No.16/夏の足音/ありんこ。

 花火が上がり、祭りが終わった後は、たった今まではじけるようだった楽しさがサイダーの
泡みたいにぷつぷつと消えていって、まだ満足しきれなかった気持ちがなんとはなしの寂しさ
と一緒に入り混じって変な充足感を感じるような気がしている。
 からんころんと優しい下駄の音を響かせながら隣を歩いている彼女もきっと同じような気持
ちでいるに違いないと思った。
 右手にかわいい籐の巾着、左手に夜店で買った水風船をぷらぷらとぶら下げて歩く彼女の頬
に浮かんだ柔らかな笑顔を見れば誰にわからなくても僕にだけはわかるはずだ。
「楽しかったね。」
「そうだな。まあ、うちみたいな田舎じゃ、このくらいしか夏の楽しみはないんだけどな。」
 田んぼの中の帰り道は、蛙の声がうるさかった。
「まあ、そう言わないの。こうやって私と二人でお祭りを楽しんで、一緒に帰れば最高に楽し
いでしょう?」
 僕は答えの代りにこつんと彼女の頭を叩く。ちょっと笑いながら舌を出すしぐさを僕は何度
でも見たいと思った。
「毎年、毎年、同じような夜店で、同じような花火上がって、同じような蛙の声聞きながら帰
って、どうして飽きないんだろうな。」
 もう何年も同じ夏祭りの同じ帰り道を歩いてきた。これまでもずっと、そうしてきた。これ
からもずっとそうできるといいと思う。心からそう思う。
「どうしてだろうねぇ。友達と一緒だったり、二人だけだったり、いろいろだけどお祭り自体
はそう変わらないのにね。」
「確かにちっとは年もとったけど、おれたち自身、大して変わらないってことだろ?」
 どうでもいいようなことを話しながら、僕の意識はどこまでも右手に集中していった。
 どうしても今日は手をつなぎたかった。子供のころから何度となくつないできた手だったけ
ど、何となく今夜はいつもと違うような気がしていた。浴衣の袖から見え隠れする彼女の手の
ひらは子供のころと同じようで、何かが違うような気がした。
 きっと、違うと思う。そして、そう思うと何となく軽々しく触れられない気がして、僕は勇
気を総動員したけど、うまくタイミングがつかめないでいた。
そして、ふたりとも何となく無口になっていった。
「はい、これ!」
 その時、彼女が左手に持っていた水風船を僕に渡した。なんの気なしに受け取る。
「はい、次はこれ。」
 そう言うと、空いてしまった左手を握ったり開いたり繰り返している。僕の右手ははためら
わずその手を握り返した。少し汗ばんでしっとりとした手のひらは僕の手のひらよりも薄くて
小さくてきゃしゃで、ようやく振り絞った勇気が一瞬くじけてしまいそうになった。
「手、つないじゃったね。」
「お、おう。」
「なに緊張してるの? 手なんて子供のころから何度もつないでるじゃない。」
 そう言いながらも彼女も僕の手をきゅっと握り返してきて、指先から小さな動悸を感じるよ
うだった。小さな震えを感じた。
 残りの道を僕らは何も言わず手をつないで歩いた。見上げた夜空はあまりに月が明るくて星
たちは煙るようにかすかに輝いていた。涼しげな風が吹いて稲穂を青く揺らしていった。
 僕は何となくこぼれそうな涙をこらえながら歩いた。
「さあ、帰り着いた!! つかの間のデートはこれでおしまい!! また、来年!!」
 つながれていた手は解かれ、急に駆けだしていく。
「ただいま、犬太郎!!」
「ばう。」
「あ、電話鳴ってるよ、急いでとらなきゃ!! 早く入っておいでよ、お兄ちゃん!!」
 そう言うと、妹はきょとんとした飼い犬と僕を置き去りにして玄関に駆け込んでいった。
 僕は何となく家に入ることができず、煙草に火を点けた。夜空に煙るような天の川がやがて
煙で見えなくなって、僕はそのままいつまでも座り込んでいた。