Neetel Inside 文芸新都
表紙

三題噺コンテスト会場
No.46/床下の犬/890

見開き   最大化      


 その日、私は家を借りるために不動産屋にやってきていた。初めてのことなので友人のM君に一緒に来てもらった。
 パンフレットとカタログを見せてもらっていると、それなりに広い間取りなのにとても安い物件が目に付いた。
「ここ安いですね」
 と、私が言った次の瞬間、M君は驚いた顔をして立ち上がり、トイレに行ってしまった。
 それからすぐに私の携帯に電話をかけてきたので、店員に断ってから、外で出る。
「なんやねん、電話なんかして」
「お前、あの家はあかんて」
「は? どういう意味や?」
「毎晩犬の鳴き声がすんねん」
「それくらい当たり前やん。近所で犬飼ってる人がいるんやろ?」
「ちゃう、ちゃうねん」
 M君は昔、その家を借りていたS君に、近所の祭りに行きたいので前の晩に泊めてくれ、と頼んでその家に一泊したことがある。その時の話である。
 夜中の二時頃に、M君は犬の鳴き声がするので目を覚ましてしまい、それと同時に彼の使っていた部屋にS君が現れた。
「やっぱ起きてしもうたか」
「どこの犬? いつもこうなん?」
「ようく聞いてみ」
 M君はわけもわからず耳を澄ましてみる。すると、その犬の鳴き声が右からでも左からでもなく、M君の使っている布団のしたからすることがわかる。
 S君の家は近所に市民プールやアミューズメントがあり、友人がよく泊まりにくるのだそうだが、初めて彼の家で泊まる人間の布団の下からは、午前二時、必ず犬が吼えると言う。
「犬はおらんのよ。鳴き声しかせん。十分くらいしたら鳴き止むから、それまで我慢してな」
 そう言うとS君はその部屋を去って行き、M君は十分間犬の鳴き声を聞き続けた。その後、彼は眠れずに朝を迎えたらしい。

「誰にも言うなよ」
 M君が一通り話し終えて、私は疑問に思ったことがある。
「そのS君は怖がったりせえへんかったんか?」
「最初は怖かったけど、慣れた、って言うてたで」
「じゃあなんで空き家になってんの?」
「去年失踪してしもうたんや」
 彼がいなくなったのは、彼が部屋を借りて丁度一年後だったと言う。

 S君は未だに行方不明である。

       

表紙
Tweet

Neetsha