Neetel Inside 文芸新都
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三題噺コンテスト会場
No.17/或る夏の風景/硬質アルマイト

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 僕の周りは、とても光が溢れていた。
 一定の間隔で吊下げられた赤光を放つ提灯に、綿菓子、チョコバナナ、りんご飴、くじ引きにボール掬いに金魚掬い。そしてそれに群がる浴衣姿の少年少女達。
 だが、そんな彼らの姿を見ても、心が晴れない。理由は単純だ。僕の彼女がやってこないからだ。時刻は既に九時を過ぎ、あと一時間前後で祭りも終わってしまう。
 今日は渡すものがちゃんとあったのだ。誕生日である大事な彼女に、大事な物を。
 周囲を見渡しても、彼女の姿を確認することはできない。確かに僕は、祭りが始まる三十分前、つまりは六時半に電話を入れた筈なのだ。その時彼女は「犬も一緒に連れていくけどいいかな?」と問い掛けてきたので、優しい僕は快く三文字を返して電話を切ったのだ。
 それから僕はひたすら待っているのだが、待ち合わせの公園にも全く来る気配がなく、一時間程ぼんやりと記憶にすら残らない時間を過ごし、仕方なく先に祭に向かった次第であった。
「それにしても、あいつは一体何をしてるんだろうなぁ…」
 ちらりちらりと腕時計で現在時刻を確認しながら、僕は苛立ちを通り越し呆れ始める。自分の誕生日なのに、僕と過ごさないなんて、何を考えているのだろうか。
 僕はいい加減痺れを切らし、祭り終了三十分前にもう一度公園へと向かう。もしかしたら、遅れてきたら公園に僕がいなくて困っているのかもしれない。それならば僕が悪い。律儀に待ち合わせ場所で待ち続けているのならば、先に行ってしまった僕が。
 割と駆け足で祭会場から差ほど遠くない待ち合わせ場所の公園へと向かい、そして荒れる息遣いを整えてから公園へと足を踏み入れる。
 公園は静寂と暗黒に包まれ、まるで入るものすべての光を奪い去るかの如く、その存在感を放っていた。
「…やっぱり、いないのか…」
 彼女は本当にどこへ行ってしまったのだろうか。そうだ、電話があるじゃあないかと僕は携帯を取り出すと電話帳から「りぃこ」なる欄を見つけ出し、すぐさまに電話をかける。
『はい、水島ですが…?』
「あ、あの、りいこちゃんは今どこにいるか、連絡が着きますか!?」
 その瞬間、僕と受話器越しの女性との間に静寂が生まれ、そしてそのまま切られてしまった。
その対応に僕は思わず携帯を地面に叩きつける。何故彼女を探しているだけなのに、こんな目に遭わなくてはいけないのだろうか? 僕は彼女の家族とも仲が良かったのに、何故今日になって突然手のひらを返すかのように…。
 刹那、何か獣臭い臭いが風に乗ってやってきた。僕はその臭いに鼻をひくつかせながら、公園の隅の暗がりに足を踏み入れた。
 犬の、死骸だ。それも、僕の知っている犬だ。
「…りいこの…犬…? りいこに何かあったんだ…」
 僕はその死骸から、視線を背けた。背けた瞬間、もう一つあるものを見つけた。
 指だ。指が四本、地面から垂直に伸びている。爪に付けられたピンク色のそれが、見覚えのあるそれが、この指の正体を見事に物語っていた。
「り、りいこ…」
 僕は駆け寄ると、周囲の土を必死に掻きだし、右の手首まで掘り返し、強く握りしめる。何故彼女がと固く眼を瞑りながら、僕は必死に彼女の名前を連呼する。
――あなた、気持ち悪いって自覚ある?
――もう別れよう。正直、疲れ…!? 何す…るの…!?
 刹那、何かが流れ込んできたのが、分かった。そうか、そうだったっけ。僕はあの一時間の出来事を思い出し、思わず笑みを浮かべてしまった。
 全て思い出した。あの首の感触も、最後の彼女の潤んだ瞳も。
 僕は彼女の薬指にゆっくりと、プレゼントをはめ、もう一度土を戻し、そして踵を返し公園を後にする。
――いつまでも愛しているよ、りいこ。
 祭りは、終りの時刻を迎えていた。

       

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