口叩く暇も無く、互いの人差し指に力が入り、閃光と銃声を伴って、鋼鉄の殺人機械が火を吹き続ける。十秒で数十発の弾が飛び交った後、銀髪がドスの効いた赤に染まった少女だけが立っていた。
 アーマーごと抉られた男の横っ腹からはグロテスクな内臓器官が飛び出ていたが、辛うじて意識があるようだった。ある程度の距離を取りつつ、銃口を向けた。男はおもむろに言った。

「スピッツ、お前も俺たちと同じ穴のムジナか。金貰って、殺す狗じゃねーか。単なる駒だ」

 自嘲気味の笑顔を見せて男は続けた。金はやる、だから、テロを完遂してくれ、と言った。

「私を同類にするな。犬は犬でも、白犬だ。お前らのようなアカ犬じゃないんだ。あほらし」

 そう言い放ち、少女は残弾全部を男に浴びせた。幾度かの痙攣を見せて、死臭を漂わせた。



 ビルから出ると煙草の煙に包まれたサングラスの女性が待っていた。呼び名はブリーダー。本名は教えて貰えない。そんな片思いの愛しの人に静佳は笑顔で駆け寄り、抱きつこうとした。女性は少女を軽くあしらい、少し分厚い封筒を渡した。フリーターの年収ぐらいの金が入っている。でも、そんなものが欲しい訳じゃない。少女は自分の気持ちを言葉にしようとした。
 突然、ブリーダーから少女を抱きしめた。大丈夫だった?と声を掛けた。それが少女を飼い慣らす演技であっても、少女は嬉しかった。髪が血に染まったからかもしれない。記念日だ。

 彼女は顔に表情を出さない。それは殺し屋だから。でも、嬉しいときは赤く染まる。頬じゃなくて白に近い彼女の銀色の長髪が。髪の毛からケミカルな臭いと甘ったるい香りが秘められた血の臭いを隠すように漂った。彼女はスピッツ。アカのスピッツじゃなくて紅のスピッツ。

       

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