No.48/祭り上げ電話の犬をする/へーちょ

 携帯電話を手に取る。僕はそれを耳に当てる。喋りだす。
「ハローハロー、聞こえるかいマイスイートハニー? こちらサンダーバード一号、応答せよ」
 彼女は答えない。でも聞いていることはわかってる。光の速さで僕の恋心は彼女に届いているのさ。
「僕は君に出会うまでは、寒さに震えて凍えているかわいそうな子犬だったのさ、だけど君に出会って僕は救われた! 今では立派な番犬さ、いつまでも君の事守ってやるからな!」
 囁くように語り掛けるように僕は彼女に愛の言葉を浴びせ続ける。反応なんてなくていいんだ。返答もいらないんだ。ただこうしているだけで幸せなんだ。
 そういったことを、行き着けのパブのマスターに話した。マスターは酒焼けで赤くなった顔を笑顔の形にゆがめた。気に障る愛想笑いだ。
「彼女ってどんな奴さ?」
 僕はショットグラスを傾けてバーボンを呷る。
「電話さ」
「なるほど、電話越しでしか喋ったことがなくて、名前も知らないってわけかい。それにしても、お前がそんなに一人の女を祭り上げるとはね!」
 祭り上げるとは聞き捨てならない。僕は本当に彼女のことが好きで、彼女もたぶん僕のことが好きで、だからこれは対等な恋愛のはずなのだ。それなのに祭り上げる、つまり一方的に僕が彼女を崇拝していると思われるなんて、心外だ。腹が立ってくる。腹が立ったから自慢の44口径オートマグで頭を吹き飛ばしてやる。トマト祭りで壁に投げつけられた完熟トマトみたいに、マスターの頭は綺麗に弾ける。やっぱり、馬鹿の脳味噌をぶちまけるにはオートマグが一番だ!
 警報が鳴り出す。客どもが騒ぎ出す。やかましい! とりあえず近くに座っていた女の顔面に一発ぶち込んでやる。客どもは牛が興奮して暴れだした牛追い祭りに居合わせてしまったような様子でてんでばらばらの方向に逃げ出していく。出入り口には人が殺到、窓から逃げ出そうとする奴までいる。もちろん射殺。そいつはぐったりと窓枠に垂れ下がる。逃げ出す客の足音がたてる振動に合わせて、ぶらぶら揺れる。割れた窓を通して、ガス屋のトラック停まっているのが見える。
 パトカーのサイレンが聞こえた、警察が来た、出入り口から僕に向かって小銃を突きつけた、おとなしくしろこのキ××イ野郎! 失礼なことを言ってくれやがったので一発発射。狙い違わず、外に違法駐車していたガス屋の車のボンベに命中。パブガス爆発。爆発轟音大破壊。窓が全部割れる。警官も酒もテーブルも窓枠に引っかかった死体もみんな吹っ飛ぶ。ママにぶたれたみたいな衝撃が全身を貫いて、僕も椅子から転げ落ちる。あちこち燃え出す。ふと気づくと周囲は火の海。もう脱出する術はない。唐突に認識する。世界の終わりだ。そうさ、世界は終わるのさイマココで。だけど僕はまだ犬なのさ、ご主人様を探さなきゃ。小気味いい音をたてて、焼けた酒瓶が割れる。
 這い蹲りながらあちこち見回して、燃え盛る炎に全身を焼かれながら、ようやく見つけた僕のご主人様!
 僕は携帯電話を抱きしめる。
「オーラ(こんにちは)、カワイコちゃん。また会えたね、嬉しいよ。僕はまだ犬さ。君はまだ電話かい? 電話なのかい?」
 彼女は僕の言葉に答える代わりにブルルと震えて着信を伝えた。
「ハローもしもしどなただい? 電話会社? 通話料? 金の用なら銀行(バンク)に電話をかけな、アスタラビスタ・ベイビー!」
 電話を切る。