no.39/ある神社の/タカマサ


 何時もは閑古鳥が鳴いているこの神社も今日はにぎわっている。今まで閑散だった空気を跳ね返すかのように騒いでいるようだった。七夕祭りというものらしい。この日に一年に一回会える織姫と彦星を祝福しているのだろうか。だが僕の眼に映る人間どもはそう見えない。人間どもはセンスが悪いのか同じ形状の服を着ている。それなのに僕を指差しては汚いとか、臭いとか言って笑っている。はん。人間の言うことなど僕は気にしない。僕は自分の用事を果たすために奴らの足元を縫うように進んでゆく。尻尾を振りながら横目で出店の様子を一つ一つ伺う。焼きそばはちょっと危険だ。カキ氷は冷たくて食べられない。それなら狙うのはりんご飴だろう。屋台の主人は電話をかけている。自分が作っているりんご飴からは完全に注意がそれている。僕はその一瞬を利用してりんご飴を一つ咥えると一目散にかけていった。主人はまだ気づいていない。馬鹿だな。いや僕の手腕がよかったのか。おまけにこの人ごみが僕を覆ってくれる絶好の隠れ蓑だった。蛇のような軌跡を残して僕は走る。目指すのはあいつがいる秘密の場所だった。


 あいつは一年前からここにいる。けどその姿は僕が慕っていたときの面影は微塵もない。僕がいつ来ても、あいつは同じ姿勢で僕を待っている。僕が声をかけても、今日みたいに飯を差し出してもあいつは動かない。しゃべれないのだろうか?僕に対して怒っているのだろうか?それとも……。首を振ってそれらの考えを振り払う。今日が七夕なら、僕が彦星なら、あいつが織姫となって現れてくれる。りんご飴をあいつの前にぽとりと落とし僕はじっと座って待った。月が頭上に昇るまで待った。でもあいつは何もしゃべらない。態度を少しも変える様子はなかった。僕は何もできなかった。暑さだけが僕を湿らせて僕は座った姿勢を崩さない。あいつにはもう会えないのだろうか。今日は七夕なのに。今日は一年に一回会える日じゃないか。それなのに……。なんだか彦星の高笑いが聞こえているようだった。


 がさごそと草木が踏みしめられる音がする。音だけで人間がいると分かる。振り返り、背後を見ると僕はほらやっぱりと呟いた。

「その鳴き声は犬?」

だから人間は嫌いだ。僕にだって名前はある。それを気づこうとする意志さえみせず人間は僕たちを人くくりにまとめている。きっと二本足で歩いているからこういうことしかできないのだろう。人間は僕の、正確にはあいつの近くまで歩いて座った。そっと人差し指であいつの体をなぞる。白く細い指だった。夜だからその白さが際立っている。

「死んじゃったんだね。君はお墓参りのつもりなのかな?それともこの子に会いたいからここに来ているのかな?」

自問自答するように人間は呟いていた。まるで自分に言い聞かせているようだった。

「彦星と織姫は幸せだよね。一年に一回しか会えなくてもずっと会えるじゃない。でも私たちは短期間しか会えない」

本当に自分に言い聞かせているようだった。人間はそこで鼻をすする。

「二人には嫉妬しちゃうわ。残された私ができることは昔の幸せを思い出すぐらいのことだもの」

あははという笑い声がこの場所に響いて、それに呼応するかのように草木がざわざわと音を立てる。全てを振り払った。迷いのない気持ちのいい笑い声だった。そして人間は立ち上がる。

「おいで。たこ焼き買ってあげる」

僕はたこ焼きは嫌いだ。できれば焼きそばにして欲しい。だけど僕はその人の後をついていった。帰る直前にあいつを尻目に見てゆっくりとうなずく。昔のあいつにはもう会えない。もう前から気づいていた。ただあいつに会いたかったから気づかない振りをしていた。

でも毎日ここに来れば昔のあいつを思い出せるじゃないか。なら僕は彦星よりも幸せかもしれない。いつかこの幸せに終止符が打たれる日その日までにこの幸せをかみ締めておこう。空を見上げるとちかちかと星が瞬いていた。どれが彦星かは分からない。だから僕はその星全てに願いをかけた。