Neetel Inside 文芸新都
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三題噺コンテスト会場
No.54/「K」の冒険/べんじょこおろぎさとみ

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「ねえねえママ、ゆっこに誘われたんだけどさ――」
「二人きりで? だめよ、まだ三年生じゃない。 だいたいね、人が一杯来るんだから……」

 私がこの家に来て三日目の事だった。
 夕飯時になれば日中の騒がしさも収まり、静穏が訪れるこの部屋に主達の声が届いてくる。
 何処へ行くやら行かないやらで主はお母さんと言い争ってるらしいが――。
 生憎時折入る食器を叩く音が邪魔して全てを聞き取る事が難しい。

「もう、三年生だよ。 みゆだって気をつけられるもん」
「でもねみゆちゃん」
 
 みゆちゃん、それが私の主の名前だ。 この家に来た時に嫌と言う程自己紹介された。
 この三日間、私の事をそれは猫の子のように可愛がってくれていた。
 『けーちゃん』などと愛称も付けてくれて、勿論満更な気分ではなかったのだが。
 只の愛玩動物のようで、己の存在意義は何なのだろうと自問自答する三日間でもあった。 

「んーじゃあさ、『けーちゃん』連れてくからいいでしょ?」

 そんな時だった。 不意に、主の口から私の名前が零れた。
 
「んーでも……」
「その為に『けーちゃん』居るんだからさ、いいでしょママ?」

 下の階でのやり取りをよそに、己の存在意義に目覚め始める私。
 出生も目的も、何の為にこの家に来たのかも解らなかった私に訪れた初めての使命。
 まだ確かではないが、もしかしたら私は主を守る為に生まれてきたのではないだろうか。
 そう思うと感極まり、身がぷるぷると震え出し、雄叫びを上げてしまった。

「あ、もう七時半じゃん、ゆっこ来ちゃう……。 ね、いいでしょママ?」
「……しょうがない、解ったわ。 でも危ない時はすぐ『けーちゃん』だよ?」
「うん! それじゃ『けーちゃん』連れて、行ってくるね!」

 こうして私『けー』の、小さな小さな冒険の幕が上がった――。


「――ゆっこ、凄いいっぱい人が居るよ!」
「ねえねえみゆ、あれ楽しそう! やってみない?」
「あ、やるやるー!」

 興奮気味の主達は駆け足で人混みを切り分けていき、何やら大きな水槽の前で立ち止まる。
 その場にしゃがみ込めば、私を傍らに置き、もぞもぞと財布の中から二百円程取り出した。   

「よーし、頑張ろうねゆっこ!」

 小さな力こぶを作って意気揚々な主、何するのかは知らないが、元気一杯ならそれでいい。
 暢気に地べたに座り込んで主の様を傍観するだけの私、この後の波乱等知る由も無い。
 
「あーん、なんですぐ破れるの?」 
「私もだめだ……みゆ、他の所行かない?」

 残念な結果に終わったのだろうか、嘆く主人と他の場所に移ろうと誘う友人。 
 意気消沈した主は、注意する気持ちも失っていたのだろう――地べたの私の事等忘れ、その
ままの足で友人と共にその場を後にしてしまった。


 どれ程時間が過ぎただろう、騒がしい人間達はとうに消え失せ、未だその場で佇む私。
 夏場と言えども冷え込む夜、孤独で心細い私の元に、更なる試練が訪れた。

「ガルルル……」

 見たことも無い、自分の体より数十倍大きな生物、それが猛然と私に襲い掛かって来た。
 長い両足で私を捉え、鋭い牙で私を齧る。 耐久性に多少自信のある私の体に傷が付く。
 一方的な防戦が続く中、意識が遠のいていく――ブルルル、ブルルルと体が震え出す。
 主を守るつもりが、主に忘れられ、こんな事になるなんて。 己の運命を、呪った――。


 ――気が付けば、主みゆちゃんの部屋だった。 主とお母さんの声が聞こえてくる。

「みゆちゃんダメじゃない、見つかったからいいけど、お祭り行って忘れてくるなんて!」
「ごめんなさい……」
「公園行ってみたら、犬に齧られてて新品だったのがもうボロボロよ? 全くもう……」
「ごめんなさい……」
「だからみゆちゃんにはまだ携帯電話は早いって言ったの。 暫く反省なさい!」

       

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